16.友達だったから
ステラが殺られた。
殺された、絶命した、討たれた、亡くなった、死んだ。
なんだ? なんで俺はこんなに動揺してんだ?
ステラとは、あくまで利害が一致しただけの協力関係で、ステラが死んだからって、復讐の道が断たれたわけじゃない。
絶望するにはまだ早い。
襲撃者をぶっ殺せば、まだやり直せる。
なのになんだ?
この渦巻く気持ちは?
不安? 恐怖? 苦しみ?
違う、全部違う。
この感情は――悲しみ。そして怒り。
一体なぜ?
――友人らしく話せる相手が出来て、うれしいんだ。
ああ、そうか。
友達だったからか。
「ふー、あとは君と、奥の人。だね
奥の人は出てこないところを見ると、戦闘要員じゃないのかな?」
襲撃者が馬車内を覗くように言った。
「うるせぇ、死ね!」
跳んだ勢いで太刀を振るうが、あっさり襲撃者に防がれた。
血が熱い。これが憎悪。
こんな気持ち初めてだ。
「楽に死ねると思うんじゃねぇぞ」
重なった刃を強く押すが、襲撃者はビクともしない。
「おー、こわーい。でも君、さっき反応するだけでやっとだったじゃん。
怒ったからって、強くなるわけじゃないよ?」
「ああ、そうだな!」
剣を弾いて、少しだけ距離を空ける。
そうだ、気持ちの強さが戦況を動かすなんてのは、実力が拮抗している場合だけだ。
感情だけで逆転劇なんてのは、そうそう起こりえない。
湧き上がる気持ちを抑えることはできないが、それでも感情に身をゆだねず冷静に判断していく必要がある。
今の俺に必要なのは、襲撃者の高速移動に反応する方法。
――それをたった今、思いついた。
「実験だ!」
振るった太刀は、襲撃者が姿勢を低くすることで躱され、襲撃者は左右へ高速移動する。
空中で方向転換できるほどの『何か』を、踏み込める地上で使えばより早い高速移動が実現する。
そんなことは織り込み済みだ。
「よっと!」
襲撃者が振るった剣に反応し、太刀で叩き落す。
次はこっちの番だと太刀を振るうが回避される。
どちらも決めきれず、回避されては反撃され、叩き落しては反撃しを繰り返している。
よし。
襲撃者の高速斬撃についていけてる。
カラクリは単純。
軽量化と探知だ。
まずは軽量化。
今まで太刀だけを軽くしていたが、要所要所でさらに『腕も』軽量化している。
肩から先を重さゼロにすることで、筋肉の力が速度に直結するようにした。
これによって、高速で切り返すことができるようになり、襲撃者の剣速にもついていける。
そして、探知。
これは灰を使った探知の事じゃない(灰はばら撒いてしまって、回収不可だし)。
対象の全身に微量の圧力を常にかけることで、襲撃者の『形』を発動感覚で把握する探知だ。
目だけでなく、発動感覚によって対象の全身を常に把握することで、重心や筋肉の動きを算出し、相手の次の行動を先読みする。
この探知は以前の俺では考えられなかった。
なぜなら、細部まではっきりと認識できるほどの発動感覚は、ある程度力を加えないと得られないからだ。
具体的に言うなら、最大値の0.01%以上。
弱体化前の『念動落下』なら、100トンだ。対象を潰しちまう。
「急に動きが良くなったね! ビックリだよ!」
襲撃者は片腕を失っているにもかかわらず、しゃべる余裕を見せてくる。
くそ、こっちは捌くのでギリギリだってのによ。
拮抗させるだけじゃダメだ、詰みの一手を考えないと。
なにか、なにか……!
「…………ッ!?」
視界の端で、あるモノを捉えた。
それは、信じられないモノだった。
いや、そんなことがあるはずがない。
だが、確かにそれはある。
疑念、不安……そして歓喜。
混じり合った複雑な感情が溢れ出る。
まだだ、まだ感情に飲まれるな。
襲撃者は『そのこと』に気づいていない。
やるなら、今しかない!
「くらえ!」
襲撃者の剣を叩き落した直後、反撃と同時に『念動落下』で落とされたステラの首を襲撃者に飛ばす。
「うおっと!? 落ちた首が飛んできた!?」
襲撃者が驚き、一歩退く。
さっきから『念動落下』は軽量化と探知のみで使っていたので、いきなり物を浮かす用途で使えば驚き、反応が鈍る。
襲撃者がふらついたタイミングで、さらに『念動落下』を使い、もうひと押し。
「なにこれ!?」
襲撃者は、さらにもう一歩後退する。
位置取りは上々!
「今だ!
