黄昏時だけ世界に存在できる少女の話
ある月の休日、親子が遊園地に訪れ楽しい時を過ごしていた。
しかし、はしゃぎすぎて女の子は独断専行1人で前に進み、
気付けば隣に居たはずの父の気配が無くなっているのに気付く。
「お父さん、どこにいるの…?」
座り込んだ少女は、父がくれたリボンを抱きしめて父の気配が現れるのをただ、待つ。
一方、少女とはぐれた父は少女の名を叫びながら遊園地を探し廻っていた。
「おーい、どこにいるんだー?」
気付けばもう夕方、時は黄昏時に入ろうとしていた。
すると、少女の見慣れた背中が闇夜から、父の瞳の中に浮かび上がる。
「良かった、ここにいたのか!」
しかし、
その中身は少女では無かった。
「…お前は、誰だ…?」
「私は、貴方の娘だけれど娘ではないわ。」
「どういうことだ?説明しろ!」
「私は貴方の娘の負の存在。あの子が天真爛漫で明るいのは、私という存在が悲しみや苦しさ、辛さの負の感情を受け持っているからなの」
「何だと!?待て、それが本当だとしても…何故お前が俺の元に現れる?」
「実は、貴方の娘はもう余命幾ばくもないの。あと半年もすれば、あの子は鼓膜が破れ感情を失い、明るいという存在を無くし私と共に消えてしまうわ」
父は言葉を失った。その突拍子も無い話に驚いたのもそうだが、
自分の娘がそんな死に方で突然死ぬと言われたことのショックが大きかったのだ。
しかし、その話を否定したくても出来ないのは、
そこにいる少女が娘と瓜二つなのが何よりも事の重大さを物語っていたからだ。
「分かった。それでどうすればいい?どうすれば娘を救えるんだ!?」
その少女が話した方法は、娘に沢山の素敵な歌を、聴かせ娘自身の楽しいという感情を呼び起こすことによって耳を取り戻してもらうというものだった。
ーーーーー
それから係員の人に保護されていた娘を連れ帰った父は、
その次の休日の夕方から夜の間まで、少女と共に不可思議な歌の練習を続けた。
歌など歌ったことも無かった彼も懸命に歌の練習を続け、遂にその歌声は人前で歌えるレベルにまで達した。
それは彼にとっても初めての経験であり、充実して楽しい物だった。
「この調子で行けば娘にも届くか…?」
「ええ、届きますよ。貴方の娘を思う心が、きっと。」
ーーーーーーー
そして彼は更に練習を続けた。
時には妻に問いただされた。
何故娘を置いて休日に独りで出歩くのか。
適当な理由を付けて誤魔化したが、浮気を疑われ始め流石に彼も理由を話した。
最初は妻も半信半疑だったが、
父の気迫に押されて、漸く事態を理解した。
そして彼女も協力を共にすることになり、
黄昏時の遊園地での少女との逢瀬は現実的な目的と帰化し始めていた。
ーーーーー
しかし突然、少女は遊園地に現れなくなってしまった。
彼女を心配する気持ちもあったが、それ以上に今までの頼り、一筋の光が消えてしまった様に彼等には思えた。
そして遊園地から空手で帰って来てから一週間後、眠りに着いた彼の枕元に少女が蘇る。
「どうしたんだ!?何故ここに?」
少女は答える。
「実は私も此の世に長くは存在出来ない…」
少女が語ったのは、自分は夕方から夜までの黄昏時にしか要られない存在であるから、
それを不要と思う存在がいること、それにより今暫く自分は幽閉されていた事。
そして、自分を幽閉した存在は”黙示”(apocalypse)アポカリプスなる者であること。
また変なのが出てきたし、また突拍子も無い話だと思いながらデジャヴを感じていた彼に、突然依頼が飛んでくる。
「私が奴の元まで運びます。どうか私と貴方の娘の呪縛を解放して下さい!」
ーーーーー
それからどうしたかは実は余り覚えていない。あの後俺は休日だからこそ許される時間帯に起き、突然妻に今聞いた話を伝えたのだったか。妻は当然戯言だと思ったらしいが…
「貴方の事でしょう、どうせ言い出したら聞かずに飛び出して行くのだから。いいわ、付いていく」
そうだ、そして昼間から眠りこけ、精神世界からかの少女の手助けを受けて今俺はここに居る。
(何か案の定変な奴がいるな…)
