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19/35

15.襲撃。そして……。

 馬車に揺られること早一週間。

 周囲は、森、森、永遠に続く森。


 ミーシャは御者台から道の先を眺め、

 ダリオは俺を警戒するように睨み付け、

 ステラは乗り物酔いでグロッキー状態で、

 俺は暇を持て余している。


 状況は一週間前とほとんど差はないが、最低限の人間関係を構築することはできたので、最初のような居心地の悪さは感じない。


「なあ、あとどれくらいだ?」


 いつものように、御者台の横から出ている、部品に足をかけ、ミーシャの顔が見える位置に移動した。

 本日中にも、捕虜交換を行う場所に到着予定だ。


「もー、フラン君はさっきからそればっかりにゃ。まるで、サーカスに向かう子供だね」

「悪いかよ」


 冗談交じりの軽い掛け合い。

 捕虜交換メンバーの中でもミーシャは特に話しやすく、お互いの暇つぶしのためにどうでもいい話をたくさんした。


「まー、あと3時間くらいかにゃ。

 戦闘とかは起こらないと思うけど、そろそろ気を引き締めてほしいにゃ」

「おう」


 さっきから猿猫の姿が見えない。

 おそらく先行させて、危険がないか調べさせているのだろう。

 ダリオも今までに比べて、鼻や耳がひくつく頻度が増えている、臭いと音で周囲を警戒しているのだろうか。


 捕虜も目隠しと耳栓をされているが、雰囲気を察してか少しソワソワしている。

 この捕虜は、一週間ずっとおとなしくて、ずいぶん楽させてもらった。


「今から引き取る味方って、どんなやつなんだ?」

「そういえば言ってなかったね」


 ミーシャが、考えるように宙を眺める。


「今回引き取るのは、ヘクターさん。

 情報収集機関第一調査隊の元隊長さんにゃ」

「情報収集機関?」


 聞いたことない単語が出たな。


「探知・探索系の霊獣能力者で構成された機関で、諜報や偵察を任されているにゃ。

 他にも、密偵を探す役割も担ってて、基本指示系統から独立しているにゃ」


 密偵の調査、か。

 指示系統が独立してるってことは、最高官吏のステラでも自由に動かせない機関。

 俺たちを警戒しているのは、そいつらか?


「つーことは、そのヘクターってやつも探知能力に優れてたのか?」


 情報収集機関については、こっそりステラに聞くとして今はどうでもいい話で時間をつぶす。


「あんまり詳しくは知らないけれど、熱を感知する能力を持っていたらしいにゃ」

「ふーん」


 熱感知、か。

 どんなもんの精度かわからないが、敵からしては厄介極まりないな。

 そんな奴と、交換するだけの価値があるんだな、この捕虜には。


「今更だけど、もういっこ気になってること聞いていいか?」

「んー?」

「あの、北女神領の捕虜、なんで刻印がないんだ?」


 最初は手袋をしていて気づかなかったが、偶然右手を確認したとき、刻印が見当たらなかった。


「あー、南東西の女神領は女神を中心とした王政かそれに近い制度で国営を行っているけど、北女神領だけはちょっと事情が違うらしいんだよね。

 あんまり詳しくはわかってないけど、刻印があるのは直接戦闘を行う兵隊だけで、指揮官クラスは刻印がないみたいにゃ」


 女神能力を前提に考えれば、自然と王政になっていくと思うが、そうはならなかった領があるのか?

