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大胆な家探しからのティータイム

 車椅子に座った男は、窓の外を眺めていた。

 と、黒い鳥が開け放たれた窓から入ってきた。


「お疲れ様。愛しのあの子のところまで私の声を届けてきてくれたかな?」

 男は椅子に背を預け、ぶどう酒の入ったグラスをゆっくりと揺らした。

「無事、届けたようです」


 黒い鳥を肩に乗せたもう一人の男が答える。


「目的がなくなれば、あの子はここに戻ってきてくれるかな?」

「イルソン様の望みとあれば、今すぐにでも連れ戻しますが」

「いや、そこまでする必要はないよ、ローク。あの子が自分の意思で戻ってきてくれることを私は望んでいるのさ」

「もう間もなくです」


 ロークの答えに、イルソンは満足して頷いた。


 ※※※

 

 サクは自分の部屋で、ミイにツアッシュクロスを刻みつけた術者の居場所を辿ろうと試みていた。


 カシュールカは昼食を食べてすぐ外出した。

 今、家の中にはサクとミイの二人しかいない。


 カタン、と微かな音がカシュールカの部屋の方から聞こえた。

 その音に反応してしまったサクは、集中力が足りなかったことを反省しつつ溜め息を吐いた。


 ミイがカシュールカの部屋に忍び込んでいるらしい。

 サクにはそれを咎める気はなかった。


 どうせなにも見つからないのだ。

 好きにやらせておけばいい。


 あの夜……、ミイがツアッシュクロスを刻まれた者だと知った夜から今日までのあいだ、カシュールカはミイを家に残しては外出をしなかった。


 つまり、ミイがカシュールカの部屋の探索に失敗した後の、久しぶりにめぐってきたチャンスなのだ。ミイが動いてもなんらおかしくはない。


 最初は微かな音だったのだが、やがてドタン、バタンと大きな音がし始めた。

 とても、こっそり家探しをしているという趣ではない。


 サクは軽く頭を振って立ち上がると、カシュールカの部屋のドアを開けた。


「あ」


 カシュールカのクローゼットを壁際から移動させている最中のミイと目が合う。


「君、ここで何をやっているのか聞かせてもらってもいい? よもやカシュールカが部屋の模様替えを頼んだわけじゃないよね」  

「探し物よ」


 ミイは僅かばかり壁から離れたクローゼットから手を放し、クローゼットの後ろを覗きこんでいる。


「だから、なにを探しているのかって訊いてるんだよ」

「教えたら渡してくれるって言うなら教えてあげる」


「なるほど。まあ、最初から頼んでも無駄だとわかっているからこそ、こうして自力で探し出そうとしているんだろうけどね」


 サクは聞き出すのをあっさりと諦めて言う。


「ま、そういうことね。でもダメ。見つからないわ。お手上げよ」


 ミイはクローゼットの裏から顔を引き抜き、手の平を天井に向けて肩をすくめた。

 クローゼットを元に戻そうとして苦戦しているミイを、サクは無言で手伝う。


「ありがとう、助かったわ。お礼にお茶でも淹れるわね。……そういえば、最近お酒を飲まないのね。禁酒?」

「ああ、そうだよ。色々とやらないといけないことができてしまったからね。アルコール漬けじゃあ役に立たない」


「そうね。でも、健康のためにはいいんじゃない? いいことだと思うわ。よく決意したね。偉いぞ、サク」

「そりゃあ、どうも。僕の健康まで気遣ってもらってしまって、なんだか悪かったね」

「ま、一応雇用主だからね」


 ミイはそう言いながらカシュールカの部屋を出てゆく。


 キッチンで茶の準備をするのだろう。

 サクはカシュールカの部屋を軽く見回し、特に目立った変化がないことを確認してからロビーへ向かった。


 いつも酒瓶が転がっていた窓際の自分の指定席に腰を下ろす。

 横座りになって背もたれに肘をかけ、視線はキッチンの中のミイに向けた。


「ねえ、ミイ」

「なに?」


 サクの呼びかけに、ミイは手元に視線を向けたまま応えた。


「君、これまでどうやって生きてきたの?」


「ああ、カシュールカにもそんなこと訊かれたわね、そういえば。……どうやってって、見たまんまよ。生きるためになら色々と悪どいことにだって手を出して来たし、このあいだみたいに誰かに追われたりすることも、まあ、日常茶飯事ね」


「いつから? 君にだって、ご両親はいるだろう?」


「そうね。いたわね。でも五年前に別れたきりよ。それからは今と変わらない暮らし。ううん、今よりもひどかったかな。今は、こうやって自分の意思でお茶を淹れたりできるものね。ここは随分と良い環境の職場だったわ」


「これで?」

「これで」


 ミイは湯を沸かしながら頷いた。

 確かに、過酷な労働を課したわけではないけれど、給料は薄給だ。


「まあ、君にとって良い職場だったのなら良かったよ」


 サクたちとしても随分と薄給でメイドを一人雇えたようなものだったのだから、双方にとって良い契約だったと言えなくもない。

 契約だけは。


「それで? 人に訊くんだから、自分も話す心づもりだってことでいいのよね?」


 ミイが切り替えしてきた。

 侮れないな、とサクは苦笑いをする。


「僕は、そう……ただの魔術師だよ」

「それはこのあいだ教えてもらったわ」


「いや、魔術師だなんて名乗るのはおこがましいな。過去に大きな過ちを犯して、魔術を極めるのをやめてしまった、ただの魔術師崩れだよ」

「過ち……ね」


「そう。この左目はその代償。見るかい?」

「無償で見せてもらえるのなら」


 その返事にサクは噴きだした。

 全く、重ね重ねしっかりとしている。


 カチャカチャと茶器の重なる音がして、やがてトレイの上にティーセットを乗せたミイが姿を現した。

 テーブルの上にトレイを置き、茶を淹れる。


 サクはしばらくその様子を眺めていた。

 最近では、ミイは遠慮なく家事が面倒だと口にするようになったが、その割に仕事だからと割り切っているのか、以前と同じようにやるべきことはこなしている。


「ありがとう。まあ、金を取るほどの物じゃないからね」


 自分の前に置かれたティーカップに目を落とし、ミイに礼を言う。


「実は気になってたの。片目だけだと距離感がつかめなくなるでしょう?」

「そうだね。でも、もう慣れたよ」


「そんなに前から? 生まれつきってわけではないのよね」

「そう、後天的なものだよ。……もう、かれこれも三年前だけどね」


 ミイの反応が微かに遅れたような気がした。

 三年前というところに引っかかったのだろう。


 気のせいかもしれないと思うほどの些細な反応だ。

 しかし、次はどうかな。


「そうなの……。大変ね」

「そうでもないよ。自分のしたことを思えば、到底これしきで済む話じゃないんだ」


 砂糖を入れずに、一口、紅茶を飲んだ。

 ミイはテーブルの横に立ったまま、サクの様子を窺っている。

 ティーカップをソーサーの上に下ろし、サクは告げる。


「そう、これは、だから、僕の断罪の証でもあるんだ」


 微笑を浮かべたまま、ミイの方に顔を向ける。

 左手で顔の左半分を覆った。

 ゆっくりとその手で前髪をかき上げる。


 ミイが息をのんだ。

 そう、見覚えがあるはずだ。


「それは……」


 ミイが擦れた声で呟く。


「そう。ツアッシュクロスと呼ばれる印だよ。この印には魔力が宿る。僕はこの印を操る最高の魔術師の元で勉強していたんだ。そう、三年前のある日まではね」

「ツアッシュクロス……」


 ミイは無意識に首筋に手を当てていた。

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