6.ペネロペ様
「ふむ、なかなか似合っているぞ」
「そうかよ」
俺がウォルテアに来て、最初の夜が明けた。
昨日は、あの後ステラが作ってくれた食事をとり、衣装が届いてからは予定通り街を案内してもらった。
今日もステラが用意してくれた衣装を着ているのだが、昨日着ていたものよりはずいぶんと飾りが多い。
西女神領の正装なのだと、ステラが教えてくれた。
「さて、あまり時間がない。すぐに出発するぞ」
「おう」
今日はこの国のリーダー、ペネロペ様とやらに会いに行く。
主に、刻印関連の説明を受けるためと、滞在許可をもらうためだ。
「それにしても、この街には本当に刻印を受けている奴しかいねぇんだな」
今も道中見かける人間全員が、刻印を受けた人間だ。
もちろんそのほとんどは獣人なのだが、たまに人の姿のままの奴もいる。
「ああ、この街はペネロペ特区内にあるからな」
「ペネロペ特区?」
熊男もペネロペ特区がどうとか言ってたな。
「要するに、“虎の刻印者”以外が立ち入った場合、問答無用で捕らえる、抵抗するようなら殺す。という、領域だ」
「ふーん、つーことは非刻印者は俺だけか?」
「いや、実際はそうでもない。滞在許可を持っている非刻印者も数名いる。他には商人なども一部出入りが許されているな。もちろん、許可証がいるが」
「なるほどなぁ。俺はステラに会えてラッキーだったっつーことか」
「確かに、アーノルドのような態度をとる者は少ないだろうが……いや、そうかもしれないな」
なんか歯切れ悪いな。
「さて、ついたぞ」
少し歩くと、巨大な神殿の前についた。
壁に穴を掘って作られた建物で、儀式的な飾りが施されており、中は見えないが相当広そうだ。
「少し待っていろ」
そういうと、ストラは門番の下へ行き、何やら話をしている。
資料の確認などを終えると、再びこちらへ帰ってきた。
「よし、中へ入れ。くれぐれも、ペネロペ様に失礼がないようにな」
「ま、てめぇの立場が悪くなることは、極力しねぇよ。つーか、一緒には入らねぇのか?」
「ああ、私が付き添えるのはここまでだ」
「了解。行ってくるわ」
ステラに見送られ、正門の正面に立つ。
門番がゆっくりと門を開け、中に入るように促された。
とうとう、この国の女神とご対面か。
「…………」
中に入ると、そこはまさに謁見室といったような空間だった。
生活感のあるものは一切存在せず、中にあるのは飾りと、中央にある女神用の椅子のみ。
「おお、よくぞ参った、異界の友よ」
椅子に座っていたのは一人の少女。
見た目は15歳程度で、肌は蜜色、髪は漆黒。
顔立ちは幼くドングリ眼でこちらを見つめている。
服装は今俺が着ているものと同系統の民族衣装だが、妙に露出が多い。
そして、右手には虎の刻印。もっとも、他の者に比べると装飾が腕にまで到達している特別製だ。
こいつが、この国の女神。
「その、ペネロペ様。今日は謁見してくださりまして、ありがとうございます。名前はフランシスです、よろしくお願いします」
ぎこちなく膝をついた。
これで合っているのかはわからん。
俺は自分の世界の礼儀すらよくわかってないんだ、いきなりこの世界の礼儀作法に合わせろなんて無理がある。
「よいよい、頭をあげぃ」
それは向こうも重々承知なようで、ずいぶんと大目に見てくれているようだ。
それにしても……。
視線を感じるな、見た感じ部屋の中には俺とペネロペの二人だけ。
なのに、全身を舐めような視線を感じる。
「さて、ステラからおおよその事情は聞いておる。滞在許可や刻印の説明がほしいのじゃろ?」
「はい、そうです」
「ふむ、何から話そうかのう。……女神能力で、別の世界の物を召喚できることは聞いておるか?」
「ええ、まあ」
「そうか、ワシが召喚できるのは霊獣界フェルガウの友じゃ」
友、か。あえて生物だけに限定するような言い方だな。
