3.俺の能力は『念動落下』
スカイダイビングから生還した俺は近くの湖まで歩き、体についた血や泥を洗い流した。
半分が削れ落ちた服はどうしようもないが、全裸よりはマシかと思い一応着ている。
いや、着ているというよりは体に貼り付けている。
湖の水質は、見た感じ良さそうだったのですくい上げ喉を潤した。
「さてと」
状況の整理、これからどうすっかだ。
最終目的は女神をぶっ殺すこととして、そのために必要な物が山ほどある。
まず最初に生き延びること。衣食住の確保。
それができたら、次は女神をぶっ殺す手段だ。
女神の能力の把握や、場所の特定はもちろんだが、女神を殺せるだけの力がいる。
俺自身が個人級レベルの雑魚になっちまったからな。
さっき確認したところ、以前は百万トンを動かせた俺の能力は、最大重量10kgまで落ちていた。
出力が一億分の一まで落とされたわけだ。まさに残りカスみたいな能力。
さすがにこれでは女神どころか一般人も殺せない。
外付けの武器でも兵力でも何でもいい、とにかく女神を殺せる力を手に入れないと。
そういや、女神のやつは戦争してるとか言ってたな。
敵軍とかにうまく取り入れないもんかな。
「はぁぁぁぁ」
興奮が冷めてくると、じわじわと能力を失った虚しさがこみ上げてきた。
ため息が止まらない。
だが、悠長に落ち込んでいる暇はない。
今の俺は、まったく見知らぬ森の中を、マッチもナイフもない状態でサバイバル中なんだ。
水は確保できたとして(腹壊す可能性はあるが)、早急に食料と火と寝床……あと代わりの衣服を探さなきゃならない。
「つっても周りの植物は、微妙に見たことない感じのやつばっかりで食えるかどうかわかんねぇ。今の『念動落下』でも小動物くらいは捕まえられるだろうが、そうそう見つかるとは思えねぇし――って」
湖の対岸、目を細めて注視する。
その先には、動く小さな影。
距離があって解りづらいが、小動物――ウサギが水を飲みに来たんだ。
「晩飯!」
あれは俺が知ってるウサギとまんま同じだ。
生態系がまるっきり違うのかと思ってたが、そうでもないらしい。
ウサギなら毒は持ってないだろうし、火を起こせれば病原菌も(たぶん)何とかできる。
何より10kg未満の生物なら、能力で簡単に確保可能だ!
対岸にいるウサギに向かって『念動落下』を発動。
『念動落下』は弱体後も射程は変わっておらず、“場所と形”を把握しているならどこにでも適応することができる。
ようするに、目に見える範囲全てが射程だ。
ウサギはなすすべなく空中へ持ち上げられる。
特殊能力がなけりゃ基本的に空中に浮いた時点で詰みだからな、ウサギの体重と釣り合うように上向きに力を加えつつ、余剰の力で俺のほうへ引き寄せる。
そうか、湖で張っておけば、水を飲みに来た小動物を捕まえられるんだ。
捕まえた後も、空中に維持しておけば逃げられる心配もない。
「へっへっへっ、こうも簡単に晩飯が手に入るとは……」
なかなか順調な滑り出し、後は火と寝床が容易できりゃ……。
「人の叫び声が聞こえたから来てみたら、それは超常能力だな?」
火と……。
「人!?」
高速で振り向く。
んだよ、こっちはサバイバルのつもりで案外ノリノリになってきたのに、人いるじゃないか。
「――って、人か?」
だが、振り向いた先にいたのは人かどうか怪しい存在だった。
ゆうに2m以上ある体躯は、人間の骨格に比べるてはるかに野太く、顔や手足の先は毛でおおわれている。
毛でおおわれた頭も人の頭というよりは……なんだ? 熊に近い。
だが、しっかりと衣服は来ており、槍も持っている。
そして、槍を持つ右手には、虎を模した紋章が毛を染めるように浮かび上がっていた。
無理なく二足歩行しているあたり、骨格のベースが人間であることは間違いないのだが、人間と呼ぶには熊すぎる。
「虎の刻印がないということは、同胞ではないな。正直に答えろ、貴様、何者だ!?」
人間の言葉を話してやがる、つーか言語は俺のいた世界と共通かよ(女神も一緒だったので察しはついてたが)。
「それは俺が聞きてぇよ。俺はあんたらの世界で言う何者で、そんであんたらは何者なんだよ」
そういいつつも、俺が気になっていたのは『虎の刻印』の下りだ。
そういや女神のクソ野郎にも、龍を模した刺青がしてあった。
模様は違えど、あいつの右手にある刻印と同系のものに見える。
組織内の階級や役職を示すものか?
