指輪の真贋と届けられた声
「ま、いいや。それより、こんなところでなにやってるの?」
「ミイを探してたんだぜ。確かこの辺りだったよな、と思ってさ。でも、なかなか見つけられなくってさ」
「通り過ぎてるよ。ちょっと戻らないと」
「あ、そうなの? まあ、会えたからいいか」
「なにか用?」
通りの真ん中で立ち止まっていては通行人の邪魔になる。
二人は壁際に寄った。
すぐそこを人々が忙しなく通り過ぎて行く。
「あのさ、指輪がさ……」
「指輪?」
「ああ、例の、オレが探してたヤツなんだけど、あれ、どうやら本物だったらしい」
「え? だって、ムウルも確認したよね? 偽物だったよね?」
「だから、オレたちが見る前に、偽物と取り替えられた可能性があるってことらしいぜ」
「取り換えた? マリアールさんが?」
「それ以外にも、あの屋敷に出入りしていた奴なら可能かもしれないけどな。ま、とにかくそのせいでしばらくこの町に滞在することになりそうだ。本物の指輪はまだこの街にある可能性があるってさ」
「大変ね」
本物の指輪の行方は、依然不明ということだ。
「そ、大変なんだ。親方は親方で変なこと言い出すしさ。というわけで、もうしばらくはこの街に滞在することになりそうだから、出立はもうしばらく先になりそうだって伝えようと思ってさ」
「ああ、了解。あたし、今外出禁止令出されててさ。結局、こっちの仕事も進んでないから、その方が助かるわ」
「外出禁止令!?」
ムウルが目を丸くする。
「そう。例の騒ぎを起こした一件のせいで」
ムウルは苦笑した。
「ああ、治安隊が、オレたちのこと探してるらしいぜ。結局あの時は上手く撒いて逃げたんだけどさ。逃げられたことを根に持ってんのかもな。それにボニー商会も相変わらずミイを探してるだろうし、例の指輪が本物だったとなればどこで摩り替わったのか知りたがる奴も出てくる。となるとミイやオレにも疑いの目が向けられるわけだ。つまり、今のミイは狙われまくってるってわけだ。外出しないってのはいい案だと思うぜ」
「そうか。確かに治安隊は厄介ね。余罪を追及されたら、あたし、しばらく牢から出られないわ」
「それはオレも同じだぜ。いや、オレは一生牢から出られねえかも」
ムウルが苦笑する。
捕まる気は更々ないし、もし万が一のことがあったとしても、きっと仲間が助けに来る。
そういう自信があるのだろう。
しかし、ミイに仲間はいない。
治安隊に捕まるのは御免だ。
「そうね。じゃあもうしばらくは雇用主の命令に従うことにするわ」
「それがいい。……なあ、おまえの雇用主、何者だ?」
「あたしも知りたいわ」
「貴族様って感じじゃあねえもんなぁ」
ミイは深々と頷いた。
「騎士? 傭兵? 軍人」
「さあ。どれも違うと思うけど……」
首を傾げるミイの目を、ムウルが覗き込む。
「なに?」
「ミイ、おまえの手を引いてる奴がいるだろう?」
「手を引く? いつのこと? そりゃあ、場合によっては内通者に手引きしてもらって仕事をすることもあるけど」
ムウルの問いに、ミイは不可解そうに答える。
ムウルは眉間にしわを寄せ、そして軽く頭を振ると、笑った。
「そうだよな。いや、なんでもない。親方はおまえを気に入ってるんだ。だから色々と気にかけてる。それだけだ」
「有り難いわね。よろしく伝えておいて。また今度挨拶に伺うわ」
「ああ。……じゃ、そろそろオレ行くわ。早いとこ仕事片付けねえと、また親方に怒鳴られちまうしな」
「そうそう、親方が怒ると、怖いもんね」
「本当だよ。じゃ、な」
「ん。気をつけて」
手を振ってムウルを見送る。
小柄なムウルの姿はすぐに人影に隠れて見えなくなった。
手引きする人間、ね。
これだから、長く裏の商売をしている人間は侮れない。
ミイは軽く肩をすくめると、家へ戻るために歩き始めた。
その時、耳元で声がした。
「やあ、久しぶりですね」
びくりとして、ミイは立ち止まる。
声は続く。
「あなたが傍にいてくれないというのは、やはり寂しいものですね。私はこれ以上耐えられそうにありません。もう、あまり時間はないと、心得ておいてくださいね」
続いて鳥の羽ばたく音が聞こえた。
ミイは即座に振り向いた。
しかし、そこには道行く人々の姿があるだけだ。
空を見上げる。
空に小さく黒い点が見えた。
あの黒い鳥が声を届けてきたのだろう。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと、こわばっていた体から力を抜いた。
あの男、だ。
それならば、仕方がない。
ミイは気持ちを切り替えて、再び歩き始めた。
いまや懐かしさすら感じる、あの家へと。




