14.制圧中毒
「今回も買い出しはフラン君とダリオ君に任せたにゃ」
もうハンプールを出発して5日が経っていた。
今は2つ目の街に着いて、補給をするところだ。
町はハンプールや最初に立ち寄った町に比べてずいぶんとさびれており、活気はあまりない。
「この町は、前の町と違って中立寄りだし、ペネロペ様の権威が届いてない分、治安も悪いから気を付けるにゃ」
「おう」
今回もダリオと買い出しか。
捕虜の見張りと今後の相談のためミーシャとステラが残るのはわかるが、ダリオと二人きりと言うのは正直勘弁してもらいたい。
会話がないだけならまだしも、ダリオが敵意むき出しで睨んでくるからだ。
理由は大体察しが付く、俺のことを『熊男を殺した犯人』とか『裏切る可能性の高い人間』とか思っているんだろ(あってるし)。
「じゃ今回は荷物持ちとしてディランがついていってあげてね。いい? この二人について行って、渡されたものを運ぶんだよ?」
ミーシャが馬猫と話している。
馬猫はコクリと頷いた。
つーか、ずっと観察してて思ったけど、ミーシャは猫と話す時は普通に話すんだよな。
逆だろ普通。
「今日はここで一泊するから急ぐ必要はないけど、日が沈むまでには帰ってきてね。じゃ、行ってくるにゃ」
「おう」
ミーシャに見送られて街を出発する。
◆ ◆ ◆
「えーっと、水と三日分の食料の備蓄……。まあ、大体終わったな、そういやタオル一つ破れたし補給しといたほうがいいのか?」
あらかた買い物を終え、半分独り言、半分ダリオに語り掛けるようなトーンで話している。
「…………」
ダリオは一切答えようとしない、拘置所を出てからずっとこんな感じだ。
「なあ、これ以上探り合いみてぇなのもめんどくせぇから率直に言っていいか?」
「……ナンだ?」
ダリオが短く答えた、極力喋りたくないといった雰囲気をわざと出している。
「俺のこと警戒してんだろ? 他国のスパイなんじゃないか? ってよ」
熊男を殺しの容疑とか、ステラとの協力を見透かされている可能性とかは、あえて触れないでおく。
「…………」
ダリオは答えない、肯定と取っていいだろう。
「だったら、なおさら俺と仲良くしたほうがいいんじゃねぇか? 油断させて方がボロでやすいだろ?」
「……なぜオマエから、そんなテイアンをする?」
お、初めて会話らしい会話。
「俺としては任務の役に立って、領の信用を得てぇからな。周りとの連携が円滑なほうが任務で失敗しづらいだろ?」
信用を得たい理由はもちろんペネロペを殺すためだが、あえて事実部分だけを話し嘘はつかない。
「……まぁ、カンガえておこう」
『俺を警戒している』ってことは、あえて口には出さないんだな。
そのことを伏せたうえで、見張る作戦なのだろうか。
俺に察されている時点で、その作戦を続行する意味はないように思えるが、変なところで真面目なのだろう。
「いったんここでマて、オレはホウコクにイく」
「ん? おお、この町にも領館はあるんだな」
道を挟んだ先にある土で作られた正方形の建物には、虎の刻印と同じ模様の旗が経っていた。
領館って言って、その町がどこの領地に所属しているかを示すものらしい。
その他にも納税やこういった任務の補助を行ったりもする。
「ああ、このマチのはほとんどリョウカンとしてキノウしていないようだが、ホウコクのためのシシャをダすくらいはできるだろう」
お、まともに会話してくれた。
ある程度歩み寄ってくれるつもりか。
「つーか、何の問題もなく歩いてるだけなのに何の報告すんだよ?」
