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ほかほかの肉団子に気をとられている場合じゃなかった

「飲みすぎですよ」


 二人で肩を並べて歩くのは、もしかしなくても初めてだ。

 サクは果実酒の甘い香りを身にまとったサクに向かって注意する。


「問題ないよ」


 サクは淡々と答えた。


 最初の頃と比べたら、大変な変化だ。

 初日、こちこちに強張っていたサクの顔が、日に日に緩んでゆくのを見るのはなかなか嬉しかった。


 だからといって、特に親しくなったわけでもなく、ただ通常の会話ができるようになったという、人と人の接し方の中では初期段階に当たるレベルをクリアしただけなのだけれど。


「はあ……」


 心の中では色々とサクに言いたいものの、ここは使用人らしく堪える。


「じゃあ、僕はこっちだから。目的の物を買ったら、先に帰っていてくれていいよ。僕も酒を買ったら帰るから」


「ご一緒しましょうか?」

「いや、いいよ。別々に行動した方が効率的だからね」


 この人でも効率なんてものを考えるのか、とミイは少し驚いた。

 いつも酒を飲んでばかりで、なにもしていない様子のサクの口から効率的、などという言葉が飛び出すとは。


 一拍置いてミイはその案に同意し、サクと別れた。


 昼には肉を挟んだパンを買って、サクの酒のつまみにサラミを買って帰ることにする。


 サクに付き合って、カシュールカも一緒にサラミをつまみながら話をしていたりするから、少し遠いけれどふたりが好きなサラミを取り扱っている店まで足をのばしてみようか。


 サクがどの辺りまで買いに行くのかはしらないが、おそらくサクよりは早く帰れるだろう。


 ミイはサクの背中を見送った後、反対方向へと歩き出した。


 パンを買ってから、目的の店に着くと、肉だけでなく様々な加工食材が並んでいた。


 先日の報酬はまだ充分に残っている。

 懐があたたかいミイは、渡されている食費は使わず、自分の財布から銀貨を取り出した。


 いつもより少し贅沢な食材を使ったら、カシュールカが気に入る料理が出来上がるかもしれない。


 カシュールカにはまた料理をするな、と言われてしまうかもしれないけれど、美味しいものを食べることができるのに文句を言われることはないだろう。

 要は、カシュールカが満足できるような料理を作れば問題ないんだから。


 と、ミイは考えた。


 日々の生活の中でなにが楽しみかと問われれば、ミイは迷わず食事と答えるだろう。

 お腹がふくれるあの感じが好きだし、それが美味しいもののおかげなら尚更嬉しい。


 購入した食材を抱えて、店を出る。


 平和だなあ、とミイは周囲を眺めながらゆっくりと歩く。

 天気もいいし、懐具合もあたたかい。


 なんだか、いっそこのままとんずらしてしまってもいいような気すらしてくる。

 お腹を空かせたご主人様が待っているので、そういうわけにもいかないけれど。


 と、通りの両脇に並んだ屋台の方から美味しそうな香りが漂ってきて、思わず足を止めた。

 三軒先の店先が随分とにぎわっている。

 小柄なミイは人だかりの後ろから背伸びをして、店頭をのぞいた。


 店先には大きな鍋が置かれ、その中では油が熱されている。

 そこに店主が手早く挽き肉を手ごろな大きさに丸めて次々と放り込む。

 その肉団子が浮かび上がり、いい色に染まったところで店主はそれを救い上げ、油をきって紙袋に入れている。


 先ほどの香りは肉団子を揚げる匂いだったのだ。

 せっかくだし、買って帰って三人で食べよう。


 最後尾に並び、自分の順番になるまでの間、店主の動作を観察する。

 もちろん、自分でも作れるだろう。


 しかし、屋台の食べ物というのは殊更美味しそうに見える。

 それに味見をしておけば、自分で作る時の参考にもなる。


 購入した客の中には、店先から幾らか離れた場所に立ち止まり、袋からできたての揚げ肉団子を食べている者もいる。

 ほくほくとしてすごく美味しそうだ。


 ミイのお腹が鳴った。

 前に並んでいる人が思わず振り返るほど大きな音だった。

 ミイが恥ずかしそうに笑みを浮かべると、振り向いた男は、もう昼時を過ぎてるもんなあ、と言いながら深くうなずく。


 それをきっかけに他愛もない話を始めた男に相槌を打っているうちに、やがて男の順番になり、そしてミイの番がまわってきた。


 ミイは揚げ肉団子の袋を二袋ほど購入してから、帰路についた。

 袋からは芳しい香りが漂ってきて、空腹感が増す。ミイは足を速めた。


 家までの近道である裏道に踏み込んだのは、温かいうちに食べたいとそう思ったからだった。

 油断もあった。


さあ、もうすぐ家の前の道に続く大通りに出るというところで、前方に幾つかの人影が現れたのだ。     


 この道は建物と建物の間を抜ける細い一本道で、ここから先に逃げ道はない。

 ミイは即座に踵を返した。

 少し戻れば、わき道から逃げられる。


 けれど、背後にも影は忍び寄っていた。


「一体、なに?」 


 ミイに迫り来る人影に向かって問うが、応えはない。


 しまった、とミイは唇を噛む。

 紙袋を抱える手に、知らず力が入る。


 どうしよう。

 進むことも、退がることもできない。


 つぅ、と汗がこめかみを伝って落ちた。

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