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19.手当

「ああ、しんど……」


 ステラの引く馬車の中、俺はぽつりとつぶやいた。


 あの後、馬車に乗る前に死体を持ち運べるように簡単な処置を施したんだ。

 俺はチェルシーの指示通り、死体の腹を押して糞尿を絞り出し、それ以上中身が漏れ出ないように、穴という穴に布を詰めた。


 さっきまで生きてた人間の身体をいじくるなんて、殺しや死体に慣れ切ってる俺でも、さすが堪えた。

 感触がまだ手から離れない。


「先に処理しておかないと馬車の中が糞尿吐しゃ物まみれになって大変なことになっちゃうからしょうがないよ。

 特に狼男は首を切り落としちゃったし」

「くっそー、なんでてめぇがやったことの後始末を俺が……」

「しょーがないじゃん! 両手両足折れてるんだから!」


 ちなみにステラは、真っ青になって目を背けていだけだった。

 仕事柄、殺人の経験もあるだろうし、死体も大量に見てきただろうが、死後処理を見るのは初めてだったのだろう。


 まあ、馬車を引く仕事やってもらってるし、文句は言うまい。


 ちなみに運んでいる死体は、ミーシャとダリオの分だけ。

 刻印猫たちは置いてきた。


「おー、早いねぇ。このペース保てるなら3時間くらいで着くかもね」


 チェルシーが、外の景色を見ながら言う。


 実際ステラは俺が全力で走るより速い速度で馬車を引いていた。

 物資を含めて2トン以上の重量がある馬車をだ。


「揺れ激しいけど大丈夫かよ? 俺は能力で振り回されるのには慣れてっけどよ」


 ステラの引く馬車はお世辞にも乗り心地が良いとは言えない。

 普通の人なら酔ってもおかしくない揺れ方だ。


「三半規管の精度を意識していじれるから、なんともないよー」


 ちなみに捕虜は、気分悪そうに横たわっている。


「でもこの揺れの中、手足をかばうのはさすがにちょっと辛いね。

 だから、そろそろ手足を固定したいんだけど、手伝ってくれないかな?」

「あ? おお、そういや忘れてたな。どうすりゃいい?」


 俺は今まで、骨折させることはあれど、骨折したことはないので処置の仕方は知らない。


「まず、適当な棒と結べる長さがある布用意して」

「おう」


 積み荷の中を調べる。

 布はダリオやミーシャの服を切り裂いて作るとして、棒は……そうだ、木箱を解体しよう。ペンチは持ち歩いてるし。


「ほら、用意したぞ」

「ありがとー。

 次はチェルシーの服切って、患部をみえるようにして。

 あ、下着つけてないから切りすぎないでね」

「おう」


 ちょっと照れくさいな。

 喋り方はガキっぽいくせに、身体は妙に大人だし。


「もー、照れないでよ。医療行為だよ、医療行為。

 右手以外は結構荒い折られ方したし、ちゃんと見ないと適切に治せないんだよ」

「わかってるっつーの。……切るぞ」


 まずは、右手。


 投擲用のナイフを取り出し、体に張り付くような服に切り込みを入れる。

 肌を気付つけないように、慎重に切っていく。


 切込みが広がるのに比例して、肌が晒されていく。


「ん? 骨折してる割りには綺麗だな?」


 そこには綺麗な腕があった。

 普通骨折したら、青く腫れるものだが。


「あー、内部出血も炎症も抑えてるからね」

「そんなことまでできんのかよ?」

「できるよー、ていうか体が自動でやってくれることも、ほとんど制御できるよ」

「すげぇな、生体アンドロイド」

「抑えれば良いってわけでもないんだけどね。“症状”っていうのは、必要だから発生しているわけだし」


 チェルシーが、子供に教えるかのように解説していく。


「さて、触診するよ」

「え? 俺がやんのかよ?」

「違うよぉ、触ったところでわかんないでしょ?