「…………」
ここはだんまりね、つまり俺関連の報告か。
指揮官のミーシャじゃなくてダリオが報告するのも、『俺の警戒』を任務として行ってるのがダリオだからだろうか。
「ま、どうでもいいけどよ。行ってこいよ。荷物番くらいはしとく」
「…………」
ダリオが黙ったまま領館へ入っていった。
「……喉かわいたな」
ちょうど買いたての新鮮な水があるし喉潤すか。
つっても、水は4リットルごとに分けられたタンクに入っていて、コップがないと飲みづらい。
能力をコップ代わりにするか。
ペネロペに説明しちまった以上、誰がどこで見てるかわからないから、一回水に触らないといけないのが、ちょっと気持ち悪いけどな。
「ヨォ、ニィちゃん。そんなに買い込んで長旅かい?」
「あん?」
不意に声をかけられた。
視界に映ったのはみすぼらしい恰好の男二人組。
卑しい笑顔も、体中からにじみ出る育ちの悪そうな雰囲気も、1秒ごとに俺の気分を害していく。
「おれらも旅の途中でよォ、路銀切らしちまってんだ。ちょっと分けてくれよ。こういう時はギブアンドテイクが基本だろ?」
嘘つけ、それが旅してる人間の恰好かよ。
そもそも、何も俺にギブする気ないだろ。
「おい、恐喝相手見てやったほうがいいぞ」
今すぐぶっ飛ばしてやりたい気持ちを抑えて、ミーシャから預かった馬猫を顎で指す。
一般人は刻印者に手も足も出ないと思っているらしく、『刻印者が味方にいる』って思わせると、手っ取り早く自衛できる。
「げっ、虎の刻印」
「へっ、それがどうしたよ。どうせそれもくすねてきた獣なんだろォ?」
男の相方はビビってくれたが、どうも引っ込む気はないらしい。
俺、一回我慢したよな?
ダリオの件もあり、ストレス溜まってるし、ちょうどいい発散するか。
つってもまあ、武器は馬車に置いてきちまったし、今の俺は男二人を相手できるかすら怪しいレベルの弱さだ。
もっとも、それは『よーいどん』で喧嘩を始めて場合であって、先攻を取れればその限りではない。
「なあ、路銀はやれねぇがひとつ面白いもんを見せてやるよ」
「あァ?」
先ほど飲もうとしていた、タンクの蛇口をひねる。
水に手をかざして『念動落下』を発動し、球体上に維持していく。
「アニキ、これ超常能力じゃ……」
「ば、馬鹿。んなわけあるか、ここは仮にも西女神領だし、刻印もねェじゃねェか」
あっという間に4リットルの球体ができる。
おー、いい感じにビビってくれて助かるわ。
今殴り掛かられたら、能力披露する前にやられちまうかもしれないしな。
「念動力系の能力自体は珍しくないんだけどよ。流動物でも効果対象に入ってんのは案外なくてな。依頼でいろんな実験に付き合わされたことあんだわ」
「おい、オマエなに言って……!」
男たちが後ずさる。
このまま逃げてくれるんならそれでもいいが、完全には諦めていないようだ。
ならいい、最後までやってやろう。
水を二つに分割し、2リットルずつに分ける。
「例えば、無重力下での液体の動きとかな!」
分割した水を、男たちの顔めがけて加速する。
2リットルの水に2kg分の力を加えたので、ちょうど男たちの顔面めがけて水が落ちていく感覚だ。
「ごぼぉッッ!?」
男の口から空気が送り込まれて、水が盛大に泡立つ。
男たちもすぐ状況を察知したのか、水を振り払おうとするが、水が剥がれる気配は一切ない。
「ハハハハハ! 剥がれねぇだろ!? 水の表面張力って無重力下ではけっこうすごくてよ! 宇宙ではコップ一杯の水で溺れるらしいぜ!?