「白を切るつもりか? 貴様のそれは間違いなく超常能力。龍の刻印は見当たらないが、東の女神の兵隊なのだろう!?」
あー、なるほどな。
龍の刻印と虎の刻印は敵対関係にあるのか。
つまりこいつはあのクソ女神の仲間じゃない。
「違ぇよ。俺は東の女神とは仲間じゃねぇよ。今さっきオルレットから召喚されてここに落っことされたんだ」
両手を上げて、知っている単語を拾い上げ、何とか会話を成立させようとする。
今の俺がどんなもん戦えるかはわからないし、できることなら自分よりでかい相手とは戦いたくない。
「今さっき召喚された割には、妙にこの世界に詳しいようだな」
熊男が、俺の足元をすくってやった的な笑みを浮かべた。
無理やり情報を繋いで、会話したのが裏目に出たらしい。
「いや、本当にほとんど何もわかってねぇんだって、少なくとも間違いないのは俺に敵対の意志はねぇ」
少々熊男との会話は容量得なくてイラつくが、ここは穏便に、穏便に。
「なるほど、ではその証拠を見せてみろ」
熊男がニヤリと笑う。
この熊男は馬鹿なのか、それともわざとやっているのか。
「いや、知らねえよ。こっちに来たばっかなんだから、何が証拠になって何が証拠になんねぇのかわかんねぇんだって」
「ふん、話にならんな。これだから東の民は……」
イラッ。
「話にならねぇのはどっちだよ、クソバカグマ」
俺はぼそりと呟いた。
「き、き、き、貴様ァ……!」
小さめに呟いたつもりだったが、どうやら熊男に聞こえていたらしく、毛を逆立て怒りからか身を震わせている。
あ? もしかして……。
「貴様ァァ! 我を愚弄するかァッ! そもそもここはペネロペ特区! 非虎の刻印者は問答無用で殺害しても、制約違反にはならぬのだぞォォォッッ!!」
そう良い、熊男は俺に槍を構えた。
俺が言うのもなんだが、沸点低ッ!
「って、悪かったって、ここは穏便に――」
「貴様と話すことは何もない!!」
熊男がその巨体で突進してきた。
マジかよ。
見た感じ体重差は100kg近くある上に、俺はボロボロ、相手は武器持ち。
槍は先端に刃がついているだけのシンプルなものだが、あの巨体から繰り出されたものなら、一突きで死にかねない。
「チッ」
後ろに飛びながら、空中に維持していたウサギを投げつける。
熊男は片腕でウサギを振り払おうとするが――。
「む!?」
うまく振り払えずひるんだ。
それもそうだ。ウサギには俺の能力で10kg分の加重がしてある。
見た目の重量との差異で、本来は払えるような重さの物でも振り払いきれず、ひるむ。
「隙だらけだッ」
熊男の意識がウサギに移っている瞬間を狙って、今度は槍を俺側へ思いっきり引っ張る。
そうすると、熊男の手から簡単に槍を奪うことに成功した。
それもそのはず、槍を持つ手は片手になっていたし、意識からも離れていた。
何より俺の『念動落下』は瞬間的に力が加わるので、人間の反応速度ではやや遅い。
『念動落下』で奪われる可能性が頭に入っていたならともかく、意識を散らされた状態で、いきなり引っ張られたら反応できるわけがない。
「よっと」
俺は奪い取った槍をキャッチすると、すぐさま『念動落下』を乗せて投げ返した。
「遅い!」
熊男は意外と俊敏な動きで、投げた槍を回避する。
見た感じの頑強さなら、槍を受け止めることもできただろうが、さっきのウサギの件もあるし、俺の投擲物を警戒したのだろう。
「ふんっ、手に入れた武器を放棄したのは失策だったな」
「あん?」
いきなり熊男が足を止めて、俺のことを指差してきた。
「さっきこそ、貴様の念動力にしてやられたが、我のことを直接操作してこないところを見ると、力はそれほど強くないと見た」
熊男がつらつらと御託を並べる。
さっきから思ってたけど、自己顕示欲が強いタイプだな。
「あーあー、そうだよ。で?」
「ふん、わからぬのか? 貴様と我のこの体重差。もう怯まぬ、貴様の投擲物にさえ警戒していれば恐れることはない」
相手を心身共に、完膚なきまでに叩きのめしたいんだ。
そこに関しては、俺も同タイプだからなんとなくわかる。
「なるほどな。つーかさぁ」
熊男の御託が終わると、俺はニヤリと笑った。
「それがわかってんなら、俺に時間与えちゃダメだろ?」
「む? 何を言って――」
槍が熊男の体を貫いた。
「あ……が……ッ、なんで……?」
熊男は自身の体から生える槍を見て呟いた。
「なんでって、投げた槍が帰ってきたんだろ?」
つーか、即死じゃないのかよ。すごい耐久力。
心臓貫いたつもりだぞ、こっちは。
「馬鹿な……ありえ、ない。仮に、帰ってきたとしても……このような威力には……」
「あー、やっぱわかってなかったか。ま、すぐ死ぬだろうし冥土の土産に教えてやるよ」
こうもうまく決まると、気分が良い。
「俺の能力は『念動落下』!
