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青い月

初めまして。



 めまいと倦怠感。朝起きてすぐに煙草を吸った時のヤニクラ、のような感覚の中俺は目を覚ました。見慣れない光景に困惑し、周りを見回しつつ体を起き上がらせる。背の高い茂みが一面に広がっている。が、何故か俺のいるところだけはくり抜かれたように丸く禿げ上がって地面が露出している。あたりは灯りが無い割にはぼんやりと明るく、比較的遠くまで見渡すことができる。不思議に思って空を見上げると、見たこともないような満点の星空が天球を覆っていた。夢でも見ているのかと思うくらいの壮麗さで、しばらくあっけにとられて見とれてしまう。中でも輪郭のくっきりした月が一際目を引く。やたらと近く感じるのだ。それに青い、気がする。しばらく月なんて見上げてなかったから、「月なんてこんなもんですよ」と言われればそうなのかなあ、こういう時もあるのかなあ、とも思うけれど。それにしてもな存在感だ。

 

 見慣れないといえば、時折光の粒子のようなものが風に乗って漂っている。遠くの方では光が川のようになっているところもある。虫、だろうな。直接は見たことはないけれど、多分蛍だろう。珍しいと聞いたが、結構いるもんだ。


 お気に入りのシャツと一張羅のスラックスは砂埃まみれになっていた。少し残念だけれど、気にしている場合じゃない。そうだ、と携帯を探してはみたが見つからなかった。もしここまで連れ去られて来たのだとしたら当然だろう。煙草(セブンスター4mm)親父(会長)から頂いたジッポはスラックスのポケットに見つけた。少しホッとした。

 

 問題は、ここがどこかということだ。確か俺は会長とお嬢、あとは宗馬と一緒にいたはずだ。


ーそれで・・・。


「ッ・・・・!」


そうだ!宗馬が会長を撃ちやがっ、た・・・!?


「お、お嬢!!!お嬢ーーーーッ!」

慌ててお嬢を探す。あたりを見渡し、声をかけ続ける。


「お嬢ーーーッ!!!」

呼び声は遠くの暗闇に吸い込まれるばかりだ。クソッ!拳には力が入る。入るが、どうしようもない。

 

 宗馬が会長を撃った。何の脈絡もなく、いや、あいつは何かささやいていたような・・・?とにかく、俺はすぐさまお嬢に駆け寄り覆いかぶさるように奴の射線を塞いだ。はっとして、身体中を確める。怪我の類はないみたいだ。よかった、撃たれてはいない・・・。痛みは感じていなかったからそれはそうかもしれないが、体に穴が空いてることに気づかないまま逝ったようなやつを何人か見ている。確認は重要だ。しかしそこから先の出来事が思い出せない。なぜここにいるのかもー


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎


 丸く禿げ上がった地べたにへたへたと座り込む。まぶたを閉じ、もう一度意識を気を失う前に向けようと努力する。しかし思い出せるのは宗馬の銃から発せられた乾いた発砲音とお嬢の悲しみと驚きに溢れた表情ばかりで、曖昧でもやがかかったようにはっきりとしない。

 ここは明らかに新宿じゃない、だとしたらどこだ。連れ去られたとして、生かされているのはなぜなのか。わからない。検討もつかない。宗馬がやったことなのか?あの宗馬が?・・・お嬢は無事なのか?親父は、一発もらってたはずだ。頭の中には心配まじりの疑問符ばかりが並ぶ。状況を掴めない不安に駆られ、宗馬への怒りが沸々と滲み湧いてくる。とはいうものの・・・このままでは、だめだ。焦りは禁物だ。命取りになる。とりあえず、一服しよう。俺は煙草に火を灯し、深く煙を吸い込んだ。燻りがフィルターに近づくにつれ、俺は冷静さを取り戻していった。


ーじっとしていてもしょうがない。歩こう。

 絶体絶命の状況など一度や二度ではない。若い頃に比べたらマシだ。生きていさえすれば何とかなる。何とでもしてみせる。ただ、ただお嬢のことだけは気がかりだ。早く、新宿に帰らねば。