 まあ、ミーシャもあまりわかってなさそうな口ぶりだし、その辺はいまいち情報を引き出せていないのだろう。


「……ナニかいる」


 突然ダリオが立ち上がり、馬車から顔をのぞかせた。

 周囲を見渡すように臭いを嗅ぎ、耳もヒクリと動いている。


「何か? 何かってなんだよ?」

「わからない、だがヒトだ」

「こんなところに、人が……? ちょっと止まって」


 ミーシャが馬車を引いていた熊猫と馬猫に号令をかけた。


「一応、周囲を警戒してね。ダリオ君は正確な位置を突き止めて」

「リョウカイした」


 馬車の速度がゆっくりと落ちていく。


「どうかしたのか?」


 状況を察してか、馬車の中からステラも顔を出した。

 気分が悪いのか、顔は真っ青だ。


「いや、なんでも周りに人がいるらしくてよ――」

「――クる!」


 ダリオが馬車から見て右側に振り向いた。

 俺とミーシャもつられて振り向く。


 視線の先から、一つの飛来物が、俺は反射的に受け止めた。

 飛来物の正体、それは。


 猿猫の頭。


「キャァッ!」


 ミーシャが短く悲鳴を上げた。


 猿猫の頭部は、きれいに切断されており、人が刃物を使って切り裂いたことは明確だった。

 間違いない、偶然人が通りかかったのではなく、攻撃を受けている。


 次の瞬間、銃声と共に血が舞った。

 馬車から見て右側に待機していた、ゴリラ猫の頭が撃たれたんだ。


「ソコかッッ!」


 ダリオが音に反応して、木の上へ飛びつく。

 生い茂る葉の陰からは、銀の服を着た人影がチラリと見えた。

 単独か?


「チッ! ミーシャは下がってろ!」


 何はともあれ、ここは視界が悪い。

 射撃ができる味方もいないし、木の中から撃たれたんじゃ一方的になぶり殺しにあってしまう。


 そう思い、俺は『灰』を展開して、襲撃者がいる方角へ伸ばし、投擲用のナイフを構えた。

 ダリオが捕まえてくれりゃそれでいいし、失敗しても俺が攻撃する。


 だが、ダリオや灰が到達するよりも早く、襲撃者は左右に素早く移動した。

 なんだあの動き、枝や葉に隠れてよく見えないが、とても木の上を移動する人間の動きには見えない。

 あそこまで動かれると、視界の悪さも相まって狙いが絞れない。


「サせるか!」


 ダリオはその巨大で、器用に枝につかまると、身をひるがえし襲撃者に向けて爪を立てた。

 手の甲に装備されている刃物で、攻撃を行おうとしていた襲撃者の顔面をとらえる位置。

 臭いと音でも追えるダリオにとっては、視界の悪さも不利には働かなかったようだ。


 タイミング、位置共に完璧だ。襲撃者はすでに空中に出ている。これは決まる――!


 だが、あろうことか襲撃者は空中を蹴るように方向転換すると、過ぎ去りざまにダリオの首を切り落とした。


「ダリオ!!」


 なんだあいつ。

 ようやく襲撃者を視界で捉えた。


 女性にしては高めの身長に、体に張り付くような銀の服。

 ゴリラ猫を撃ったと思われる銃の類は見当たらず、手の甲に装備されていると思った刃物は手首から直接生えている。


 兵器能力者? だが、聞いていた話とずいぶん違う。

 太いダリオの首を一太刀で落とす力、極端に精密な射撃、空中を蹴るような移動。

 どれも、武具を装備しただけの普通の人間とはかけ離れている。


「あと、四人と二匹!」


 襲撃者は木を蹴りながら、そう言った。


 四人と二匹?

 二匹は熊猫と馬猫で間違いないが。


 四人とは、俺・ミーシャ・ステラ……そして、捕虜ということになる。


 なぜ馬車の中にいる人の人数も正確にわかる?

 いや、そもそも捕虜まで攻撃対象とはどういうことだ?


「フラン君!」


 思考にとらわれていた俺の脳が、ミーシャの一声で現実に帰還した。

 ステラも、気持ちを切り替えるためか、1度だけ深く呼吸をする。


 その一瞬の隙にも、襲撃者は木を蹴り着地と同時に馬猫の首を落とした。

 熊猫は立ち上がり、襲撃者に覆いかぶさるように攻撃を行うが、“左腕から出てきた”銃口に額を打ち抜かれて命を落とす。


 直後、襲撃者と一瞬目が合った。

 その表情は、まるで鬼ごっこをする子供のように、歓喜に満ちていた。


 来るか?