 私の左手を右手の患部に押さえつけて、あとは自分で調べるよ」

「おう」


 言われた通り、左手を掴んで右手に押さえつけた。

 チェルシーは自分で握って、患部を調べている。


「うん、これだったら破片を取り出したりする必要もなさそうだね。木と布で固定して」

「わかった」


 言われた通り処置を続けていく。


「そういや、体から剣と銃とかでてきてけど、どうなってんだ?」


 取り上げる時に間近で見たが、いまいちわからない。


「人間の体って、ギッチギチに詰まっているように見えて、案外隙間が多いんだよ~。

 そこに格納して、新しく作った筋肉で繋いで、必要に応じて引っ張りだしてたんだ」

「……そこまで言われても、ピンとこねぇな」

「まあ、未来のテクノロジーだしね」


 そうこう言っている間に右手の処置が終わったので、左手に移る。


「左手も、同じようにやったらいいのか?」

「うん、お願い」


 さっきと同じように服に切り込みを入れていく。


「ねーねーフラン。フランの超常能力ってどんなの?

 チェルシーの銃口反らしたり、ステラの頭浮かせてたやつだよね? 念力ってやつ?」

「おう、そうだ」


 予備のナイフを取り出してフワリと浮かせる。


「おおー」

「俺の能力は『念動落下(サイコフォール)』。

 物に力を加える単純な能力で、最高重量は10kg」


 この説明するの何回目だろうな。


「実際見ても全然仕組みがわからないや」

「ま、物理だけの兵器界とは、違うルールがあるってこった。

 ちなみにこの能力は、西女神領に民には“触ったものにしか使えない”って言ってあるから、その辺の口裏合わせはしてくれよ」

「りょーかい」


 服の左手を覆っている部分を切り終わり、触診に移る。


「お、左手も案外綺麗に折れてるね。同じように固定して」

「おう」


 言われた通り、添え木を当て布で固定していく。


「そういえば、ステラの首を切ったあたりから、突然動きが良くなったよね?

 何か仕掛けがあったの?」

「ああ、あったぞ。

 腕と太刀を能力で持ち上げて軽くしてたのと、能力で常にてめぇの動きを探知してた」

「だから、やたら剣が軽そうだったのかぁ。能力で探知っていうのは?」


 そういや、発動感覚のことは話してねえな。


「発動感覚つってな……まあ、能力を使ってるって感覚だ。

 あの時はチェルシーに微量の圧力をかけて、常に全身を把握してた」

「ホントに? 全然気づかなかった」

「ま、圧力っつっても、合計1gとかだからな」


 そう言いつつも、左手の処置も終える。

 次は足か。


 ナイフで切るために、太ももを持ち上げて足を浮かす。


「あははっ、ちょっとくすぐったい」


 大きな太ももに、体に張り付くような服。妙に煽情的だ。

 これは医療行為、これは医療行為。変なこと考えんな。


 心を落ち着かせて、服にナイフを入れていく。


「そういや、空中蹴ったり、不自然に加速してたよな。あれ、どうやってたんだ?」

「ん? それはね……って、緊張してる?」


 どうやら、心を落ち着かせる前の表情を読み取られていたらしい。


「してねぇよ」

「見たい? お股とか」


 チェルシーが、イジワルに笑った。


「見ねぇよ」

「『見たくない』じゃなくて、『見ない』かぁ。けっこう紳士なんだね、フランは」

「うるせぇよ」


 チェルシーが、にやにやと笑う。


「で、どうやってんだよ?」


 無理やり、空中歩行や高速移動の話に戻す。


「どうってことないよ、足の裏見て」


 ちょうど服を切り終わったので、足の裏を見る。

 踵に鉄の筒が埋まっていた。


「その筒の中で小さな爆発を起こして、その爆風に乗っているんだよぉ」

「爆発か……。人を持ち上げられるほどの爆発なんて、かなりの威力だろ? 爆発音とか聞こえなかったぞ?」

「爆発は、ふくらはぎの上あたりで起こってるからね。

 その筒は、爆風の噴出口とサイレンサーの役割を果たしてるんだよ~」


 サイレンサー?

