メイドとして採用します
頭を上げると、ミイは更に一歩、家の中へ踏み込んだ。
「おい、待て。どこに行く?」
「さっそくですが、あたしの部屋はどこでしょう?」
「は?」
「部屋です。住み込み賄い付きと書いてあります」
「はあ?」
「書いてあります」
ミイは黒髪男が手に持っている紙を指差した。
黒髪男がちらりと紙に目をやる。
「掃除は自分でやるので大丈夫です。どの部屋を使えばよいのか、それだけ教えて下さい」
「それは……いや、それはまずい。だいたい、ここには俺たちだけしかいないんだ。年頃の女がそんな所に一緒に住むなんて、それはまずいだろう」
「大丈夫です。この街でいくらあたしの悪評が流れようとも、あたしはこの街の人間じゃありません。知りたいことを知ることができれば、この街を去る人間です。問題ありません」
「いや、悪評とかそういう話以前にだな……」
「ああ、性的欲求の対象になるかどうかという問題でしょうか」
「はっきり言うなよ」
「いいですよ。構いません。襲いたければどうぞお好きなように。でも、あたしをただの娘と思わないでくださいね。それをふまえた上でそれでも襲いたいと言うのであれば、お相手します」
「お相手って、一体なにするつもりだよ……」
「残念ながら、軽々しく口にすることはできませんが……」
ミイは微笑を浮かべて語尾を濁した。
「残念ながらって……ああ、もう! なんでこんなことに……。なんて女だ。おい、サク。俺はもうお手上げだ。おまえも諦めるか、それが無理なら自分でなんとかしてくれよ」
黒髪男は笑顔男にそう告げた。
笑顔男の笑顔が引きつり、強張ったのをミイは見逃さなかった。
が、相手の事情を斟酌する余裕は、今のミイにはないのだ。
「雇ってもらえるってことですね?」
「だっておまえ……全く帰る気なさそうだしさ。ただ働きだって言ってんのに、ひかないしさ。なんなんだよ、もう。俺は面倒なことが大ッ嫌いなんだよ。勝手にしてくれ。二階の部屋ならどこでも好きに使っていい。ただし、俺たちには関与するな」
「可能な限り努力します。申し遅れました。あたし、ミイ・アレフォンといいます。歳は十五。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「ミイね。はいはい。俺はカシュールカ。あっちはサク。サクは見ての通りアル中の人見知りだ。近寄らないでおいてやってくれ。あの笑顔は防御壁のようなもんだ」
「カシュールカさんとサクさん、ですね。お二人ともお若そうですね」
「お若いよ。まだたったの十八歳だ。サクは二十ちょっと」
「そうですか。どうぞよろしくお願いします。あの……。ひとまず、部屋に下がらせてもらってもいいですか? 荷物を置きに行きたいんですけど……」
カシュールカがうなずいたのを確認して、ミイは硬直してしまった笑顔を貼り付けたサクからできるだけ離れた場所を通るように注意しつつ、二階へと続く階段に足をかけた。
そして、ふと足を止める。
「なに? まだなにか?」
カシュールカが声を投げかける。
「あの、ところで、具体的にはどんなことをすればいいんですか?」
ミイが振り返りながら問う。
「はあ? その大切な紙に書いてないのかよ?」
「はい。空欄なんです。住み込みOK賄いつきという条件が最重要項目だったので、それ以外は確認し忘れていて……」
カシュールカは大きく溜め息を吐いた。
「サク、なにしてもらいたい?」
サクは左手に持っていたアルコールの瓶から直接ぐびぐびと酒を呑んだ。
ミイはその様子を見つめる。
ぷはあ、とサクが大きく息を吐き出した。
そしてその勢いに乗るかのように続ける。
「家事雑用……」
「ま、そのくらいしかないよな」
カシュールカが深くうなずく。
ミイは階段に片足を乗せつつ背後を振り向いたままの姿勢で、小首を傾げた。
「つまり、メイドさん?」
「メイド……? そうなるのか?」
カシュールカも首を傾げ、サクは無言でうなずいた。
「そうですか、わかりました。では後ほど」
ミイは頭をぺこりと下げ、二階へと続く階段を上ることにした。