最終話 異世界チートハーレムの終わり
週二更新ぐらいを目指してます。
旧魔族領の果て、魔王城の、その最奥の部屋。
駄々っ広い謁見の間の奥、王座に退屈そうに座る魔王。彼女は勇者である僕と同じ黒い目で僕らを捉えると、口の端を少しつりあげたように見えた。
「やあ、来たね、勇者共。待ってたよ--君らを殺すのを!」
そう言ったと同時に、部屋の中の魔素が彼女に集まり、その働きを掌握される。周囲の魔素が薄くなり、僕は少し肌寒さを感じる。魔素とはつまり精霊になる前の魂であり、彼らの持つスキルが熱をも発生させているからだ。この魔素密度では、並の人間であれば立つことも出来ないだろう。魔法を使うことは、勇者である僕でも出来ない。
「早く、障壁を!」
僕の背後で、少女の声が響いた。同時に、魔王の周囲に無数の剣、いや、刀が浮かぶ。彼女のスキルは[刀匠]。自在に魔力をこめた刀を生成し、それを打ち付ける。
僕がスキルによって障壁を張るのと、魔王の攻撃が始まるのは同時だった。
千にも及ぶかと言うほどの切っ先が僕らに向かう。その一つ一つが、魔術の籠もった刀だ。飛んできた刀身で視界が塞がれる。魔王の笑みが刀身の向こうに消えた。彼女は、これで僕らを殺し尽くせると思っているのだろう。例え王国最高峰の魔術師が障壁を張ったとしても、一秒と持たずに割れるほどの威力だ。
それでも、僕の前には意味を成さないが。
数十秒経ってから、刀の奔流が止む。
僕らは無傷だった。
「なんで、なんで私の攻撃を受けてもーー」
動揺した表情で、魔王が叫ぶが、その声が途中で途切れた。気づいたのだろう、なぜわざわざ僕が数十秒も彼女の攻撃を続けさせたのか。
僕の背後には三人の少女が立っていた。
当代最高の魔術師にして、僕の婚約者、リューネが。城を壊す程の魔術の、その詠唱の大半が終わらせて。
氷の精霊に愛された氷狼族の最後の姫にして、僕の奴隷、クウが。存在するだけで周囲が凍土となる程の大精霊を呼び出して。
聖剣に認められた剣士にして、僕の恋人、レイナが。聖剣にその魔力のほぼ全てをつぎ込み、空間をも切り裂く剣閃を繰り出す直前で。
魔王の表情が一瞬絶望に染まり、そして悲壮な覚悟が浮かぶ。彼女の唇が高速で動く。数瞬後、彼女を取り囲む障壁が構築される。それは膨大な魔力に物を言わせた物で、リューネの張る物ほどの術式の美しさは無い。
そして、膨れ上がった三つの力が、魔王を襲う。空間が歪む。爆音と閃光が謁見の間を満たす。
驚くべきことに、その攻撃を受けて尚、魔王は生きていた。不可壊の刀を生成し、檻のようにすることで自らを守ったのだ。しかし、その左腕は折れ、黒の髪は血で染まっていた。魔力ももう尽きているだろう。これなら、スキルさえ無ければ勇者でなくとも殺すことが出来るだろう。
そして、そのスキルは、僕の前で何の力も持たなくなっていた。
僕のスキルは[スキル殺し]。スキルを完全に無効化し、スキルによって生じた物を魔素に還元する。魔王のスキル[刀匠]も、このスキルの前では意味を持たない。
「みんな、魔王を殺さない程度の攻撃を放ってくれないか」
僕は、三人に告げる。僕を完全に信頼し、彼女たちは攻撃の準備を始める。
「馬鹿に、するなぁぁっっ!」
魔王が声を荒げる。彼女は虚空から一本の刀を取り出す。スキルで生成したのだろう。その刀は、この世界に来てから一度も見たことの無いほどの魔力を宿していた。レイナの持つ聖剣以上だ。
これほどの刀を無限に生成できる魔王は、惜しい。だから僕は、彼女を「飼う」ことにしたのだ。
魔王が刀に力を込める。刀身が伸びていく。構えはレイナより不格好だが、それでも得物がこれだけの物だ。その斬撃に、僕はともかく、リューネも、クウも、レイナも、耐えられないだろう。
だが、意味はない。僕には[スキル殺し]がある。
魔王の放った剣閃は僕のスキルで張った結界に触れーーーー
そして、首が飛んだ。
リューネの首が、クウの首が、レイナの首が、魔王の剣閃で、飛んだ。剣閃に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた僕には、それが見えていた。彼女たちの首が飛ばされ、くるくる回る様が、見えていた。
「は」
声が漏れたのは僕ではなく、魔王だった。それは哄笑になる。
「はははっははあ、ふふふふふふはははは、あははははは……ふふ、ふう。
ねえ、今、どんな気持ち? ねえ、どんな気持ちか言ってご覧よ、神水君!」
魔王の傷が癒えていく。初めから傷など無かったかのように。
「なんで」
か細い声で言葉を喉からひり出した。
「なんで、[スキル殺し]に、スキルは効かない筈じゃ……」
「ふふ、そうだね、スキルは効かないよ、スキルは。
単に、あの刀は天然物だったってことさ。天然物の魔剣を亜空間から取り出して、斬った、それだけだよ。質問はもう良いかな?」
じゃあ、しばらく眠っててくれ。
魔王のその言葉がキーになったみたいに、その瞬間、僕の意識が白んでいく。精神に干渉する魔術。そんなことが頭に浮かんだが、浮かんだだけで意識は呑まれた。
そうして僕はこの日、全てを失った。