「対応する世界の物だったら、何でも召喚できるって聞いてたんですけど、そうじゃないんですか?」
実際俺も、俺自身だけじゃなくて、服なども一緒に召喚されている。
「ああ可能じゃ。だが、霊獣界フェルガウに関してはあまり意味をなさない。なんせ、あの世界は実体がない精神世界じゃからのう」
精神世界か、ちょっと想像つかないな。
「話を戻すが、ワシは霊獣界フェルガウから異界の友を呼び寄せ、刻印と共にその“特性”を譲渡することができる。
そして、譲渡された人間は、この街でおぬしが見てきたような者の姿に変化するわけじゃ」
“特性”を引き継いだ、獣人の姿に……。
「姿が変わることを嫌うものはいるが、“特性”の譲渡には基本的にリスクはない。
共通ルールとして、筋力や治癒能力、免疫力などは大きく向上するし、寿命も延びる。さらに、譲渡した友の性質に合わせて、超感覚や特異体質といった霊獣能力に目覚めることがほとんどじゃ。
まあ、もっとも、“特性”を譲渡できるのは刻印をする時一回だけで、刻印はいかなる方法でも消せないし、上書きもできん。
その上、霊獣界の友は視認できないから、どんな“特性”が譲渡されるかわからん。その辺の当たり外れはあるの」
俺が刻印を受けた場合、譲渡されたら獣人の特性と『念動落下』が使える、スーパー獣人になるってわけか。
「で、肝心なのはここからじゃが。
“特性”を譲渡されることにはリスクはないが、刻印を受けることにはリスクが存在する。
まあ、ワシからしたらあまりリスクという言葉を使いたくないが、使わねば不公平じゃろう。
刻印を受けるとワシの命令に逆らえなくなるんじゃ」
「それは、ペネロペ様の言葉を聞くと体が勝手に動くってことなのですか?」
「そうじゃな、ちなみに耳をふさいだり、姿を眩ましたりしても無駄じゃぞ。ワシからは刻印者の位置を常に知ることができるし、一方的にテレパシーのようなものを送ることもできる。
そして、ワシが『命令』のつもりで指示を出せば、刻印者は実現可能な限りでその命令に従わなければならん」
なるほどな、つーことは。
「最初、刻印を受けた直後も、制約みたいな感じでいくつか命令されるのか? ……ですか?」
「おお、察しが良いの。その通りじゃ。
自軍に危害を加えるなとか、ワシに対して決して偽るなとか、そういった内容じゃが全部は教えん」
なるほどな。……でもそれって、それっておかしくねぇか?
いや、ここでそれはツッコむべきじゃねぇな。
もし俺の予想が正しかった場合、大参事だ。
「うむ、不安そうな顔じゃのう。安心せい、基本的な自由は約束するし、戦いたくない者を無理やり死地へと出撃させたりもせん。
教えられない理由は、もし刻印契約を断られた時に、我が軍の機密が漏れないようにするためじゃ」
いや、別にそこをどうとか思っていたわけじゃないんだけどな。
制約の内容から、何を恐れていて何があるのか、とかを察せるだろうし、刻印するまで全容を教えないのは妥当だ。
あくまで、刻印する側の理屈だが。
「刻印は、無理やり打ち込んだりとかはできないのか?」
「とうとう完全に敬語忘れたの」
あ、やべ。
「すみません」
「まぁ、よい。質問の答えじゃが、無理やり刻印することはできん。
刻印の性能について十分説明したうえで、両者が合意した場合のみ、刻印することが可能じゃ。
あくまで刻印は“契約の証”なのじゃ」
なるほどな、ステラがわざわざペネロペ本人に説明させた理由もわかった。
「さて、何か質問はあるか?」
「えっと」
いくつか聞きたいことはあるが、“なぜその質問をしたか”を推理されるとめんどくさいことになるかもしれない。
ここは黙っておいたほうが、得策だろう。
「特にない、です」
「そうか。して、答えは?」
刻印を受けるか、受けないか、という意味だろう。
「もし刻印を受けなかったら、俺はこの街から追い出されるのですか?」
「……やはりそうなるか」
