地面に転がったままの肉団子
「一体、なにをやっているのさ?」
突然、耳元で囁かれ、ミイはひぃっと小さく声を上げて飛び上がった。
いつの間にか、周囲には甘い香りが漂っている。
「サク……さん」
「生憎、僕は肉弾戦が不得手だからね。近くをうろうろしていた彼に声をかけてみたら、突然走り出して驚いたよ。どうやらミイの知り合いみたいだね」
そう言いながら、サクはぐびっと酒をあおった。
「あ、ええ。例の、果物屋さんの人です」
ミイはそれだけをサクに告げた。
「あ、そう」
サクはムウルが闘う様子を見ている。
あと少しというところで男は逃げだし、追おうとするムウルにミイが声をかけた。
「ありがとう、ムウル。すごく助かったわ」
「いや。それより、おまえをこんな目に合わせる奴らが許せねえよ」
ムウルは憤懣やるかたなしという風に、男の逃げた方角を睨みつける。
「なんだか、二人はすごく仲が良さそうだね。知り合ってからそう時間も経っていないらしいけれど、とてもそうは見えないなぁ。ああ、僕は邪魔なようだから、先に帰るね」
サクは酒を大事そうに抱えなおして、歩き出した。
「あ、ちょっと待ってください」
ミイは慌ててサクを追う。
「ミイっ」
ひとり取り残されそうになり、ムウルがミイの名を呼ぶ。
「本当にありがとねっ。今度お礼するから!」
ムウルを振り返り笑顔で礼を告げると、ムウルはにへらと頬を緩ませた。
「お、おうっ。礼なんかいいさっ。気をつけてなっ」
ミイがムウルに手を振ってからサクへ目を向けると、サクは既に、ミイを待たずにすたすたと歩きはじめていた。
「サクッ……さん。待ってください。ご一緒します」
「買い物、、途中だったんじゃないの?」
「はあ……まあ、昼ごはんになる予定だったものは、きっとそのうち見えてくるかと思いますけど……」
サクはまっすぐに家への近道を歩いてゆく。
つまり、先ほどミイがサクを見かけた場所を通過するはずだ。
あの場所に、買ったものを全て落としたような気がする。
角を曲がる時にはやや警戒したが、そこに人の姿はなかった。
ほっと安堵する。
「あの、今回のことなんですけど……」
「別にどうでもいいよ。僕には関係ないことだから」
「え? あ、そうですか?あの、じゃあ、今回のことを機に追い出そうとか、そういうことは……」
「追い出されたいの?」
「いえいえ! もう少しのあいだ、置いていただけると助かります」
「もう少しのあいだだけでいいんだ?」
サクが首を傾げた。
「サクさんにご迷惑をおかけしていることは知っています。ですから、できるだけ早く目的を達成できるよう努力しようと……」
「ま、僕はもうどっちでもいいよ。そりゃあ最初は迷惑だったけど、なんか、最近はどうでも良くなってきたしね。家の中はきれいになるし、飯は出てくるし、自分の金は自分で稼いでくるし、便利だからね」
サクはカシュールカが言っていたことを思い出し、そのまま告げる。
「サクさん……」
ミイは感動して両手を組んだ。
うるんだ瞳でサクを見上げる。
「ありがとうございます!」
「あ、肉団子だ」
ミイの感謝の言葉をさらりとかわすかのようにサクが地面を指差した。
地面の上にコロコロと先ほどミイが購入した揚げ肉団子が転がっている。
しかも、踏み潰されている物も多いある。
これはもう食べられない。
幸い、パンの方は紙袋からははみ出していたものの、包み紙に包まれたままの状態で落下していた。
ミイはそれを拾い上げた。
「残念です。肉団子、お昼におふたりと食べようと思っていたのですが……」
「食べたかったの?」
「え? あ、はい。とても美味しそうな香りを漂わせていたので……」
話しているうちに、先ほどのあの芳しい香りを思い出してしまい、ミイの腹がぐぅと鳴った。