 茂みをかき分けながら進む。草の根をかき分けてでも、というのはこういうことだろうかと我ながらくだらない考えが頭に浮かんだ。いやいや、そんなことよりまずは連絡手段だ。家か人を探して電話を借りよう。お願いすれば大丈夫だろう。こんな汚れまみれじゃ驚かれるかな。電柱すら見当たらなくて不思議だけど、今時の田舎というのはwi-fi完備なのかもしれない・・・あるいは衛星通信だ。詳しくは知らないけど、きっとそんなようなもののおかげで最近の田舎暮らしも便利になったのだろう、とひとり納得する。どちらにせよ街灯らしきものは見当たらないから、町(村?)はまだまだ先なのだろうな。なんて考えごとをしていたら、少しづつ心に余裕が生まれてきた。幸いにして喉の渇きも飢えも感じてはいない。事務所で好物のとらやの羊羹に舌鼓を打ち、お嬢からお茶を頂いていたからかな。ん、いやまてよ、ということはあれからあまり時間は経っていないのか?頭を捻る。わからないことだらけだ。うんうん言いながら黙々と林を進むこと数分、細道のようなところに行き当たる。その時だった。


「きゃあ!」


なっ・・・突然の叫び声に驚き、顔を上げる。そこには見慣れない服を着た少女がお行儀よくつま先を揃えて立っていた。目を丸くし、表情には年相応のあどけなさが見えるが、日本人とも西洋人ともつかない顔立ちだ。ランタンがカラカラなっている。お互いが無言のまま固まっていると、息を切らした老人が駆け寄って来る。彼も現代的とは言えない格好をしていた。


「はぁ・・・はぁ・・・マ、マリー・・・どうしたん、じゃ・・はぁはぁ」


老人はぜえぜえと膝に手を当てて呼吸を整えている。相変わらずおれは咄嗟の出来事に硬直している。どう対処すれば正解なのかわからないのだ。老人を凝視していると、やっと彼は俺の存在に気づき、ギョッとして少女と俺の間に手をやる。老人は警戒心そのままに俺を睨みつけている。手には手鎌のようなものを持っていたので、俺は慌てて説明を試みる。


「お、落ち着け、俺は怪しいもんじゃない・・・気がついたらここにいて、人を探していたところだ。あ、あんたたちはなにもん、だ・・・?」

 俺は明らかに怪しい。内心分かっている。こんな薄汚れた格好だし、どう見てもカタギの風体じゃない。


老人は依然として俺の目をしっかり見て威嚇し、口をつぐんでいる。沈黙を破ったのは少女だった。


「わ、わたしはマリー」

「こらっ!黙っていなさい!盗人かもしれん・・・危険じゃ。お前さん、この子には手を出すんじゃないぞ・・・!」

「おじいちゃん!まだわからないじゃない・・・この人、困っているように見えるわ。話を聞いていましょうよ」


その、と少女は切り出す。


「ここはおじいちゃんの畑よ。さっき、叫び声が聞こえたから急いで家を飛び出してきたの」


 少女の表情は硬いが、敵意は感じない。笑顔を作ろうと努力してくれている。俺はその気持ちになんとか答えて良い印象を与えられるように表情を工夫するが、老人は俺の歪んだ微笑みに恐怖したようにヒッ!と声をあげて怯える。少し、傷ついた。しかし畑か、なるほどな。道理で同じような植物ばかり生えているわけだ。叫び声というのは、きっと俺が大声でお嬢を探していた時のものだろう。しかし、助かったかもしれない。少女は続ける。


「あなたは・・・誰?気づいたらっていうのはどういうことなの?」

「俺は、蒲生昭夫だ。気を失っていて、目が覚めたらここから少し歩いたところにいた。きっと誰かがここに俺を置いていったのだと思う・・・」

「ガモーアキオ・・・変わった名前ね」

老人も訝しんでいる。そうなのか?まぁ苗字はそんなに聞かないが、名前は変わってるってほどではないと思う。


「・・・」


再びの沈黙。次に静寂を破ったのは俺だ。


「何かを盗む気も襲う気もない。見てくれ、俺は丸腰だ。信じてもらえないかもしれないが、本当に気を失っていたんだ・・・。そうだ、電話を借りられないか?。用が済んだら、立ち去る。約束する。」