ペネロペは少しだけ残念そうな表情を見せた。
こんな質問をした時点で、「刻印を受けたくない」って言ってるようなもんだしな。
東の女神をぶっ殺すために、西の女神軍に加わること自体は、悪いことじゃないが、俺が東の女神に止めを刺せる確率がグッと下がってしまう。
俺は俺自身が東の女神をぶっ殺せるように、ある程度自由でいたい。
何より“疑問”が解けない限り、絶対刻印を受けるわけにはいかない。
「他ならぬステラの頼みじゃからのう、いきなり追い出したりはせん。滞在許可は出そう。刻印がない戦力は貴重といえるしな。
ただし、二つほど条件がある」
「なんだですか?」
「おぬし、本当に敬語が喋れんのじゃな。もうよい、普通にしゃべってよい」
ペネロペが呆れたように言う。
「ホントか!?」
「順応早すぎじゃろ! ま、まあよい、条件の話に戻すが。
一つ、ステラのそばから離れないこと、今後ステラの許可なく一度でも単独行動をした場合、敵対勢力とみなし、見つけ次第処分させてもらう」
身元も知れない人間に滞在許可を出す時点でぬるすぎるくらいだしな。そのくらいのキツい制約があるのは当然だろう。
「二つ、ワシにおぬしの超常能力を教え、ここで実演すること。以上じゃ」
ま、何をしてくるかわからない相手ほど怖いもんはないしな。
つーか、それを聞いてこないステラがおかしいんだ。
その理由はやっぱり……。
「わかった、じゃあ刻印しない方で頼む。
で、能力の実演だが……、それ取ってもいいか?」
俺は端に飾られてある花瓶を指差した。
「む、かまわんぞ」
許可を得て、花瓶を持ち上げる。
その後、花瓶を能力で宙に浮かせた。
「おお」
ペネロペが珍しい芸を見たかのように、目を輝かせた。
「俺の能力は『念動落下』。
“一度手で触れた物”を浮かせることができる能力だ。
最大重量は大体10kg。浮かせているものはある程度空中で操作するもできる」
「おお、おお、面白いの! 面白いのぉ!」
どうやら、信じてくれたようだ。
まあ、普通このタイミングで俺が嘘をつく必要はないしな。
だが、俺の予想が正しければ、この嘘が役立つ時もくるかもしれない。
「ワシを10kg分、軽くしたりもできるのか?」
ペネロペが喜々と目を輝かせている。
「ああ、できるぞ」
「おお、やってくれ」
ペネロペが手を差し出してきた。
「いいけど、警戒しなさすぎじゃないか?」
俺は刻印者じゃない、その気になればペネロペに攻撃することだってできるんだ。
「よいよい、おぬしがワシに敵対する理由もなかろう」
「そうか、あんたがいいなら、いいけどよ」
そういい、ペネロペと握手をすると、『念動落下』を上向きに最大出力で発動させた。
「おおっ、軽い! 体が軽いぞ!」
ペネロペがピョンピョンと跳ね回る。
ペネロペの体重は見たところ、40kgと少しってところだろうし、10kgも体重を失えば、体感的にはそうとう軽いだろうな。
「さてと、次の仕事がつっかえておる、悪いが今日の謁見はここまでじゃ。
許可証は明日までには送らせよう」
少しすると満足したようで、謁見は終了した。
「ありがとう」
「うむ、刻印を受けたくなったら再び来るとよい、おぬしならいつでも歓迎じゃ」
最後にペネロペは、笑顔でそう言った。
◆ ◆ ◆
「おかえり」
「おう」
謁見室から出ると、ステラが迎えてくれた。
ずっと待っていてくれたようだ。
ステラは俺の右手をチラリと確認する。
「やはり、刻印は受けなかったようだな」
“やはり”、ねぇ。
俺の予想が外れてたら外れてたでそれでいいし、これはとっとと確認しとくべきだろ。
「ステラちょっといいか?」
俺が耳打ちするように、手を構える。
「なんだ?」
ステラはそれに釣られて耳を寄せてきた。
「お前、本当に虎の刻印者か?」
ステラは、それを聞くと一瞬固まったが、すぐにニヤリと笑った。
「場所を移そうか」




