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ふたつの盗賊団

 微かな音が聞こえて、ミイは目を開けた。


 窓の外からは月光が射し込んでいる。

 ミイは窓辺に近づいた。


 そっと外を見ると、窓の下にカシュールカとサクの姿がある。

 先ほどの振動は玄関のドアが閉まった際のものだったようだ。


 あの二人はどうやら夜歩きが好きなようだ。


 ミイは急いで服を着替え、髪を手櫛で梳くとマントを頭からかぶって、そのまま部屋を飛び出した。


 昼間の会話からわかったことも多かったけれど、まだわからないことも多い。

 ミイが知りたいことも結局わからずじまいだ。


 あの二人の後を追えば、なにかがわかるかもしれない。


 通りには全く人通りがないというわけではなかった。

 時々馬車も通過する。


 夜遊びから帰る貴族様だろうか。

 それともこれから遊びに行くのか。


 酔っ払いの姿もあちらこちらに見られる。

 女がひとりで夜うろつくのは危険だということはわかっているのだが、ミイにもうあまり時間が残されていない。


 幾らか離れた場所に、カシュールカとサクの後ろ姿が見えていたのだが、角を曲がった辺りで見失ってしまった。


 そこは酒屋が多く並ぶ通りだ。

 とりあえず二人の目的地が大人なあれやこれやではなかったことはわかった。


 が、それだけわかっても何の足しにもならないのだ。 


 ミイは思わず舌打ちをしていた。

 してしまってからそれに気づき、反省する。


 見失ってしまった以上、この夜の街でふらふらと二人を捜し回るのは危険だ。


 足には自信のあるミイだったが、もしかしたらあの二人にはミイの尾行が気づかれていたのかもしれないと考える。


 ミイの印はサクの魔力を感じて疼く。

 共鳴と言っていた。


 サクの方にも、なんらかの反応があってもおかしくはない。

 バレていたのならば、今夜のミイは無駄働きだったということだ。


 仕方がない。


 ミイは早々にそう判断して踵を返した。

 半分ほど着た道を戻ったところだった。


「おい」


 太い声に呼び止められた。

 ミイはマントを深くかぶったまま、振り向かずに足を止めた。


「ミイじゃねえか?」


 この状態で、ミイだと見破れる人物。

 そしてこの声には聞き覚えがあった。


 振り向き、目が見える程度にマントをずらす。

 そこには、大柄な男と、細身で長髪の男の二人組が立っていた。

 会うのは久しぶりだ。


「ハーダッシュ親方。それにグクール副長。ご無沙汰してます」


 ミイは二人の名を呼び、頭を下げた。


「こんな夜中に女ひとりでうろつくたあ、またなにか厄介な仕事にでも手をだしていやがるのか?」


 ハーダッシュが豪快に笑う。


「いえ。そういうわけでは。野暮用だったのですが、既にそれも済ませて帰途についているところです」

「野暮用、ねえ。あれだ、例の指輪に関係してるわけじゃあねえよなあ?」


「指輪? ああ、ムウルから聞きました。噂はデマではなく、指輪がすり換えられていたんじゃないかっていう……」


「ああ、そうだ。一体、どこに行っちまったんだろうな、本物の指輪はよ」

「あたしたちが預かった時には、既に偽物でしたよ」

「そこが解せねえ」


 いつの間にか、ハーダッシュはミイとの距離を狭めていた。

 グクールは冷徹な瞳でミイを見ている。           


「まあ、疑われるのも仕方ないですよね」


 ミイは深く息を吐いた。


「おまえは今回の一件、どう関わってる? ムウルのバカに頼まれて首をつっこんだんだそうだが、なにが目的だったんだ?」


「あたしは深く関わっているわけじゃないですよ。目的も、お金が欲しかったからだし。ただ……そう、本物が別にあることは知っていました」


「何時からだ」

「最初からです」


 ミイはあっさりと白状した。グクールの眉がぴくりと動く。


「最初とは?」


「……そう、薄々と勘付いてはいました。ノーモルの名を耳にした時から。でもはっきりと確信に変わったのは、お屋敷である男を見かけた時です」


「ノーモル……。エファージュ・ノーモルか。確かにエファージュの名は一部で噂になっていたな。で? その屋敷で見かけた男とは?」


 それまで口を開かなかったグクールがミイに問う。

 情報の解析能力に長けている。


 集められた幾つもの情報から信憑性のある物を見抜く術を持つ男だ。    


「その男フルネームは知りません。ただロークと呼ばれています」

「ローク?」

「そうです。かのゾルショワナ盗賊団の首領の右腕です」


 ゾルショワナ盗賊団。

 ハーダッシュたちとは正反対に位置する盗賊団と言ってもよい。


 ゾルショワナ盗賊団に秩序はない。ルールもない。

 奴らはその時の気分によって行動し、人の命を何とも思わない、そういう集団として名を馳せていた。


 最近はその名を耳にする機会が減ってきてはいるはずではあったが、その凶行に眉を顰め、係わり合いになりたくないと思う者は多い。


「ゾルショワナのローク。確かにその名はしばしば耳にする。だがその顔を見知っている奴はそう多くはないはずだ。ミイ、おまえはなにをどこまで知っている? いや、そもそもおまえはどこと繋がっていやがるんだ? このまま軽くあしらわれたとあっちゃあ、うちも黙っちゃあいられねえぜ。話が長くなりそうだ。ひとまず一緒に来てもらおうか」


 有無を言わさぬ迫力でミイに詰め寄る。


「親方……」


 ミイは断ることもできず、かといって逃げることもできないでいる。

 グクールがミイの腕を掴もうと手を伸ばす。


 その時、ミイの体がふわりと浮いた。

 ミイは驚きのあまり声が出ない。


「うちの従業員に、なにか用ですか?」


 ミイの胴に回された腕は、カシュールカのものだった。

 カシュールカがミイを横抱きに抱え上げたのだ。

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