「デンワ・・・?とにかく、嘘を付いているようには見えない。たしかに盗人だとしたらずいぶん間抜けだわ。大声を出すわけないものね。困っているなら力になりたい。うちに、いらっしゃい。おじいちゃんいいでしょう?」


「マ、マリー!?」

老人が慌てて遮ろうとする。


「いいじゃない。困ってる人は助けなさいってお父様は言っていたわ。悪い人じゃなさそうでしょ」

すみません、悪い人です。と良心を痛めつつも、このチャンスを逃すわけにはいかない。俺は膝を折り地面に手をついて土下座をした。


「この通りだ!!!時間がないんだ!」

老人に屈服の意を伝える。俺が今できるのはこれくらいだ・・・プライドは捨て、できる限りのことをするんだ。


「・・・」


沈黙みたび。こういう時はまあまま顔を上げて・・・とか言われるものだと思っていたが。不思議に思い恐る恐る見上げると、老人と少女は珍しい生き物でも見たような顔をして唖然としており、そして唐突にぷっ、と吹き出した。


「なっ・・・」

俺が鳩が豆鉄砲を食らったような顔で2人の顔に視線を左右していると、老人が笑いかけてくる。


「な、なんなんじゃ、ガモーアキオさんとやら。急に風変わりな動きをするからびっくりしたわい。とにかく、マリーの言う通り悪い人ではなさそうだ。・・・うちに来なさい。よくはわからないが、誠意は十分に伝わった。困っているようだね。家で話を聞こう」


不本意だったが、老人の信頼を得ることができた。それにガモー⤴︎アキオと、絶妙なイントネーションに俺は釈然としない違和感を覚える。俺はハハッと作り笑いを浮かべ2人の調子に合わせようとしたが、老人はまたもギョッとした表情を浮かべる。しかし老人は笑顔を返してくれた(完全に苦笑いだったが)俺の親愛の情に答えようと努力してくれたのだろう。


♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎


「まずは着替えなさい。そんな汚れまみれじゃあわしが落ち着かん。靴も履いておらんのじゃな。しかし、変わった服だね。首にぶら下げてるのはなんだい」

 そんなことを言いながら、戸口で老人は服を渡してくれた。


「これはネクタイだが・・・」


「ネクタイ?初めて聞いたね。若者の間で流行っているのかい」


「・・・」


 変わっているのはそっちの方じゃないか?と言いたい気持ちもある。しかしさっきから何かと意思疎通が測りきれていないことが多い。今は調子を合わせ、あとでゆっくりと疑問は解消することにしよう。


「息子の服が残っていてよかったわい。さて、ようこそいらっしゃい」


「あがってあがって」

少女は不思議と楽しげだ。


 「・・・お邪魔します」

 着替えを済ませると、リビングのようなところに通された。こじんまりとしたコテージのような石造りの住居は、古びてはいるもののよく手入れされている。・・・しかし、どう見ても日本のそれではない。そんな気はしていたが、電話は見当たらない。それどころか電化製品の類は一切ない。かなり残念だったが、どうしようもない。

 俯いていると、目の前にティーカップが差し出された。紅茶、だろうか。香りが良く、ハーブティーのようなすっきりとした味わいである。礼を言おうと顔を上げた時、俺は目を疑った。外の暗がりではわからなかったが少女の髪が自然(?)な緑色なのだ。老人のそれもよく見れば白髪まじりの深い緑色だった。


「わしはローランじゃ。こいつは孫娘のマリー。このあたりの農場を切り盛りしておる。」


「マリーよ、改めてよろしく」


「おれは蒲生昭夫だ。蒲生でいい。改めてよろしく。その・・・困っているところを助けていただいて感謝している」

 そう言って深くお辞儀をすると、2人はやはり困ったような顔をした。どうやら日本の常識は通じないみたいだ。外国なのだろうか?しかし言葉は通じている。まあいい。今は、いい。


