指輪の瑕
ノーモルのことが忘れられないのだとマリアールは語った。
だから彼からもらった指輪だけでも身近に置いておきたかったのだ、と。
結婚は家と家との繋がり。
親の反対する婚姻は不可能であり、恋仲にあった二人が別れさせられることになったのもまた仕方のないこと。
マリアールはそれを理解している。
しかし、気持ちばかりはなかなか切り替えられなかったのだろう。
マリアールから渡された指輪は、そのままノーモルのもとに届けた。
今回の依頼に関しては成功だ。
しかし……。
「残念だったわね、ムウル」
マリアールに最後の報告をして報酬を受け取った、その帰りだった。
マキュベスト伯爵家の玄関から門までの道を歩きながら、ミイはムウルに声をかけた。
「うん。いや、でも、あれは間違いなく本物を知るヤツが作ったものだぜ」
マリアールから渡された指輪は、ムウルの捜し求める物ではなかった。
しかし、それは本物にとてもよく似ていたのだ。
一見しただけでは、宝石の大きさから細工に至るまで本物と区別できない。
本物はリングの内側に二本の瑕がついていると言われている。
確かに、その指輪にも二本の傷が入っていた。
しかしその瑕こそが微妙に違っていたのだ。
ムウルはそこに気付いた。
しかしミイには無理だった。
その位良く似ていた。
もちろん、ノーモルはなにも気づいていないようだ。
ノーモルが持っていた指輪はもともと本物だったのか、ノーモルが持っていた時点で既に偽物だったのかは分からずじまいだった。
「あたしにはよくわからないけど。ムウルがそう言うならそうなんでしょうね」
ムウルは鑑定のプロだ。
盗賊団ハーダッシュ一味のメンバーであり、一味が関わった宝石の鑑定をする役割を担っている。
「うん。まあ、ミイと一緒に仕事ができただけで、俺は大満足だぜ。ミイにこっちの仕事を手伝わせちまったのは悪かったと思ってるけどな。そっちの本来の目的の方は、どうなってる? 見つかりそうか? もし、ダメだったら、今度こそうちに来いよ。ハーダッシュ盗賊団はお前を歓迎するぜ。絶対に」
「ありがとう」
「やっぱり、その気はないか」
ミイのそっけない返答を聞き、ムウルは苦笑いを浮かべた。
ミイは今までに何度も誘われたことがある。
それはムウルからであったり、ハーダッシュ本人からであったりもした。
しかし、ミイはその都度断ってきた。
別に、盗賊の仲間になるのが嫌なわけではない。
実際、ハーダッシュたちには随分と世話にもなっている。
それでもミイには仲間という存在が必要だとは思えなかった。
断り続けた理由は、ただそれだけだ。
できれば、煩わしいものを増やしたくはない。
そう思う。
門を目前にしたその時、車椅子に乗った若い男が前方から姿を現した。
白銀色の髪に色素の薄いブラウンの瞳。
端に寄り、道を明けた二人に対してその男は軽く会釈し、そして通り過ぎる。
「誰だ? あいつ」
ムウルが遠くなってゆく男の背を見送っている。
「ここの客人でしょう、きっと」
ミイは気にする様子を見せず、そう答えた。
マリアールから受け取った報酬は、結構な額になった。
ただ働き同然でメイドをしているミイにとっては貴重な臨時収入だ。
ミイは夕飯の支度のことを考える。
今晩は、少し豪華な夕飯にしようか。
しかし、どうやらゆっくりと夕飯について考えている場合ではなくなったようだ。
こちらの隙をつくようにして現れた五人ほどの男たちが、ミイとムウルの前に立ちはだかった。