大事なものは、いったいどこへしまうのか
「で?」
「で? って?」
部屋の中央の応接セットのソファに腰掛けて、カシュールカが問い、ミイはそれに問いを返した。
ムウルのおかげで、無事に帰りつくことができたのだ。
「どんな厄介事を抱えているのか、雇用主に話す必要があるんじゃないのか、ってことだ」
「以前やってた情報屋の仕事に関する些細な行き違いよ」
「あのボニー商会と?」
「そのボニー商会と」
カシュールカはひとつ溜め息を吐いた。
「まあいいけどな。おまえ、しばらく外出禁止だ」
「えええええーっ!ちょっと待ってよ。あたしにここでなにをしてろって言うの!? それよりもまず訊きたいんだけど、あたしはまだここの従業員なの?」
「誰が解雇するなんて言った?」
「言ってないけど。言ってはいないけど、でも、こんな怪しくて厄介そうなヤツを雇う人がいるってことが信じられない」
「解雇されたいって言うなら、いつでも解雇してやるさ。でも、おまえにはそんなの関係ないだろ。辞めたくなったらいつだってなにも言わずにとっとととんずらするはずだ。だから俺から解雇はしない。なにか問題があるか?」
「問題? 大有りよ。あなたたちにメリットがないもの。なにが目的なの?」
ミイの問いに、カシュールカは声をあげて笑った。
「それはこっちの台詞だろ。おまえの目的がなんなのか、訊いたら答えてくれるのか?」
「それは……」
教えて協力を仰ぐという手もなくはない。
自分の手で探し出せなかった場合、本人に確認するしかないだろう。
けれど、それはここを去るその時でもいい。
「……あたしはラクドット家の生き残りを探してる。最初に言わなかった?」
「生き残りが、ベッドの下に潜んでいるとでも?」
「それがペットだった場合には有りうるかもね」
「なるほどね。ま、いるとしたらネズミぐらいだと思うけどな。一応気をつけておいてやるよ」
「助かるわ」
「やれやれ」
にっこりと笑みを浮かべたミイを見て、カシュールカが肩をすくめる。
ミイもそれを真似た。
「ま、いいさ。とにかく、外出はしばらく禁止だ。うろうろしてまた厄介事を巻き起こされたんじゃあたまらないからな。これは雇用主からの命令。絶対厳守」
「えぇー。なるべく迷惑がかからないようにするから、外出してもいいでしょ?」
「迷惑がかからないわけがないだろうが。俺もサクも、おまえと一緒に行動しているところを見られてるんだから。おまえがなにかやったら、こっちにもとばっちりがくる可能性が高いんだよ」
確かにそれは一理ある、とミイは思う。
しかし、ここにはめったに来客がない。
おそらく、あまり知られていないのだろう。
下手をしたら治安隊ですら把握していないのではないだろうかと思ってしまう。
そんな雰囲気すらあるのだ。
なんというか……そう、人を拒絶する感じ。
建物自体が、サクのように人見知りをして、人目を避けているように感じられるのだ。
「うぅ……。わかった。わかったわよ、どうせ、もうほとんどすることもないし、しばらくのあいだは大人しくしてるわ」
「そうそう、あとやることっていったら、俺の部屋に忍び込んで昨夜の続きをすることぐらいだもんな」
まったくその通りだ。
「ねえカシュールカ。あなたがすごく大事なものを持っていたとする。それをあなたはどこにしまうかしら?」
「大事なものなんて、ないさ」
「だから、もしも、よ」
「そりゃあ、肌身離さず身につけておくに決まってる。自分の身を守る程度の自信はあるからな。どこかの誰かさんみたいに、いとも簡単に組み伏せられるようなヘマはしない」
昨夜のことを言われて、ミイは内心ムッとする。
しかし、自分が闘う術を持っていないのは事実なので仕方がない。
そもそも、そういう自分を選んだのは自分自身なのだ。
護身術を学ぼうと思った。
今でも基本的な技なら使える。
でも、使おうとは思わない。
下手な抵抗は、事態を悪い方向へと導く役にしか立たないと知ってしまったからだ。
だから、無抵抗を選ぶ。
ミイの武器は口先と逃げ足。
それだけだ。
それに……。
「あたしも、大事なものはいつも持ち歩いてるわね。誰にも奪い去れない場所に。それ以外にはなんの価値もない」
「自分の体は?」
「こんな体になにか価値がある?」
「あると思ってやれよ。小さくて貧相かもしれないが、その体があるから生きていられるんだ」
「小さくて貧相で悪かったわね。でもね、この体があるから苦痛を感じるんじゃないの?」
カシュールカが息をのんだ。
ミイは悪いことを告げてしまったような気がして、笑みを浮かべた。
「でも大丈夫。あたしは今更苦痛なんて感じない。精神的にも肉体的にもね。そう……よほどひどい拷問にでもあわない限りは。だから……もしカシュールカが昨夜、途中でやめなくても、あたしは傷つかなかったし苦痛も感じなかった。そういうことよ」
なんの感情も含まない平坦な声でミイは告げた。
昨夜と同じ目をして。




