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22.ペネロペ殺し(上)

 ハンプール。

 渓谷に作られた西女神領の首都。


 谷を削って作られた狭い道を、100キロ以上の速度で、兵器界の軍用車が駆け抜けていた。


「感礼の儀まで時間がねぇぞ! このままスピード落とさず一気に進め!」

「チェルシーにまっかせなさい!」


 チェルシーは繊細なハンドルさばきで、車の横幅程しかない道から落ちないようにノーブレーキで車を進める。

 途中、道にいる獣人を何人もはね飛ばしているがお構いなしだ。


「なっ、なんだ!?」

「兵器界の乗り物……!?」

「どうしてステラ様が!?」


 西女神領の人間たちの動揺が口々に聞こえてくる。

 ちなみにステラは、前部座席に乗るスペースがないので、屋根の上に乗っている。


 西女神領でも有名なステラが兵器界の乗り物に乗っていることにより、住民たちの動揺はさらに広がっているようだ(別にそんな効果を狙っていたわけではないが)。


 もっとも、動揺しようが騒がれようが関係ない。


 いかに獣人でもこの速度で移動する車に追いつくことは不可能。

 よって、この車より先に情報が伝達されることはない。


 これだけ派手に動いても、奇襲は成功する。


「見えた!」


 100メートルほど先にペネロペ一行と思われる人影が見えた。

 蜜色の肌に、やたら露出の多い恰好。見間違えるはずがない。


「チェルシーも視認! 聞いてた特徴と一致するね!」


 チェルシーがさらにアクセルを踏み込む。


 だが、ほんの少しだけいつもより感礼の儀が早かったのかペネロペ一行は、すでに謁見の間前へと到着していた。


「ああ! 中に入っちゃうよ!」


 ペネロペの取り巻きの一人がいち早く気づき、儀式を中断して謁見の間の中へとペネロペを移動させたんだ。


「いや! 予定と違うが悪くはねぇ!」


 謁見の間は出入口が一つだけの袋小路だったはず。

 武力で守り切れる自信があるのかもしれないが、こっちだって武力で押し切れる自信がある。


「謁見の間を塞ぐように止めてくれ! 俺とステラが中に入ってペネロペを殺す!

 チェルシーは、5分でいい、増援が入ってこないようにしてくれ!」

「おっけー! 衝撃に注意してね!」


 チェルシーが、ブレーキとアクセルを巧みに使い、壁に車を擦りながら強引に減速する。


 状況に混乱して行動を起こせていなかった取り巻きを、何人もはね飛ばし謁見の間の入口を塞ぐようにピタリと止まった。


「行くぞ! チェルシーは『合図』忘れんなよ!」

「もちろん! グッドラックだよ、二人とも!」


 助手席の扉は壁にこすりつけた衝撃で吹っ飛んでいたので、そのまま謁見の間に突入した。

 ステラも、車の屋根と扉の上限の隙間から入ってくる。


「ステラ!? まさか、本当に……!?」


 ペネロペが驚愕の表情を浮かべた。


「裏切るタイミング、想定していたよりはるかに早かったですねぇ~」


 中にいたのはペネロペとヴィヴィア。

 どちらも知った顔だ。


「迷うなよステラ!」

「ここまで来て何を迷うことがある!?」


 俺は灰を展開し、ステラは低く姿勢を落とし、ヴィヴィアは左手の服の中に隠されていた小型のボウガンを構える。


「私一人ですがぁ、増援が来るまで時間を稼がせてもらいますよぉ?」


 ボウガンの矢先をステラに向ける。

 ステラは標準を絞らせないためにか左右に動く。


 ヴィヴィア一人?


 ――違う。


「もう一人いるぞ!!」


 ステラの右手から派手に血が舞った。


「くっ――!!」


 透明人間、やはりいたか。

 姿は見えないが、展開した灰は透明人間を察知していた。


 こいつを止めるのが、俺の役目!


