月光と灰色の瞳
カシュールカとサクが連れ立って外出した。
それはもう真夜中と言ってもよい時間だった。
既に布団に入っていたミイは急いで起き上がると、そっと窓際の壁に身を寄せる。
ちらりと外の様子を窺うと、二人が並んで歩いてゆく背中が見えた。
好機だ。
ミイは即座に行動を開始した。
即ち、カシュールカとサクの部屋の捜索だ。
この家の中のほとんどの部屋は掃除のついでに調べ終えていた。
しかしミイの求める物はどこにもなかったのだ。
残るはあの二人の部屋。
しかし二人が共に外出することは今までに一度もなく、どうしても二人の部屋だけは入れずにいたのだ。
そう、二人の部屋を探しても見つからなければ、ミイがここにいる意味はなくなる。
とっとととんずらしよう。
ミイは素足のまま廊下に出た。
季節は秋。
冷え込みの厳しい冬でなくて良かった。
まずはサクの部屋のドアを開けた。
ドアはいとも容易く開いた。
二人に鍵をかける習慣がないことは知っていた。
ミイはそっと部屋の中へ滑り込む。
窓から差し込む月明かりに照らされた室内は充分に明るかった。
ベッド、小さなクローゼット、そして酒瓶とグラスの置かれた小さなテーブルと一脚の椅子。
本棚には本がぎっしりつまっている。
が、それだけだった。
ベッドの下を覗いてみたが、埃すら溜まっていない。
こまめに掃除をしているのだろうか。
いや、それとも魔術とやらを使って、怪しげな方法で片付けているのかもしれない。
本棚の裏まで調べたけれど、なにかが隠されている様子もなかった。
ミイは落胆しつつもサクの部屋を出て、既に探し終えている物置部屋の前を横切り、カシュールカの部屋へと移動する。
ミイの予想に反して、カシュールカの部屋も片付いていた。
普段の怠惰な様子から、部屋は散らかっているものとばり思っていたのだが、これはもしかしたらミイの部屋よりも片付いているかもしれない。
今更ながら、ミイはショックを受けた。
しかし、即座に気持ちをきりかえる。
捜索を開始しようと、手始めにベッドの下を覗いた。
「俺にはそんなところで寝る習慣はない」
突然かけられた声に、一瞬心臓が止まった。
さあっと血の気がひいてゆく。
声も出なかった。
足音も、ドアの開く音も聞こえなかった。
あれ程注意深く気を配っていたのに……。
ミイはゆっくりと振り向いた。
カシュールカがミイを見据えて立っていた。
サクの姿はない。
ひとりで戻ってきたのだろうか。
「さすがに、ベッドの下で寝ているとは思っていませんけど……」
「じゃあ、なにがあると思ったんだ? そこに」
カシュールカが愉快そうに部屋の中に入って来る。
バタン、とドアを後ろ手に閉じる
「え……えっと……いやらしい本?」
ミイの答えに、カシュールカは声を出して笑う。
「そんなに俺のことが気になるのか?」
長身のカシュールカがゆっくりとミイに近づいてくる。
ミイは思わず後ずさる。
背が壁に当たった。
カシュールカは歩を止めない。
「俺の、なにが知りたいんだ? なんだったら、教えてやろうか? 全部、さ」
カシュールカはミイの顔のすぐ横の壁に手をついて体を支えると、ぐいと顔を寄せた。
ミイはひるまない。
無表情でカシュールカの目を見つめる。
「へぇ?」
ミイの様子を見てわずかばかり目を丸くしたカシュールカは、ミイの手首を掴んでぐいとひいた。
次の瞬間、ミイはベッドの上に体を投げ出されていた。
その上に、カシュールカが覆いかぶさる。
ミイの両手首を片手でつかみ、固定する。
カシュールカの膝が、ミイの両膝を割った。
ああ、あたし、寝間着のままだった。
間近に迫るカシュールカの顔を見て、ぼんやりとミイはそんなことを考えた。
薄いワンピース状の服を一枚着たきりである。
そりゃあ、誘っているように見えるかもしれない、と。
恐怖は感じなかった。
こんなことは、よくあることだ。
あまりにも明るい月の光のおかげで、カシュールカの顔がよく見えた。
すぐそこに迫る灰色の瞳。形の良い眉。
ちょっと低い鼻には愛嬌があって、なんだか可愛いな、などと観察する。
いつもカシュールカの目にかかっている長めの前髪の毛先が、ふわりとミイの額に触れた。




