24.ペネロペ殺し(下)
「ステラ!」
ペネロペが振り絞ったその一声。
それに反応するようにステラの動きが止まった。
「ハァ……ハァ……ッ」
ステラの息がどんどんと荒くなっていく。
おい、どうした。
ステラ……お前、まさか……ッッ。
「ステラ……まだ、ステラの心が残っておるのだな……?」
ペネロペが涙ながらに言う。
どうも、ペネロペの目には、敵に操られているステラがその能力に抗っているように映っているようだ。
違う、そうじゃない。そうじゃないだろ!
「おお、ステラ……ステラ……!」
ペネロペがペタペタとステラの顔に触れる。
「ワシは知っておる。
ステラは誰よりも強くて、誰よりも優しい。
ステラが自ら望んでこのような惨事を引き起こすわけがないのじゃ……」
違うだろステラ!
何やってんだよ!
「殺せ……! 早く、ペネロペを殺せよ……!」
振り絞るように言う、だがステラは右手を振り下ろせない。
「今、ワシがその苦しみから解き放ってやるからの……」
ペネロペがヨロヨロと移動し、ヴィヴィアが落としたナイフを拾い上げ、俺の元へゆっくりと歩み寄ってくる。
ペネロペは両手で強くナイフ握ると、俺の真上で構えた。
マズい、俺はもう意識を保つのでやっとだ、ペネロペを抑えることなんて到底不可能だ。
「何やってんだステラ! てめぇがやらなきゃいけねぇことだろうが!」
声を振り絞る。
反応してステラはこちらを振り向いたが、それだけだ。
霊獣界のエルフリーデとしての心と、中央界のステラとしての心。
あまりに強烈な葛藤にさいなまれ、思考が停止してしまっているんだ。
「ステラ! ふざけんな! これはてめぇの――」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 汚らわしい賊め! それ以上口を開くでない!!」
瀕死の俺の声量を遥かに上回る声で、ペネロペが叫んだ。
「貴様に! 貴様にわかるか!?
幼少の頃から己を導いてくれた最愛の師に刃を向けられる痛みが!
10年間寄り添った人間を、その手にかける苦しみが!!
なぜこんなに卑劣極まりない手を使える!? 貴様らは本当に人間か!?」
ペネロペの中では、俺はどこかの兵隊でステラを操っていることになっているのだろう。
ふざけるな!
違う! 違う違う違う違う!!
「うるッッせぇな! 勘違い野郎がッッ!!
ステラは霊獣界の人間なんだよ! てめぇら中央界の奴らに搾取された被害者だ!!
異界の友!? ふざけんなよ! 何の前触れもなく召喚されて、今までの生活を奪われた奴の気持ちがてめぇにわかるか!?」
吐き出す。
断罪してやりたい。
その気持ちが膨れ上がって止めどなく溢れ出る。
「この後に及んで、嘘を吐くか!?
ステラが異界人!? そんなわけなかろうが! 貴様はステラの何を知っている!?
一月足らず一緒にいただけであろう!?
悪人の言葉は聞くに堪えん! いい加減黙らんか!!」
「悪人!? 悪いのはてめぇらだ! 何千何万の異界人を殺しゃ気が済むんだ!?
異界で幸せに暮らしてたやつらの日常奪って、それを使って戦争して!!
挙句の果てには、復讐に来られたら被害者気取り!?
中央界の人間様はさぞお偉いんだろうな! なんか言ってみろよ! あ゛あ゛!?」
どんどんと幼稚になっていく罵り合い。
ひたすら思ったことを相手にぶつけるだけの、なんの意味も持たない言葉たち。
「うるさい! 異界の者たちには悪いと思っておるわ!
だから、今しようとしていたように感礼の儀で、感謝を伝え、供物をささげておるのであろう!」
「ハッ! 聞いたかよステラ!?
霊獣界にいた頃伝わってたか!? 感謝の気持ち! んなわけねぇよな!
そんなのはただの自己満足だ! てめぇらが全滅したほうがよっぽど感謝されるだろうよ!!」
「いい加減、ステラの名を口にするのはやめんか!!?」
「つーか、さっきからステラは自分のモノみたいな態度が気に入らねぇ!!
ステラはずっとてめぇを殺したがってたぞ!? 西の女神は殺すのが使命だってな!?
てめぇとステラの関係は知らねぇが、今までのステラは全部てめぇを殺すための演技だ!!
騙されてたんだよ!!
もういいだろステラ! 聞いただろ!?
西女神領は何にも反省してないし、召喚をやめる気もない!!
いい加減コイツを――ぶっ殺せ!!」
「黙れ……! 黙れぇぇぇェッッッッ!!!!」
ついにペネロペが意を決したのか、ナイフを振り下ろす。
「グッ……ッッッ!!」
だが、それは心臓から反れ俺の肩を貫いた。
『念動落下』を使っていなければ死んでした……!
「あ……ああっ!」
俺が刺されるのを見てステラがフラフラと歩き出した。
その表情は悲痛に満ちている。
「ハァ……、ハァ……、外したか。ステラ、待っておれ、今、解放してやるからな」
ペネロペが再びナイフを構える。
直接手を下すのは初めてなのだろう、そのナイフの切っ先は激しく震えている。
いくら『念動落下』で急所を外せるとはいえ、そう何度も刺されたら意識が持たない。
早く、早くステラに決心させないと。
「ステラ! 選べッッ! 今しかねぇぞ!!
てめぇにとって大事なのは、霊獣界で過ごした1000年間か!? それとも中央界で過ごした50年か!?
てめぇは! 何のためにこの50年を過ごしてきた!!?」
「私は……! 私は……!」
「今! 解放してやるから――!」
鮮血が舞う。
ステラが、ペネロペの胸を貫いたんだ。
「ステラ……なんで……?」
倒れ行くペネロペをステラが抱き寄せた。
「私は……友との、約束を……」
それが、ステラの答えだった。
俺とした、ペネロペを殺すという約束。
それを守るために動いたんだ。
「ペネロペ様……! ペネロペ様!! 私は、なんということを……ッッ!!」
直後、ステラの瞳から濁流のように涙が溢れ出る。
「おお、ステラ……やはりお主は操られておったのじゃな……。
憑き物が、とれたようじゃ」
ペネロペの中では、『命令』を達成したステラが元に戻ったように映っているのだろう。
『最後に触ったものが女神になる』ルールがある以上、そんなことがないのはすぐにわかりそうなものだが、今のペネロペはまともに思考が回っていない。
「フランシスが言ったことは嘘なのじゃろ……? ステラがワシを殺したいなどとは……」
ペネロペが消えそうな声でつぶやく。
「……ッッッ!!
さ、左様でございます!!
私、ステラは東女神領の卑劣な罠にかかり! 自由意思を奪われていたのです!
私はペネロペ様を誰よりも慕っておりました! 殺そうなどと夢にも思うはずがございませんッッ!!」
ステラの嘘。
ペネロペへの手向け。
「おお、良かった……。ワシもステラのことが大好きじゃったぞ。
主になら託せる……。西女神領は……任せた……ぞ……」
その言葉を最期にペネロペはそっと息を引き取った。
「あ……あぁ……あぁああぁああッッッ!!!」
ステラが泣き崩れる。
同時に、ステラの右手の刻印が輝きだし、女神仕様の刻印へと書き換えられていく。
やっと……、やっと終わった。
俺は、安堵と出血により意識を手放した。




