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2.中央界ウォルテアへ

 光が薄れゆっくりと目を開けた先は何もない空間だった。

 全てが真っ白で、地面はあるが影は映らず、壁や空との境界もわからないので空中に立っているような感覚だ。


「よくぞ私の呼びかけに答えてくださりました。オルレットの民よ」

「あん?」


 後ろから声が聞こえたので振り向くと、一人の女性がいた。

 白いローブに身を包み、金のしなやかな髪は地面に届くほど長く、視線は冷たく、その右手には龍を模したタトゥーが施されていた。

 まるで神話に出てくるような女だ。


 城の組織の仲間……、って感じではないな。


「あー……? 聞きてぇことが山ほどあるが、なんだここは? てめぇの能力か?」


 いきなり別の場所に移動させられたんだ、空間系の能力を疑うのが妥当。

 それも大規模(と、思われる)空間を形成し、遠距離から対象物を引きずり込めて、出口も消せる。

 最低でも準連合級、おそらくそれ以上の能力だ。


 今すぐこの女を粉々にしてもいいが、能力者を殺したら脱出不可能になる可能性もあるし、そもそもこの女がこの空間を作り出した本人とも限らない。

 得策ではないだろう。


「はい、召喚術は女神能力の一つ。しかし、あなたたちオルレットの民が使う超常能力とは別のルールで成り立つ能力です。無理に理解する必要はないでしょう」


 能力のルールが違う?

 そもそも能力は千差万別、ルールもクソも共通性なんてないはずなんだけどな。

 強いて言うなら『一人一つ』ってことくらいだ。


「ここは、あなた方が住む超常界オルレットと私たちが住む中央界ウォルテアの中間層。召喚する物体を一時的に待機させる場所です」

「あ? 世界が二つもあるってか?」


 いきなり壮大な話をぶっこんでくるな。


「いえ、二つではなく全部で五つです」


 女が自身の話を中断して答えてくれる。意外と話せるやつなのか?

 それにしても、世界が5つ……ねぇ。


「あまり驚かないのですね」

「聞いたことはねぇが、あってもおかしくはないと思ってたからな。興味が出てきた続けてくれ」


 自身の能力が強力すぎて勘違いした妄想女の可能性もあるが、是非の判断は話を聞いてからでもいいだろう。


「はい。お察しかもしれませんがこれからあなたを私たちの世界、ウォルテアへと召喚します」

「なぜだ?」

「私たちの世界では長きにわたる戦争をしています。その武力として、あなたの能力が必要だからです」


 はぁーん、なるほどな。

 戦争の最終兵器として、この大国級のフランシスを召喚しようってわけか。

 話の真偽はともかく面白い。


「俺の許可なく転送しようとしたのはムカつくが、いいぜ、力を貸してやるよ。5つの世界とかにも興味あるしな。ちょっとした旅行気分だ。特別にタダで依頼を受けてやるよ」


 そのかわり、最高の待遇を用意しろなんて付け加えて言ったら、女神がクスリと笑った。


「あなたは3つほど勘違いをしています」

「あん?」


 人を馬鹿にする嫌な笑い方だ。

 機嫌が良くなかったら、四肢を粉々に砕くところだったぞ。


「一つ、オルレットからウォルテアへは一方通行です。この中間層に来た時点でオルレットへは帰れません」

「は?」


 話の流れから、オルレットが俺の世界の呼び方だとは察しがつく。

 つまりなんだ? こいつは俺に『依頼』するのではなく、『強制』するつもりか?


「二つ、私たちに必要なのはあなたの能力であり、あなた自身ではありません」

「あぁ!?」


 俺自身が必要ないだと!?

 クソ雑魚のことならともかく、俺を道具扱いするのは許さねぇ!


「三つ、私はあなたの力を借りるつもりはありません――奪います」


 ブチィッ!!


「てめぇ! 人を馬鹿にするのもたいがいにしやがれッッ! てめぇへの協力なんて願い下げだ!!


 右手を前に出し、女を強く睨めつけ叫ぶ。


「まずは右足だ!

 残った四肢は爪を剥いだ後、指を一つずつ順に潰して、潰し終わったら歯を前歯からぶち抜いてやる!

 それも終わったら次は目だ!

 そして最後に体の端からすりつぶすように殺してやる!!

 俺を帰す気になったらその場で言え! 俺が帰ったあと、それ以上痛みがないように殺してやるよ!!」


 早口で言い、『念動落下(サイコフォール)』を発動。女の右足に合計200トンの圧力をかける。

 平たくなった右足を見て後悔しやがれ!!


 ――が。


「なにも、起きねぇ……?」


 女のローブが少々不自然に揺らいだ程度、右足は無事だった。

 発動感覚はある、能力が発動していないってことはないはずだ。

 加減しすぎたってことか? いや、仮に硬化能力を持っていたとしても200トンも圧力かけて、この程度の変化で済むはずがない。

 試しに最大まで――百万トンの圧力をかけてみたが大した変化がない。


「どうかしましたか?」


 女神が再びクスリと笑った。

 俺の心を見透かしているような笑い方だ。


「どうかしたって――。」


 女神の言葉が頭をよぎる。

 ――奪います。

 俺の、力を、奪う?


