それぞれの想い
昔、俺の家にはひっきりなしに来客があった。
その都度、着替えさせられ、挨拶をさせられる。
それが苦痛だった。
そんな来客の中に、同じ年頃の娘がいた。
もう、顔は思い出せないけれど、美しい白金色の長い髪は覚えている。
転んだ俺の目の前に現れた彼女の靴と、俺に差し出された彼女の小さく暖かい手。
振り返れば両親は笑顔を浮かべてそこに居る。
来客と談笑している。
なんて暖かい場所。
もう、二度と戻らない、そんな場所。
※※※
目が覚めると、いやに喉が渇いていた。
カシュールカは起き上がり、そのまま部屋を出る。
静かだった。
すっかり日は昇っている。
ミイは昼食の買い出しにでも行っているのか?
それとも、出て行ったのか。
昨夜のことを考えれば、それも無理のないことだと思う。
部屋に忍び込んだところを見つかり、雇い主に襲われかけ、尚且つ秘密を知られた。
また明日、というミイの言葉は信じてもよいものだったのだろうか。
キッチンに行き、水を飲む。
そのまま顔を洗った。
サクの姿もない。
起きている人間の気配がないから、寝ているのかそれとも二人ともここにいないのか。
まあ、それでも別に構わないさ、と独りごちる。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
相手のやりたいようにさせてやれば、面倒は起きない。
そう、俺は面倒ごとなんて御免なんだ。
水滴が顎の先からポタリと床に落ちた。
しばらくその染みを見ていたカシュールカは、やがて顔を上げた。
サクの部屋を確認したあと、階段を上がり、ミイの部屋のドアを開ける。
どちらも、部屋の主の姿はなかった。
部屋の中に、ミイの荷物は残っている。
部屋が片付けられた様子もない。
けれど、ここに置いてある荷物などどれも些細な物で、たとえ失くしても困らないものばかりだろう。
カシュールカは自分の部屋へ戻り、素早く着替えると、そのまま部屋から駆け出した。
※※※
「だから、バレちゃったのよ」
ミイは深い溜め息を吐き出して、目の前の暖かい紅茶を一口飲む。
マキュベスト家で出されたような上等な紅茶ではなく、庶民向けの店の、ごくごく通常レベルの紅茶だ。
ムウルはそんなミイを、肘をついた手の上に顎を乗せた状態で眺めていた。
「バレちゃった、ってどこまでだよ?」
「あたしがなにかを探すために忍び込んだこと」
「それで、出て行けって言われなかったのか?」
「なにか言われる前にとっとと部屋に戻ったもの。今日は誰かと顔を合わせる前に出てきたし」
「ふうん。大変だな。でも、潮時だったんじゃねえ? こっちもさ、結局指輪見つかんねえんだよな。どうやら情報そのものが、ノーモルの指輪が贋作だと知らずに流れてたらしいんだ。無駄足だったな。親方はまだなにも言わないけど、そろそろこの街を出るはずだ。仲間になれとか言わないから、俺たちと一緒に行こうぜ」
仕事面では無駄足だったとしても、こうしてミイの近くにいられることはなかなかないので、傍に居られただけでもムウルにとっては大満足だ。
仲間になってくれたら嬉しいけれど、たまに道行きを共にするだけでもいい。
ムウルは、ミイのことが好きだ。
だからこそ、しっかりしている様でいて、自分のことを大事にしないミイのことを、ムウルは心底心配しているのだ。
本当は、傍にいて守ってやりたい。
けれどそれをミイがよしとしないのなら、せめてたまにでもいい。
こうして、一緒に茶を飲んだり話をしたりっていう、そういう時間をもてたらと思う。
ミイは切りそろえられたブロンドの髪を揺らして、ティーカップをソーサーの上に置くと、その表面をじっと見つめてなにかを考えているようだ。
ミイの透き通るような青い瞳には、ティーカップだけが映っている。
ミイがなにを考えているのかはわからない。けれど……。
ああ、幸せだなあ。
と、ムウルはミイを見つめながらしみじみと思うのだった。