目の前にいたそれは、ボロ切れのローブを纏い、人より数倍は大きい巨躯を持った黄龍、麒麟だった。
その4足歩行で歩いてくるへんなやつは、俺に影が掛かる所まで来て語りかける。
「お前が…例の奴」
「それは此方の台詞なんだが…」
どうしたらと思案しているところにあの少女の声がする。
”奴は人類を甘く見ています。
奴は人間の不要な行動、過度な束縛、日々の苦行、そして表情や感情の存在意義を不必要と考えているのです。
そこに私という貴方の娘と表裏一体の存在が目に付いた。
私が昼間漂っている時に吸い上げられ、近くに置き観察しようとしていたようです”
彼は思う。
(無意味なことを…
確かに俺たちは日々家畜の様に働き、
屍と成り果てながら休日を過ごす…
だがそれは守りたい物を守るため。
アボカドブスだがなんだか知らないが、
一生を独りで生き続けてきたお前には人間の倫理など分からんのだろうな)
「お前は面白いな。人の下らなさと、過激な感情をその身体の中に隠し持っている。
そしてその娘とあやつ…なるほど、気に入った。」
「おいふざけんな!お前に気に入られる道理なんて全く無い!それに此奴を如何するつもりだ!?」
「宜しい、応えよう。我は暇を持て余していてな、人間という生物そのものに興味を持ったのだよ。そしてお前は特にだ。今日のわたしは気分が良い、少し遊んでやろう」
「うるせえ!おい少女、何か手は!?」
少女の声が反響する。
(直に黄昏時です。黄昏時が訪れたら、私という存在がまた蘇る。其れでは魅せて参りましょう、私達が日々積み上げてきた苦楽を)
「おいお前、暇なら歌ってやるよ…俺達の全力でな!」
彼等は懸命に歌った。
持ち得る全てを出し切った。
それは今まで練習した以上に凄まじい物だった。
父が娘を思う気持ち、自分等を甘く見る奴に目に物見せてやろうという思い。
そして持ち得る全てを発揮したいという思いがそこにあった。
そしてその力が、神を唸らせた。
「凄い!人間とはこうも素晴らしい。
成る程、我は如何やら思い違いをしていた。此処まで己の心を奮い立たせたのは、
お前等が始めてだ。
分かった、そうまでして求める願いは何だ?
1つだけ叶えてやる。特別だぞ。金か?力か?」
「あ?そんな物要らん!俺は大切な人を守りたいんだ。
俺の娘と、この少女を健康にしてくれ!!」
「何だ、そんなことか。
もっと大きな事を言うと思えば、やはり人の思考は読めぬな。宜しい、その願い確かに聞き届けたぞ!」
ーーーーー
その後少女に元の世までお見送りされ目覚めた俺は、すぐさま娘の身を確認しに行った。
どうしたのと訝しがる娘を尻目に、体調を確認する。
別に大丈夫だよと返ってきた。
ーーん?
おかしい、娘は耳が聴こえなかったはず…まさか!
「おい、此声が聞こえるか!?」
「ー聞こえるけど、どしたの?」
…Oh My Baby!!
どうやら本当に娘に健康が戻ったらしい。
あいつも何だかんだいって仕事はちゃんとするんだな。
その後俺は大いに安心し、
今までの疲れが出たのか三日三晩寝込み、
娘に看病され、
そして元気になると休日に娘とカラオケで歌うことが楽しみになったという。
更に件の少女も何故か突然家に押しかけ、家族と一緒に暮らすと言い出した。
「貴女はだれ?私とそっくりね」
「ふふ、私は貴女自身なのよ?
最も今は別離して、私は唯一の人になったけどね」
そしてなんやかんやした後に一家には家族が1人増え、
幸せな日々を過ごし、
そして長い黄昏時を超えた後、
父は年老いて微笑みながら皆に看取られたという。
その顔には、幸せ皺が沢山刻まれて居た…そうな。
〜fin
さて、これでこのお話は仕舞いだよ。さあ帰った帰った。
ん?お前は誰かって?
宜しい、他ならぬ人間の頼みだ。特別に答えてやろう。
我こそ他ならぬ此話の主役、
”apocalypse”だ!
我は頑張った!良くやった!
全くもって彼奴らには手を焼いたぞ。
だが楽しかった。人間はかくも素晴らしい。
その事を人間、お前自身が忘れては決してなるまいよ。
では私も仕事があるのだ、もう行かねば。
またな、
”汝の人生に幸あれ”!