「ガモーさん、どうやらあなたは外国人のようだ。ここらじゃ見ない顔つきだ。気がついたら、と言っていたね。もしかしたら魔法で飛ばされたのかもしれん。私も詳しいことは知らないのだが、高度な精霊の力を借りればそのようなこともできると聞く。どうなんだい、心当たりはないかい」


魔法?精霊?何を言っているんだ?俺が顎に手を当て「魔法・・・?」と呟くと老人はおそらく俺の眉間に寄ったシワを見て察したのか「ほう」と言い続けた。


「驚いたね。魔法を知らないみたいだ。広い世界には精霊の加護の及ばない地域もあるというが、そこから来たのじゃろうか」


 馬鹿な。世界中を探しても魔法が使える場所なんてない。魔法っていうのはあれだろう?ハリー○ッター的な・・・。映画には疎いが、現実の世界のことではない。しかしここはひとつ飲み込んで、次に進むべきだ。


「ローランさん、そうだ。俺は魔法なんて知らない。精霊とやらの力が及ばないところから来たのかもしれない。あなたは物知りのようだ。色々ときかせてほしい」


「ホッホ、息子の受け売りじゃてね・・・」

老人は複雑な面持ちで笑う。


「お父さんはね、職業騎士なの。すごいことなのよ!たまに帰って来ると、色々なことをお話ししてくれるわ」

老人とは対照的に、少女の顔はキラキラと誇らしげだ。しかし言っていることは相変わらずさっぱりわからない。


「・・・俺は東京から来たんだ。ここは日本のどこなんだ?」


「ふうむ・・・トーキョ・・・やはり聞いたことがないのう。ニホンというのもしりゃせん。ここはグリンガルズの南、デールじゃよ。」


「・・・」

俺は両ひじをテーブルについて指を組んで顎に当てるようにして俯いた。


とにかく、と少女は言う。


「今日はもう遅いわ。お父さんの部屋が空いているから、そこでお休みなさい。おじいちゃん、私ももう眠いの。明日、話の続きをしましょうよ」

 そう言って階段を上がるマリー。ふぁ〜あ、と小さな口を目一杯広げてあくびをする姿に、お嬢の姿が重なる。

 

 ベッドに寝そべり、天井を見上げた。しっかりとした作りだ。こういう内装は嫌いじゃない。今は殺風景なマンションの一室だが、いつかは川沿いにロッジを買おう。お嬢には釣った魚を振舞って・・・。そうだ、川沿いでバーベキューってのもいいな。前に親父が狩った鹿肉を焼いてくれたっけ。姐さんがまだ元気だった頃だ。お嬢が中学に行きたての時で、花柄のワンピースがよく似合って可愛いらしかった。すっと透き通るような白い肌。長くて細い黒髪。躓いただけで俺ちまいそうな細い足。おっと俺は何を考えてるんだ・・・。イカンイカン、と左右に寝返りを打ち雑念を振り払おうとした時に膝が壁に強く当たり、ゴンッ、と鈍い音がする。い、いてえ!うんうん唸っていると、な、何事!?とドアを開けマリーが言う。いま不信感を与えるのはまずい。どきりと血の気の引く思いがしたが、マリーは俺が「なんでもない、大丈夫だ、ちょっとぶつけただけだ」と言うと「そう。よかったわ」と返し去っていった。


ー煙草の吸殻を捨て、ジッポの火に目を細める。

 

 日本語を話しながら日本を知らない緑色の髪をした老人と娘。聞きなれない地名。それに魔法と精霊。幸運にも親切な人たち(マリーとローラン)に出会い、ひと時の安堵こそ得られたものの、整理しきれず、連絡手段もない状況に俺は依然としていいしれない不安を抱えていた。お嬢、会長、それに宗馬・・・。思考が熱を帯び悶々としているうちに、俺は眠りについたようだった。

地方出身の方ごめんなさい。主人公の発言に配慮がなかったりどこか抜けているのには理由があります。

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