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嘘つきメイドと面倒くさがりなご主人様  作者: 凪市有李
第3章
19/60

肉団子を救う魔術と、バレている嘘

 ミイの腹の音には反応せず、サクはその肉団子の近くで立ち止まった。


「ま、ちょっと戻すくらいならできるかな」

「はい?」

「これ、持ってて」


 サクはミイに酒瓶を押し付けた。

 ミイはよくわからないままにその瓶を受け取る。   


 ミイに背を向け、サクは片手で前髪をかきあげ、もう片方の手の平を地面に向けた。

 なにやら呟いてるが、ミイには聞き取れない。


 ふいにミイの左の首筋がズキリと痛んだ。


 次の瞬間、つぶれていた肉団子が丸く膨らみ、コロコロと転がり始めた。

 誰も触れていないにも関わらず。


「えっ? えぇっ!?」


 そしてなんと、ミイの目の前で団子が空中に浮かび上がったのだ。

 そして肉団子が入っていた紙袋の中に入ってゆく。


 そんな馬鹿な……。


「はい」


 サクは全ての肉団子が戻った紙袋をミイに差し出した。

 あの、男たちに出会う前のよい匂いまで漂ってくる。


「そんな馬鹿な……」


 今度はその言葉が口からこぼれていた。


「魔術、知ってる?」

「魔術、ですか?ええ、まあ。でも、魔術っていうのは、もっとこう……」


「大仰なものだと思ってる?」

「はい」


「君の知り合いに、そういう魔術師がいるのかな?」

「いいえ。街角で魔術をうたった見世物をよく見かけますから」


 ミイは咄嗟に嘘をついた。


「ああ、なるほどね」


 頷きながらも、サクの目はじっとミイの目を見つめている。


「あの、これ、物を動かすことができるっていうのはわかるんですけど、潰れたり冷めたりしていた物まで、まるで揚げたてみたいなのは何故ですか?」


「落ちた肉団子を拾っただけじゃあ、食べられないでしょう? この肉団子の時間を、落ちる前の状態まで戻しただけだよ。だから、この肉団子は落ちてもいないし、冷めてもいない。できたての肉団子ってわけだね。本当によい香りだね。さあ、温かいうちに早く食べよう」


 酒と肉団子を交換して、サクは再び歩き始める。

 パンの包みと肉団子の紙袋を抱え、ミイもそれに続く。


 魔術。

 サクが、魔術師だという事実。


 では、サクはミイが予想していた人物とは違うのか。

 今回の潜入は無意味だったのか。

 それとも、ただ単にミイが知らなかっただけなのか。


 それに、首筋の痛み、これは……。


 ミイは右手で痛む箇所に触れた。

 微かに、熱をもっているように感じられた。


 ※※※


「ミイが一緒に歩いていた例の男の正体が分かったよ」


 相も変わらず長椅子に転がったままのカシュールカに、サクが小声で告げる。

 ミイは二階にいるはずだ。

 会話は届かない。


「それじゃあ、ミイの素性も知れたのか?」

「そこが微妙なんだよね。あの男はムウルっていう名で、盗賊団の一味らしいよ」


「盗賊? なるほどな。それでラクドット家の家宝を狙ってるって線が濃厚だってことか」

「それだと単純でわかりやすいんだけど、どうやらその盗賊団の狙いは違うらしいんだよね。ムウルは指輪を探しているらしい」


「ミイとは目的が違うってことか」

「うん。そもそも、ミイはその盗賊団のメンバーじゃないみたいなんだよね。縁がないわけじゃあないらしいけど」


 その時、階段をおりてくる足音が聞こえた。


「あ、お取り込み中でしたか?」


 二人が顔を寄せ合っている様子を見て、ミイが問う。


「そう、取り込んでる。ミイの素性をどちらが正しく言い当てることができるかっていうゲームさ」


 カシュールカがふざけた口調で言う。

 ミイはふっと笑った。

 その顔に焦りや動揺は一切見られない。


「素性なんて、大層なものは出てこないですよ」

「そうか? 充分大層なもんが出てきそうなんだが、おれの気のせいか?」

「どこからそんな話が出てきたのか皆目見当がつきませんけれど、そんな気がするのなら、きっと気のせいでしょうね」


 ミイは不思議そうに小首を傾げた。


「これが演技なら、相当なもんだ」


 カシュールカが勢い良く起き上がる。


「嘘を隠して演技を続けられるような、そんな特技があったら、なにかの役に立ちそうですね」


 ミイは笑顔で言った。


 そう、その特技はとても役に立つはずだ、とミイは心の中で繰り返した。

 今、まさにこの時の様に。


 嘘はどんな物語でも紡ぎだせる。

 それはあくまでも嘘であり、事実ではないわけだけれど、それでも嘘のもつ力は侮れない。

 だから、誰もが嘘を口にする――んだとミイは思っている。


 一点の曇りもないミイの笑顔を見て、カシュールカは肩をすくめた。

 たいしたもんだ、と心の中で呟きながら。


 嘘は誰もが口にする。

 けれど、嘘が嘘だとバレていると知ってなお、顔色ひとつ変えずに嘘をつき続けられる――そういう奴はいったいどれほどいるだろうか。


 ぴくりと眉が動く。小鼻がひくつく。

 この程度ならまだましだが、突然焦点が定まらなくなったり、しどろもどろになったり。

 普通の人間なら、誤魔化そうとしても、どこかに影響が出るものだ。


 けれど、カシュールカの見る限り、ミイの様子におかしなところはなかった。

 ふてぶてしいというか、なんというか。

 やれやれ、とカシュールカは長い息を吐いた。

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