物体に力を加える単純な能力で、その最大重量は10kg!
この最大重量が、物体を浮かせる際に重力と相殺できる限界値ってのは、まあなんとなく想像つくだろ!?
つまり、10kgの物体を浮かせる場合は、重力と相殺して空中で維持でき、それ以上浮かせることはできねぇっつーわけだ!
ここまで聞きゃ、馬鹿でもわかるよな!?
そう! 俺の能力は“等速運動”じゃなくて“等加速度運動”!!
別の力で相殺しねぇと、どんどん加速すんだよ!!
てめぇが聞いてもいない御託並べ始めて、勝手に俺の時間を稼いでくれた時は、正直笑いを堪えるので必死だったぞ、ざまーみろ!!」
全部早口で言いきってやった。
「あ…あ、あああああッッ」
熊男の表情が悲痛でゆがむ。
そうそう、その顔が見たかった!
心身共に完膚なきまでに叩きのめした時に見せる、その表情! 最高だ!
熊男は悲痛の表情のまま、前のめりに倒れ、力尽きた。
「完全勝利、案外いけんな」
そういい、熊男のそばでしゃがんだ。
「さて、これどうすっかな。槍は引き抜いてナイフ代わりにするとして、サイズは合わねぇだろうが服も貰うか……うわっ、汗臭!」
まあ、洗えば何とか……でも着たくないな。なんか、痒くなりそう。
ほかに何か、使えそうなもんはないか……?
お、携帯食料に水、発煙筒まである。
つーか、発煙筒があるってことは、近くをこいつの仲間が巡回してるってことだよな。
ここから離れたほうがいいか? だが、拠点を湖から離すと、何かと不便だな。
何はともあれ右も左もわからない。そんな都合よく地図とか持ってるわけでもないみたいだし……。
「驚いたな、まさか刻印者でもないのにアーノルドを下すとは」
あー、またこのパターン、女神、熊男と続いて三度目なんだが。
「つーかなんでいちいち、後ろから現れんだよ!!」
バッと振り向いた。
そこには一人の女がいた。
背丈は150後半、見かけの年齢は16~17歳程度で、紅蓮の長髪に凛とした顔立ち。
熊男と同タイプの民族衣装を着ていて、熊男に比べると骨格は人間のそれとほぼ同じだが、肘と膝の先は鱗で包まれており、手足は大きく爬虫類のような造形だ。
頭からも角、ケツからは尾が生え、瞳の中は猫のように縦長で。
さっきの男が熊とするなら、この女は――龍。
それに、熊男と同様、右手には虎の刻印が記されている。
「えーっと、なんだ? この熊男の仲間か?」
「そうだな。その男は私の部下だ」
女は腕組をして、凛と答える。
やっぱり近くにいたか、仲間。
「あー、こほん。こんな状況で熊男から身ぐるみ剥いでる俺が言うのもなんだが、敵意はないんだ。いやマジで」
軽く手をあげ、敵意がないことを全力で示してみる。
「そうか、わかった」
「まーまー、信じらんねぇのはわかるけど――って、え? いま、なんて……」
「君が私に従う限りは、信じよう」
信じろといった俺が言うのもなんだが、なんでこの状況で俺を信じるんだよ。
熊男は熊男でめんどくさかったが、こいつはこいつで大丈夫か?
「君は私に従うか? 悪いようにはしない」
まあ、なんにせよ俺には助け船だ。
「お、おう。従うぞ、だがその前に聞かせてくれ。なんで信じる、自分で言うのもなんだが、現行犯じゃねぇか」
熊男を顎で指す。
「刻印に頼らず、刻印者に渡り合える者はそれだけで貴重だ。信用する、というよりは君の力がほしい。アーノルドを殺したことは内密にな」
おー、なんだこいつ。
こいつがどの立場から話しているのかわからない。
「おっと、自己紹介がまだだったな。私はステラ、君は?」
「え? ああ、フランシスだ」
「フランシスか」
「フランでいいぞ」
「そうか、フラン。よろしく頼む」
ステラが右手を出しだした。
「お、おう、よろしく頼むぜ」
そうして、ステラと握手をした。
こいつもこの世界も謎だらけだが、多少か希望の光が差してきた……か?