 灰で透明人間の全身を把握した後は、微量の圧力をかけ『マーク』する。

 これで透明人間も、俺にとっては『見えてる』存在だ。


「おらァッ!」


 太刀を全力で振るう。

 だが、透明人間にはいともたやすく防がれる。


 こいつも剣を持っているな。

 つばぜり合いで押し合う。透明人間の膂力が並の者ではない。


 だが、知ったことか。殺す必要はない、動きを止められればいい。


 ステラの戦闘能力は圧倒的だ。

 ヴィヴィアがどれほど戦えるかは知らないが、1対1なら負けるはずがない。


 ――だが。


「頭をつぶせば、一時的に動けなくなるんでしたよね?」


 ステラに対して身体能力で圧倒的に劣っているヴィヴィア。

 だが、完璧なタイミング、完璧な軌道で右手のナイフを振るい、ステラの頭蓋を切り裂いた。


 ステラは、ゼンマイが切れた人形のように弛緩し、走っていた勢いで吹っ飛ぶ。


「ステラ!?」

「羊の視野と聴覚を舐めてもらっては困りますぅ」


 俺の『マーク』と同じで、相手を高明細に把握する能力か。

 ステラの動きを読んで、カウンターを決めたんだ。


「てめぇ! そんなに戦えたのかよ!」

「ええ、元はアサシンやってたものでぇ」


 透明人間と切り合っている俺に、ヴィヴィアが大胆に距離を詰めてくる。


 2対1。

 だが、まだ負けが確定したわけじゃない。

 頭を割られたとはいえ、首が残っている状態なら、ステラは再生に15秒もかからない。


 その間を防ぎ切れば、また2対2に戻って勝利の目がある。

 いくらステラでも、1発芸のカウンターを何度も受けたりはしないだろうしな。


「あれ? もしかしてステラ様が再生するまで、攻撃防ぎきれると思ってますぅ?

 ――甘いですよ!」


 ヴィヴィアがボウガンを1発放ってくる。

 俺はぎりぎりで回避した。

 いくら『マーク』で全把握をしているとはいえ、矢を回避できるかは賭けだったが、うまくいったようだ。


 なぜ『念動落下』で照準を外さなかったかと言うと、矢を外すために『念動落下』をヴィヴィアに使ってしまっては、『念動落下』は触れた相手にしか使えないと思い込んでいる、情報量の差を使えなくなってしまうからだ。


 この情報差があればまだ勝機はある。


「だからそういうことじゃ、ないんですってぇ」


 俺の勝利に執着する瞳を見てか、ヴィヴィアがそう言った。


「ヴィンセントちゃんは、ステラ様を! フランシスちゃんは私が処理しますぅ!」


 ヴィヴィアが叫んだ。

 それに反応するように、透明人間がステラの元へかけていく。


 そうか、そういうことか!

 ヴィヴィアが俺に絡んできたのは、あくまで『有利なやつが有利な相手をする』ためで、ヴィヴィアの本命は『死体殺し』。


 ステラを殺し続けることで、ステラの復活を封じる気だ。


「めんどくせぇことを考えるな! おい!」

「相手が嫌がることをするのが、戦いの基本ですよぉ?」


 ヴィヴィアのナイフを太刀で受け止める。


「クソッ! 同感すぎるわ!」


 ともあれ、ステラが再生するまであと8秒! それまで透明人間には黙っておいてもらわなければいけない。


 ナイフを押し返すように、一瞬だけヴィヴィアと距離を空けた。

 この一瞬で十分だ。


「こんなもんもあるんだよなッッ!」


 俺は懐から銃を取り出すと、銃口を透明人間に向けた。


「それは驚きですぅ」


 ヴィヴィアもそれに合わせるようにボウガンを俺に向ける。


 ヴィヴィアの中では、俺が銃撃に成功してステラが復活してしまっても、俺を殺せればそれでいいって判断なのだろう。

 透明人間がここで死んでも、1対1ならステラを食い止められるってな。


 だが、甘い。


 『念動落下』がある限り、見えている刺突や射撃は俺には通用しない。

 触られていないからって、油断したか。

 ヴィヴィア、てめぇが思っている以上に『念動落下』は遥かに有用――。


 あん?


 なぜだ?

 ヴィヴィアは、ボウガンを構えると同時に、体を締め、左手のボウガンを右手で支えた。

 これから『力を加えられる』のが解っているようだった。


 まさか、まさか!!


「バレてますよぉ?」


 力が強く入ったヴィヴィアの体は、『念動落下』でほとんど揺さぶることができず、ボウガンの矢は俺の右胸を貫いた。

 俺も、苦し紛れに引き金を引いたが、弾丸は透明人間の心臓を遥かに逸れ、左肩に命中した。


「もう一撃!」


 ヴィヴィアは即座に距離を詰めると、ナイフで俺の体を切り裂いた。



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