窓辺のふたりと果実酒の甘い香り
確かに部屋は沢山あった。
階段をあがると、廊下の両脇に部屋が並んでいた。
向かって右手にドアが四つ。左に三つ。
一つずつ開けて確認してみると、右の奥から二部屋は物置きになっていて、とてもその中で暮らせる状態ではなかった。
左の奥のドアを開けると、物干し場に出た。
使われているのかどうかは不明だが、洗濯物を干すためのロープが張られている。
縁には腰の高さほどの柵があり、そこから下を見下ろすと、表通りを歩く人の姿が見えた。
この街、グルミューは国内でも有数の大都市だ。
大陸を横断するキュムル山脈から流れるコム川沿いに発展したこの街は、商業が盛んで、キュッシュ山脈を越えようとする者は必ずこの街に立ち寄る。
冬を前にこの街にたどり着いた者の中には、この街で冬を越す者も少なくない。
よって宿屋も多く、各地から行商人が集うことによりますます栄える。
通りを歩く者の中にも、行商人風の者の姿は少なくない。
視線を上げると尖塔が見えた。
街の中央に位置する教会だろう。
その尖塔の向こうにキュムル山脈の稜線が見える。
美しいその景色に、ミイは思わずほう、と声を漏らした。
いい街だと思う。
ミイは景色を堪能した後、深呼吸をしてから二階の廊下へ戻った。
階段のすぐ傍の左手の部屋に入る。
そこを自分の部屋にすることに決めた。
部屋の中は埃だらけだった。
が、他の部屋に比べれば、一番ガラクタが少なく、掃除しやすそうに見えたのだ。
一つきりの荷物は廊下に置き、袖をまくり上げる。
掃除道具は物干し場に置き忘れられていた物を勝手に使わせてもらう。
そうして部屋の掃除に勤しみ、なんとかその部屋で寝ることのできる状態になったのは、とっぷりと日が沈んでからだった。
一般家庭であれば既に夕食の時間だ。
ミイは慌てて部屋から駆け出ようとして、ふと思いとどまった。
そっとドアを開けた。
静かにドアを閉め、足音をたてないように気をつけながら階段を下りる。
途中で立ち止まり、息を殺して一階の様子を窺うと、カシュールカとサクの二人は窓際のテーブルに腰を下ろしていた。
サクは相変わらず酒をあおっている。
ミイは声をかけようとして息をのむ。
窓際に座る二人の姿が、驚くほど絵になっていたからだ。
カシュールカは先ほどと比べて幾分眠気も覚めたようで、何やら愉快そうにサクと話をしている。
不機嫌そうな表情の拭い去られたその笑顔に、ミイはどきりとした。
サクもまた、先ほどまでの強張った笑みではなく、自然な微笑みを浮かべていた。
ほんの僅かなあいだ、二人の姿に見とれていたミイだったが、ふと、二人が夕飯を食べた様子もなければ、食べようとしている様子もないことに気付いた。
テーブルの上には、酒瓶とグラスの他には、乾燥させた味つき肉があるだけだ。
それをつまみにしているようだが、それではとてもではないけれど夕飯とは呼べない。
「あの……夕飯はどうしますか?」
ミイはわざと音を立てて階段を下り直しながら、二人に声をかけた。
サクがビクリと肩を震わせた。
柔らかい笑顔が固まるのを見て、ミイは残念な気持ちになった。
「俺たちはいらない。台所はそっち」
カシュールカが向かいに座るサク越しに、奥の部屋を指差す。
サクはミイの方に目を向けることもしないで、ひたすら酒をあおっている。
それにも関わらず顔色は先ほどと全く変わっていないようだ。
部屋には果実酒の甘いにおいが充満してはいるものの、あれは本当に酒なのだろうか、と疑いたくなる。
ミイは軽くうなずくと、サクの後ろを通り抜け、台所へと踏み込んだ。
その瞬間。
「ひいぃーっ!」
ミイは小さく飛び上がり、硬直した。
シンクにはカビの生えた何かが山のように積み上げられている。
視界の隅を、黒い影が素早く横切った。
見間違いであればいい。
ミイは心の底から思った。