「おい、……嘘だろ?」


 まさか……。


「いや、ありえねぇだろ。」


 まさか……、まさか……。


「そんな能力、聞いたこと……」


 まさか、まさか、まさかまさかまさか……ッッッ!!


「お前、俺の能力を本当に……!」


 まさかッッッ!!!




「はい、奪いました」




 女神がにこりと笑った。


「うわぁぁぁぁぁあぁああぁあッッ!!!!」


 何も考えず女神に猛突進。

 腕っぷしでも何でもいい、ここで女神を制圧しねぇと、先がない。

 可能か不可能かを考える余裕もない、知らない世界で能力もなく、一人で生きる?

 冗談じゃない! ここで、能力を、取り返して――。


「あ、そういうのは結構です。さようなら」

「え?」


 急に地面が消えた。

 真っ白い空間を落下していきそれに従って、どんどんと女神が遠ざかっていく。

 見下す女神の笑みは冷たく、視線はまるでゴミを見ているかのようだった。


 くそっ、くそっ……!!

 この俺を! この俺をぉぉぉおおお!!


「てめぇ!! 覚えてやがれ!! ぜってぇ許さねえ!! 何としても探し出して、どんな手使ってでも殺してやる!! 殺してやるからなァッッ!!!!」


 まさしく負け犬の遠吠え。

 遠吠えを吐き終えるころには、白い空間に一つの変化が起こった。

 俺の真下から世界が色づき、靄が晴れるように白い空間が消えていく。

 上に見えていた女神も白い空間の収縮と共に消え去った。

 俺は即座に察した、中央界ウォルテアへと移動したんだ。


 つーかココ……!


「空中だ! それもかなり高空!!」


 遠く下に見える森林、高さは1000m以上ある。


 クソ、女神のクソ野郎!

 いちいち説明したのはただの戯れで、俺を生かす気すらなかったんだ!!


「思い通りにさせて、たまるかよ!!」


 体を大の字に広げ空気抵抗を強くするが、落下速度はぐんぐん加速し地面に叩きつけられたら即死することは容易に想像できた。


 地面に到達するまであと何秒ある!? 考えろ! 考えろ!


 そうだ、女神を能力で攻撃しようとし時、発動感覚はあったし女神の服もなびいた。

 完全に能力が失われてるってわけじゃないはずだ。

 『念動落下』を真上に、最大出力で発動した。


「ぐっ」


 わずかに上へ引っ張られる感覚はあったが、俺の体を持ち上げるには至らず、減速した程度。


 これじゃダメだ! 減速は続けるとして落下地点を決めないと!

 近くに湖が見えた……がダメだ。深さもわからないし、そもそもこの速度だったらたとえ水でも叩きつけられたら死ぬ!

 それよりも目指すはあの高い木だ!


 俺の世界の常識では考えられない、200mをゆうに超える木がほぼ真下にそびえ立っていた。

 『念動落下』で位置を調節しつつ、できる限り木に体を擦りつけるようにして減速する!

 枝が体を貫く可能性も、摩擦で肉がそぎ落とされる可能性もあるが、今ある手札ではそれくらいしかできることがない。


 目算あと100m。絶対成功させる!

 生き延びるんだ! なんとしても、生き延びるんだ!!


 時速150kmを超える速度で木に到達する。


「おぉぉおぉぉおおお!!」


 木の葉を散らして、木をなぞるように落下する。

 幸い木の太さに比べて枝は柔い、激突して即死なんてことにはならずにすんだ。

 『念動落下』でバランスをとりながら、木に体を擦りつけ減速していく。

 木は根元に近づくにつれて極端に太くなっていき、超急斜面を下るような感覚だ。

 靴裏のゴムが焼けこげる臭い、服は擦れてそぎ落ち、肌は荒らされる。

 それでも致命的な傷は受けず、確実に減速していく。


 いける!!


 と、思った瞬間。


「あ?」


 木のくぼみに足を引っかけ、再び空中に放り出された。


「やば――」


 弱体化した『念動落下』では抗うこともできず、横向きに吹っ飛ばされる。

 周囲の木へ突っ込み、枝が折れる音を激しく鳴らし、最終的には葉がクッションとなって背中から落ちた。


「――カハッ、ヒュゥ!」


 叩きつけられた衝撃で一瞬呼吸が止まり、再び息を吹き返す。


「ゼェ、ゼェ、生きてん、のか……?」


 くぼみに引っかかった時点でそれなりに減速ができていたこと、木の枝に絡まりさらに減速できたこと、木の葉がクッションになったこと、最後に横向きに吹っ飛ばされたことによって衝撃が分散したことなど、無数の奇跡が折り重なりパラシュートなしのスカイダイビングから生還したらしい。


「ハァ……ハァ……」


 呼吸を整えつつ、ゆっくり立ち上がる。

 服も靴もボロボロだし、体中鈍い痛みに襲われてるし、すり傷だらけで血まみれだ。

 だが、おそらく骨も内臓も無事。


「ハァ……ハハ……ハハハハ」


 奇跡、奇跡としか言いようがない。


「ハーハハハハハハ!! 生き延びた! 生き延びてやったぞ!!」


 体中軋むが、歓喜の心が痛みをはるかに上回った。

 両手を大きく広げて空を仰いだ。


「女神! 待ってやがれ! 絶対ぶっ殺してやるからなァッッ!!」


 俺の歓声は森中へと響いた。

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