――ステラ!」
「まったく、人の首を使うとは大した神経だな」
「ええ!?」
襲撃者の背後には、五体満足のステラの姿があった。
「だけど、良い追い込みだったろ?」
「ああ、よくやった!」
完全に不意を突かれた襲撃者は、抵抗することもできず、ステラに右腕を掴まれる。
「もう、電撃を食らっても離さんぞ!」
そのままステラは襲撃者の右腕を絡みつくように回転し、へし折った。
さらに、その流れのまま襲撃者を振り回し、地面に叩きつけた。
「ぐえッ!」
「これだけ、派手に襲撃したんだ。多少の報復は覚悟しているな?」
「ゲホッ、お手柔らかに――」
「約束しかねる!」
地面に転がってる襲撃者を二度踏みつけて、両足をへし折った。
「あ、うぅ! 折られた! 両手両足全部!!」
襲撃者は涙を流しながら、悶絶する。
「うおー、容赦ねぇー」
ステラはまだ気を緩めず、鋭い爪を襲撃者の首筋に立てた。
「さて、聞きたいことが山ほどある。これ以上痛めつけられたくなければ、素直に答えるんだな」
「わかった! わかったよぉ! もう殺そうとしないし、何でも喋るから! 痛いことしないでぇぇぇッッ!!」
襲撃者の叫びは、森中に鳴り響いた。
◆ ◆ ◆
「こんなもんか」
とりあえず、身動きが取れないように襲撃者の両手両足を縛った。
まあ、奇想天外な動きをする襲撃者に、意味があるかは微妙だが。
「縛らなくても、もう何もしないよー! そんな強く縛ったら、折れたところが痛いよ!」
こっちのメンツ何人も殺しておいて、痛いのなんのって良く言えるな。
「つーかステラ、てめぇはなんで生きてんだ? てめぇの霊獣能力は何だ?」
この襲撃者のことも気になるが、直近で知りたいのはそれだ。
ライオネルも高い再生能力があったが、頭までは再生できないと言っていた。
正確には、脳に保管されている記憶が再生できないのだろう。
なのに、ステラは今もステラのままだ。
「私の霊獣能力は超再生と水中呼吸。
超再生はライオネルとほぼ同じで、欠損した部分も再生できる。高レベルなものだ」
「それはわかるけどよ、頭を飛ばされても人格維持できんのかよ。
つーか、そういう場合、体から頭が生えるんじゃなくて、頭から体が生えるんじゃねぇのか?」
ちなみに、切り落とされたステラの首はまだ地面に転がっている。
「そうか、言ってなかったな。私は脳に記憶していない、本体はココだ」
そう言い、ステラは右手の甲を指した。
虎の刻印。
「ステラの体を動かしてんのは、エルフリーデの魂だから、脳は関係ないってことか?」
「そういうことだ」
平然と言いやがる。
「つまり、ステラは頭より右手をかばったほうがいいのか」
「いや、そうでもないさ。頭を破壊されたら意識はあっても体を動かせなくなるし、
刻印は魂に刻まれるものだ、右手の印は飾りにすぎない。
たとえ、右手が吹き飛ばされても、右手に近い場所から再生するよ」
「あ? じゃあ、どうやったら死ぬんだよ?」
「昔、魔術能力で体を木っ端微塵に吹き飛ばされたが死ななかった。おそらく、不死身だ」
「……とんでもねぇな」
超常界でも不死身なんていうやつはいなかったな。
「はぁー、不死身なのはいいけどよ。そういう大事なことは先に言えよ。こっちはいろんな感情に掻き回されて大変だったんだぞ」
「……すまなかった」
そういいつつ、ステラは少しだけ嬉しそうだった。
自分のために俺が怒ったのが嬉しかったのだろうか。
「さてと」
ひと段落ついたところで、ステラは襲撃者に視線を戻した。
「まずは名前と生年月日、所属の領と階級をそれぞれ言え」
ステラが高圧的に質問する。
この4項目は、領間の取り決めで捕虜として捕まった場合、今後の交渉のためにも必ず答えなければいけないらしい。
逆に言うと、それ以外は答えなくていい(と、いうより刻印の制約によって答えられない)。
「えっと、名前はチェルシー、西暦2147年12月7日生まれ、領と階級は何のことかわかんない」
「西暦ってなんだ? 領ごとに使われてる暦が違うのか?」
「いいや、全て中央暦で統一されてある。それに、領も階級もわからないとは、白を切っているなら大したものだな」
「だって本当のことなんだもん! 信じて!」
チェルシーが涙ながらに訴える。
「はあ、ま、見てみりゃわかんだろ」
投擲用のナイフを取り出し、チェルシーに近づく。
「え? なに? また痛いことするの?」
チェルシーが怯えて青ざめる。
「しねぇよ」
チェルシーの服を切り裂き、右手を露出させる。
「あん? 刻印がない?」
そこにはまっさらな手があった。
もちろん、化粧などで隠している痕跡はない。
「そういや、北女神領の指揮官クラスは刻印されないって言ってたが、そういうことか?」
「……いや、チェルシーの動きは兵器能力者のそれとはかけ離れていた。そうとは思えない」
そうだよな、外部の装備でどうにかなるような動きじゃなかった。
俺とステラが困惑していると、チェルシーが申し訳なさそうに口を開いた。
「あ、あの、よくわかんないんだけど。チェルシーが『こっち』に来てから見聞きしたことを、総合した見解を話してもいいかな……?」
『こっち』? 何のことだ?
「……ああ、話してみろ」
ステラは高圧的な姿勢を崩さず言う。
まあ、本人が喋ってくれるって言ってんだから、変に考えずに喋らせればいいか。
「その、情報が断片的過ぎて、ほとんど予想なんだけど。ここって地球とは別の星なんだよね?
君たちから見たチェルシーは、地球から連れてこられた宇宙人、みたいな感じ。だと思う」
チェルシーがこちらの顔色をうかがいながら言う。
返答を間違えたら痛めつけられると思っているのだろう
「地球ってなんだ?」
「兵器界アースでは、自界のことを地球と呼ぶらしいな」
「……つーことはなんだ?
もしかしてこいつは、俺らと同じ……」
ステラと顔を見合わせる。
「女神に召喚された、異界の人間?」
「ん? どゆこと?」
チェルシーは、首を傾げた。