23.ペネロペ殺し(中)
ヴィヴィアに切り裂かれた体は、地面に伏した。
死んではない、意識もある。
だが、指一本動かせねぇ。
「あっけなかったですねぇ」
ヴィヴィアが俺を見下すように言う。
透明人間も、銃撃によって多少姿勢が崩れたが、すぐに持ち直して、手に持っている剣を振り上げる。
「ジ・エンドですよ、フランシスちゃん」
まだだ……、まだ終わっちゃいねぇ!!
一発の銃声、透明人間の腹が撃ち抜かれた。
「何を――!?」
ヴィヴィアが動揺して、透明人間の方を向く。
もちろん俺が撃ったわけではない。
撃ったのはチェルシーだ。
針に糸を通すように、車の窓越しに透明人間を射撃した。
「ハッ、ザマァ見やがれ!!」
そう、俺がボウガンを食らった瞬間、チェルシーに『合図』を送っておいたんだ。
合図の仕方は至って単純、俺は前もってチェルシーに『マーク』をしておいて、援護射撃が必要と踏んだら、チェルシーに『撃ってほしい方角に対して』加重する。
チェルシーは照準も何も考えずに、加重されている方向へ銃弾を撃つ。
俺の探知能力とチェルシーの処理能力を合わせた、完全不意打ちの遠距離攻撃。
多少精度が犠牲になるので、心臓は撃ち抜けなかったが、それで十分だ。
時間は稼いだ。
「後は頼むぜ……!」
俺は見ての通り瀕死だし、チェルシーは外の処理に専念してもらいたいのでもう頼れない。
だが、もう透明人間は手負いだし、ヴィヴィアのネタも割れた。
1対2でも、やれるだろ?
「すまない、もう足は引っ張らない!」
ステラ復活。
透明人間は、合計2発の銃弾を受け、よろめきつつも、再び剣を構えてステラに振るう。
「丸見えだぞ!」
ステラは剣が届くよりも早く透明人間に張り手を決め、感触を確かめると服を掴んで振り回した。
そうか、出血か。
服や剣は一緒に透けてるくせに、血が透明になっていない。
おそらく、透過能力を浸透させるまでに少しの時間を要するのだろう。
「悪いが、もう反撃のチャンスはやらないぞ!!」
男一人を片手で軽々と振り回す、圧倒的膂力。
回転はどんどんと加速し、その勢いで壁に叩きつけた。
壁にひびが入るほどの威力で、叩きつけられた透明人間はあっけなく崩れ落ちる。
ステラは、ヴィヴィアに目を向ける。
「くっ」
ヴィヴィアが顔をこわばらせて構える。
「もう、遅れはとらないぞ!」
ステラが直線的に突進する。
ヴィヴィアはボウガンを放つが、俺が『念動落下』で反らせて、外させた。
すぐさまヴィヴィアはナイフを構えて、先ほどステラを下したようにナイフを振るうが、ネタが割れていたら、なんのことはない。
ステラは両手で頭をガードし、ヴィヴィアの攻撃を受け止めた。
そのまま強烈な蹴りを入れてヴィヴィアを吹っ飛ばす。
「ガッ」
ヴィヴィアは1度バウンドしてから壁に激突し、あえなく失神。
「ハァ……ハァ……」
圧倒的だ。
ステラは息を切らしているが、残りはペネロペだけ。
外の増援も、チェルシーが完璧に抑えている。
勝った、俺たちの勝ちだ!
「あ……ああ」
ペネロペが怯え、声も出ないようだ。
ヒタヒタと、ゆっくりステラはペネロペに近づいていく。
どんな表情をしているか俺にはわからないが、その表情は決して喜びに満ちていたりはしないようだ。
そう、これはステラの復讐――いや、使命だ。
喜劇なんかじゃない。
故郷から追いやられ、周りが敵にしか見えなかったであろう、辛く、苦しい50年。
いま、ステラは解放されるんだ……!
ステラは、ペネロペの前までくると、右手を大きく振り上げる。
心の中であらゆる感情が巡っているのか、その動きは噛みしめる様にゆっくりだ。
そして、右手が頂点まで達し、振り下ろさんと力を入れた瞬間。
「ステラ!」
ペネロペが声を振り絞るように言った。
振り下ろしたステラの手は――停止した。