その上俺が加重してんだ、空気抵抗で引き剥がしても戻ってくるし、飲もうとしても逆流する! それこそ水たまりの掻き分けて、乾いた空間作ろうとするようなもんだ。
無理無理絶対無理! とっとと溺れ死にやがれ!!」
男たちは大量の空気を吐き出しながら、水を掻き分けるがその甲斐むなしく、やがて血中の酸素は失われてゆき、地面に這いつくばった。
おっと、実際に死なれては俺への心証にかかわる。
失神寸前で、水を持ち上げて呼吸できるようにしてやる。
「ガハッ、ゲホッ、ゲホッ!」
男は水を吐き出しながら、久々の呼吸を堪能する。
相方は堪能しすぎて嘔吐する始末だ。
「おっと失礼」
「ガッッ」
咳き込む男の後頭部を踏みつけ、靴の裏をねじ込む。
「なあ、言ってやったよな? 恐喝する相手は選んだほうがいいって、なぁ、答えてみろよ。俺は恐喝しても良い相手か? 悪い相手か? ああ!?」
「ヒ、ヒィィィィッッ!」
「ア、アニキッ!」
一通り水を吐き終えた、相方が男を心配するように声を出した。
「てめぇに喋る許可は出してねぇよ」
空中で維持していた水を再び相方に被せてやる。
「ごぼっ、ごぼぉっ!」
相方は懇願するような目でこっちを見る。
酸素をくれ、酸素をくれって、汚いおっさんだが、少々愛おしくすら思えてくる。
「おい見ろよ、てめぇの相方はてめぇを心配したばっかりに苦しい目に合ってんぞ。とっとと答えろよ、死んじまうぞ!?」
さらに踏みつける力を強くする。
ぐりぐりと、男の顔が地面にこすりつけられる。
「わ、悪かったァァァァッッ!! おれが悪かったッッ!! もうッ、もうしねぇから、見逃してくれェェェェッッ!!」
「はぁぁぁ!? 聞こえねぇなぁぁッッ!!」
ああ、気持ちいい! 気持ちいい! 気持ちいいッッ!!
こっちに来てからあまり味わえていない制圧する感覚。
もうあれだな、俺は制圧中毒だ。
定期的に誰かを制圧しないと、溜まって溜まって仕方がない。
さらに懇願する男、がむしゃらに叫んでくる。
ひとしきり堪能したので、解放してやろうと思ったら……。
「おい、ナニをしている」
まためんどくさいタイミングで帰ってきやがった。
「まるで、コモノたいコモノのタイケツだな」
「れ、霊獣能力者……!?」
男がダリオを見るなり怯えて後ずさりする。
「あん? 俺は荷物守っただけだぞ? なんも言われる筋合いねぇな」
「おい、ソイツはどうなっている?」
ダリオが指差した先には男の相方が水の中で溺れていた。
いっけね。
すぐさま能力を解除する。
「ゲホッ、ゲホッ!」
重度の溺水状態だったが、能力で引き寄せている限り、肺に水が溜まって水死することはない。
酸欠でフラフラだが、大事には至らなかった。
「おら、とっとと消えろ」
男たちを見下しながら手を払う動作をした。
男は相方の肩を持ち、足早に去っていった。
「ヒツヨウイジョウにリョウミンをコウゲキするな、ペネロペサマのコケンにかかわる」
ダリオが俺を指差し、睨み付けてくる。
「あー? だったらどうしろってんだよ? 素直に殴られてろってか?」
「チガう、アイテをヨクセイするためにサイテイゲンのチカラをフルるうことはシカタない。
だが、アイテをアシゲにしバトウのコトバをアビびせるのはダメだとイっているんだ」
長く話されると、何言ってるかわかりづらいな。
「あーはいはい、次からはほどほどにしとくよ、ほどほどに」
明らかに納得していない態度で答えた。
「つぎ、ヒグヨウイジョウにボウリョクをフるうなら、ウエのモノにホウコクさせてもらうからな」
「チッ、わかったっつーの」
それを言われると何も返せない。
制圧することは気持ちがいいが、何より大切なのは女神をぶっ殺すことだ。
そのためには、少しでも強い信頼がほしい。
「さて、使っちまった分の水補給して帰るか」
「ブッシをマモるためにブッシをツカったのか?」
「うっせーよ、いちいちツッコむな」
俺とダリオは、夕日に向かって歩き始めた。
前以上にギスギスしてる気がするが、喋れるようになっただけマシか、などと思った。