 よくわからないが、何かしらの消音装置か。


「うん、こっちも問題ないね」


 右足の触診も終わり、チェルシーが問題ないと判断したので、木を当てて固定する。


 ステラが無茶苦茶な折り方してたから、多少心配していたが、どうも問題ないらしい。

 大事に至ってないならそれでいい。

 体に刃物入れて、骨の破片取り出すなんて、考えただけでグロイからな。


 と、安心してたのもつかの間。


「あー、こっちはちょっとマズいかもね。感覚的にもそうかなぁっとは思ってたんだよね~」


 最後に残った左足を触りながら、チェルシーは言った。


「マズいって、どうなってんだ?」

「懸念してた通り、骨が砕けて大きな破片になってるね、取り出しとかないと、後々神経とか傷つけるかも。ちょっとナイフ借りるね」


 チェルシーは折れた右手で、空中に浮かしっぱなしだった投擲用のナイフを拾った。

 それを握ったままじっとしている。


「……何やってんだ?」

「ん? 電気を通して殺菌してるんだよ」


 そういえば、ステラを感電させてたし、ある程度自由に発電できるのかもしれない。


「じゃ、あとはお願いね」

「え?」


 少し、するとチェルシーが、ナイフを手渡してきた。

 ステラは、左足を持ち上げ身体で抱き込むように固定する。



「切って」



 チェルシーが、誘うように言う。


「……俺がやんのかよ」

「そりゃそうだよ。骨折した腕では力入んないからね。

 恐がらなくても、指示通りにやってくれれば、そんなに難しいことじゃないよ。多少失敗してもチェルシーなら治せるし、痛覚も遮断してるから痛がったりもしないしね」

「痛覚遮断できんなら、なんで戦闘中あんな痛がってたんだよ」

「戦闘中に痛覚消したら、どこが損傷してるかわかんなくなっちゃうじゃん」


 チェルシーがけらけらと笑った。


「わかった、やるよ。ここか?」

「ううん、もうちょっと下」


 チェルシーの指示通り、体にナイフを入れていく。

 切った深さの割に、出血の量が少ない。チェルシーが意図的に抑えているのだろうか


「ん……あッ」


 チェルシーが堪えるような声を漏らす。


「おい、痛覚は遮断してるんじゃねぇのかよ」

「完全に遮断したら、どれだけ入ってるかわかんないじゃん。

 大丈夫だよ、すっごく鈍くしてあるから、ちょっと気持ちいいくらいだし」

「そうかよ」


 ナイフを入れていくと、孤立するように残った骨の破片を見つけた。

 サイズは親指の爪くらい、確かに大きい。


「それって、『念動落下』で触らずに取ったりできる? 無理なら手で穿ってくれたらいいけど」

「能力で取れるぞ」


 そう言い、骨の破片を引っ張り出す。


「痛てて……ありがと~。

 手持ちの道具じゃ縫ったりできないから布できつく縛って、その上から今まで見たいに固定して」

「おう」


 言われた通りに、処置をしていく。


「いやー、ありがとー。丁寧で手際良いね。医療の経験あったりするの?」

「ねぇよ、病院送りには滅茶苦茶してきたけどな」


 両手両足の処置が終わり、一息つく。


「ふぅん、じゃ、真心だぁ」

「そんなんじゃねぇよ」

「照れないでよー」

「照れてねぇよ」


 チェルシーがニヨニヨ笑う。


「はぁ~、それにしても純粋な興味でこんなに人と話したのなんて、初めてだぁ。楽しいね」


 チェルシーがニコニコと笑う。

 話を聞く限り、『作品』として扱われてたみたいだし、対等に人と話すのは初めてだったのだろう。


「ま、楽しいのは否定しねぇよ」


 それは、純粋な気持ちだった。

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