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意気消沈するご主人様

「とりあえず僕たちの家へ……」


 すっかり人通りも耐えた夜更けの路上に佇んでいた四人の中で、真っ先に口を開いたのはサクだった。

 その顔には笑顔が張り付いている。

 カシュールカが動こうとしない以上、サクが動くしかない。


 カシュールカはいずれも深くはなさそうだとはえ、何箇所も傷を負っている。

 ハーダッシュとグクールに関しても、それは似たり寄ったりの状態だった。

 夜更けとはいけ、こんな姿を治安隊にでも見つかれば厄介だ。


「どうやら、その方が良さそうだ」


 ハーダッシュが苦笑を浮かべる。

 グクールはハーダッシュに従うだけだ。


 サクはカシュールカを促して事務所へと向かう。

 微妙な関係の四人は無言のまま歩いた。


「ここです」


 やがてサクは立ち止まる。


 ハーダッシュは片方の眉を上げた。

 目の前には、壁が続くばかりだ。

 ドアなど見当たらない。


 カシュールカは無言のままその壁のある部分を無造作に押した。

 壁が動き、扉のように開くと、中にはソファやテーブルの置かれた部屋があった。


「ああ、このままでは抵抗がありますか。では一時的に……」


 サクがそっと壁に手を触れると、そこから何かが広がったように見えた。

 一瞬にして壁が塗り替えられてゆくような錯覚。


 そして気がつけば、先ほど開いた壁はドアの変化し、また建物を見上げれば一面の壁だったはずの場所に窓や物干し場らし場所の手すりまで現れていた。


「こりゃあ……」


「カモフラージュです。僕たちは極力他人との係わり合いを避けていました。これは僕たちの家がここにあることを隠すために僕が張った結界です。中は通常の家です、どうぞ」


 サクに促されてハーダッシュとグクールは室内へと歩を進める。

 先に入ったはずのカシュールカは中央に置かれたソファに腰をおろし、傷の治療もしないまま足を投げ出している。


「生憎と雇っているメイドが失踪してしまいまして、なんのお構いもできませんが、ご容赦ください」


 サクはそう言いながらもカシュールカの向かいのソファを勧める。


 ハーダッシュはサクの言葉に軽く笑って、ソファに腰を下ろす。

 グクールも続いた。


 サクが自室から傷の治療用のセットを持って来てテーブルの上に置く。


「お宅のご主人様は随分と意気消沈なさってるようだが?」


 ハーダッシュがカシュールカを顎で示した。

 丁寧なその口調は、厭味以外の何者でもない。   


 ロークがラクドットの名を出してしまった。

 絶えたはずのラクドット家の嫡男が生きていたことが、ハーダッシュたちに知られてしまったのだ。   


「そうですね。彼女は随分と頑張って働いてくれていましたから。まあ、仕事以外の事にも熱心でしたけどね」 


「だろうな。あんな奴と繋がってんだ、なにか企んでるだろうさ。俺に言わせりゃあ、いくら世間知らずのお坊ちゃん方とはいえ、よくあんなのを雇ったなと思うぜ」


「こちらにはこちらの事情があります。そして、現在でも彼女を雇ったことを後悔してはいませんよ」


 サクは消毒薬でカシュールカの傷の手当てをするが、カシュールカはされるがままになっている。

 その目は床を睨んだままだ。


「勘違いすんなよ。俺だってあいつのことは嫌いじゃねえ。うちのムウルに至ってはもう駄目だな、イカレちまってる」


 ククッとハーダッシュが笑う。


「今回の事を知ったら、落ち込むんじゃないですかね?」


 グクールが言う。


「落ち込むか? 俺は怒り狂うと思うぜ。ま、なんにせよ、だ。あれがハーダッシュの今の首領か。随分と軟弱そうな男だったが、奴の目は異常だったな」


 ハーダッシュが話題を戻した。

 サクはちらりと視線を向け、頷く。


 ハーダッシュは傷の手当てをする気はなさそうだった。

 舐めておけば治るとでもいうのだろうか。


「僕はロークを倒さねばなりません。全くの私情による、これはただの復讐です。しかし、あいつを赦すことはできない。それが現状です。僕は近いうちに奴を見つけ出し、片をつける。あなた方は、どうなさるおつもりですか?」  


「さてどうすっかな。とりあえず、俺たちの目的はガトゥーシャの指輪だ。依頼主たっての御所望品だ。ぜひ手に入れたい。そう、例え相手があのゾルショワナだったとしてもだ、そこにあるのなら、手に入れる。そうだな、グクール」


「はい」


「ムウルは指輪なんかどうでもいいからミイを助け出す、とか言いそうだけどな。本当に困った奴だ。誰だ、あいつをあんなに甘やかした奴は」

「親方ですよ。誰だって知っている事実です。惚けないでください」


 グクールが呆れて答える。

 ああそうか、などとハーダッシュは相変わらず呑気だ。


「で、おまえは共同戦線を張らないか、とそういうわけだ」


 惚けた様子から一転し、ハーダッシュは真顔でサクに問いかけた。


「そうです。如何です?」

「お宅のその坊ちゃんは使えるのか?」


「もちろんです。あれしきのことで途中退場されてはたまりません」

「そりゃあこっちの台詞だ。いいだろう、その話にのるぜ。確かに魔術師なんていう連中は厄介だ。魔術師には魔術師同士でやりあってもらえりゃあ、こっちだって助かる」

「よかった」


「問題は居場所だ。それがわからねえと攻め込もうにも攻め込めねぇ」

「探し当てる自信はあります」


「言うねえ。ま、こっちも情報は集めてみる。なにかわかったら連絡をくれ。こっちからは定期的にムウルを寄越す」

「了解しました。感謝します」

「お互いに自分のメリットのために行動するだけだ。感謝される筋合いじゃねえ。じゃあな」


 ハーダッシュは勢い良く立ち上がった。

 続いたグクールが軽く一礼して玄関へと向かう。

 サクは立ち上がり、見送った。


 ドアの閉じる音。

 部屋の中は静まり返る。


 サクは顔に張り付いた笑顔を解除して深く息を吐き出した。

 結局、カシュールカは一言も声を発さなかった。


 そんなにミイが行ってしまったことがショックだったのか。

 それほどまでに、あの子に心を開いてしまっていたのか。

 あれほど、なにかに執着することを恐れていたのに。


「カシュールカ、いい加減にしてくれないか」


 そっと呟く。

 しかし返事はない。

 カシュールカは動かない。


「仕方がない、か。後は、また明日考えるしかないね」


 サクは部屋から毛布運び出してカシュールカにかける。

 自分は先ほどまでハーダッシュたちが座っていた方のソファにごろんと横になった。


 静かだ。


 窓から射し込む月の光を眺めながら、サクはゆっくりと眠りについた。

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