大精霊ニュム
「・・・界人よ・・・目を・・しなさい」
何人だって?マリーか・・・?こんな時間に、一体何の用だ。未だ明るくなる前じゃないか。眠たい瞼をこすりながらベッドに手をつき体を持ち上げようとする。起き上がり、床一面が光の粒で満たされ、ベッドがさながら海原に浮かぶ小舟のようになっていることに気づく。
「どぅあっ!!!」
な、外にいた虫か!?ど、どこから入ったんだ。光は音もなく波のように揺れる。そして、片隅の一際光の強いところには、なんと人が浮いている。あっけに取られることには多少慣れたが、これは反則である。そこには、足元くらいまである長い髪を垂らし、淡い光を放つ若い女がいた。金細工があしらわれた白いワンピースのようなものを身に纏い、ところどころには草花が絡みついている。
「落ち着きなさい異世界人よ、私はニュム。それにこれらは虫ではない。」
異世界人?俺のことを言っているのか?ニュム?名前か?それに虫じゃない、と。って、俺の心を読んだようなことを言いやがる。
「まずは口を閉じなさい異世界人。ええ、心を読んでいます。正確には違いますが・・・まあいいでしょう。」
ふう、といい、若い女は続ける。いつの間にかベッドの横のカウチに腰を下ろし、くつろいでいるようにも見える。「話があってきました」そういうと、女は俺のおかれた状況について滔々と語り出す。
「あなたはこの世界にとっては、異世界の民です。ここはあなたが元いた世界ではない。そう考えれば、まずはあなたの感じていた違和感の多くに説明がつくでしょう」
「・・・」
異世界、異なる世界。日本でもアメリカでもなく、異世界。
「魔法、そして精霊。あなたが虫だと思っていたこの淡く光る粒子・・・これは精霊の一種。その力の弱いもの、と考えてくれていいわ。魂と大地を繋ぎ、生命と非生命の
狭間にあるもの。」
「ほう・・・」にわかには信じがたい、というかさっぱり意味がわからない。だが女はそう語る手前にも、床を歩けば草が生えるわ宙に浮くわとやりたい放題である。理解の範疇を超えた現象を目の当たりにし、俺は納得せざるを得なかった。
「私も精霊の一種よ。女神イラ様より、この地を賜った大精霊ニュム。それが私。」
この女も精霊だというのか、あの光の粒と同じもの・・・?
「あなたは精霊の力、魔法によってこの世界に飛ばされた。より正確には、転移に巻き込まれた。言葉が通じるのも、精霊の働きによって説明できるわ」
「ちょっと待て。巻き込まれた、というのはどういうことだ?」
「ええ、それが本題よ」女の顔つきが神妙になり、俺は一瞬気を呑まれる。
「あなたの最大の心配事。それはあなたがお嬢、と呼ぶ人。ハイジマ・サラ。彼女もこの世界にいるわ。あなたは彼女の転移に巻き込まれたのよ」
「なんだと・・・ッ!!!」
頭がカッと熱くなる。
「疑問はもっともよ。でも、後少しだけ落ち着いて話を聞いてちょうだい。」
「あ、ああ」
俯く。思考が巡る。
「ハイジマ・サラ、御隠れになった女神イラ様の転生。つまり、生まれ変わりなのよ。彼女はおそらくなんらかの目的を持った強大な魔導師によってこの地に連れ去られた。きっと良くないことが起きるわ・・・」
「正直、生まれ変わりだとかはピンとこないが、お嬢が女神であるということには異論はない。ただ、そのマドーシとやらは見当がつく。宗馬だ。」
「んっ?女神ってそういうことじゃないんだけどな」
気の抜けた顔で、ニュムは何事かをつぶやいている。
「何か言ったか?」
「いや!まあともかく!」手のひらで話を遮るようなポーズをとり、「わかったから、話を戻したい」と暗に伝えてくる。そして再び妙に真面目っぽい表情になる。
「魔導師に心当たりがあるなら話が早いわ。」
ニュムは右手の指を俺に差し向け、続ける。
「異世界の民、ガモー・アキオよ。女神イラの御名において、盟約に従い大精霊ニュムが命ず。女神の転生ハイジマ・サラを見出しなさい」