 あの速度で動き回られちゃ、投擲したナイフはまず命中しないだろう。

 ナイフを離し、即座に太刀を構える。


 襲撃者が、地面を強く蹴り、俺に飛びつくように剣を振る。


 早い!

 カウンターを決める余裕はない、が。

 ステラは素手で、ミーシャはナイフで攻撃態勢に入っているを、視界の端で確認した。


 俺は太刀で、襲撃者の剣を受けて止める。


「重ッッ!!」


 踏み込みが利かない、空中で振るう剣とはとても思えない威力。

 だが、俺が崩れるわけにはいかない。

 ここで踏ん張って、ステラとミーシャに決めてもらう。


 だが、ステラとミーシャの攻撃は外れた。

 襲撃者が、また空中を蹴って回転するように飛び退いたからだ。


「ざーんねん!」


 襲撃者が高速で回転し、飛びのく中、1発の銃声が聞こえた。

 その銃弾は、正確にミーシャの額をとらえ、貫いた。


「ミーシャ!」


 あれだけ動いていても、銃弾を命中させられるのか。


 まずい、このままじゃ全滅する。

 俺の復讐がまだなんだ、ここで死ぬわけにはいかない。

 なにか、あいつの動きを止める方法を――。


 次の一手を考える俺を、置き去りにするようにステラは反射と言えるほどの超高速で襲撃者に飛びついていた。


「ええ!?」


 飛び退いている途中で、追いつかれるのは襲撃者としても予想外だったらしく、襲撃者が反応するよりも先にステラの左手が届き、首輪をするような状態となった。


「離して!」


 襲撃者の左腕から、再び銃口が出現する。ゼロ距離で撃つつもりだ。


「させるかよ!」


 さっきから襲撃者が射撃するときは、必ず額を正確に撃ち抜いている。

 銃口が直接生えているため、引き金は見えないが、額と銃口が重なったときが射撃の瞬間だ。

 その瞬間に合わせて『念動落下』で、銃口を反らす。


「あっれぇ!?」


 銃声が一発。

 だが銃口は反れ、銃弾はステラの頬を掠めてだけで済んだ。

 “『念動落下』は触れた者にしか使えない”を、無視する行動だが、この際そんなことは言ってられない。


「よくやったフラン!」


 ステラと襲撃者は、そのまま重力に従い、地面に落ちた。

 落下の衝撃でも、ステラは襲撃者の首を離さない。


「貴様は何者だ? なぜ私たちを襲撃した!?」

「う、ぐ!」


 襲撃者は自身を掴むステラの左手を、両手で引き剥がそうとするが、ステラは手はビクともしない。


「そうか、こちらが先だったな」


 ステラは右手で、襲撃者の左腕を掴むとそのまま地面に叩きつけるようにへし折った。


「うぐぅッ!」


 襲撃者は悲痛のためか、涙をにじませる。

 なんつーパワーだ。


「次はこっちだ」


 ステラは、首を掴んでいる手を右手に持ち変えると、襲撃者の右手を掴んだ。

 右手もへし折るつもりだ。


「く……ゥゥゥッッ! 集電完了ッ! させないよ!」


 バチィッ!!

 稲妻のような、空気が切り裂く音と、閃光が走った。


「あっ、が……!」


 ステラは痙攣するように跳ね、襲撃者を手放してしまった。

 電撃? 一体どこから?


「いてて、二か所掴まれてたから、チェルシーも感電しちゃった……」


 そういいつつも、襲撃者はステラほど痺れておらず、素早く立ち上がり、剣を構える。

 痺れて身動きが取れないステラ、剣を振るう襲撃者。

 直後に起こることは想像がつく。

 阻止するために、剣を構え飛びつくが――。


「まさか、奥の手まで使わされるとは思ってなかったよ。すごいね! でも、バイバイ!」


 ――クソッ、間に合わない。


「ステラァッッ!!」



 俺の太刀は間に合わず、襲撃者はステラの首を跳ね飛ばした。

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