13.ミーシャと
捕虜を引き取った俺たちは馬車に乗り込み、森の中に真っ直ぐ作られた道を進んでいた。
道は踏み固められているがガタツキも多く、けっこう揺れる。
馬車の中はそれなりのスペースはあり、ストレスをため込まない程度の快適さはあった。
ただ、会話は一切なく、空気は重い。
遠足に来たわけじゃないので、和気あいあいとしていないのは当然だが、この空気でじっとしているのもなかなかにつらいな。
ちなみに、ミーシャは御者台に乗っている(言葉が通じるためか、手綱は持っていない)。
馬車を引いているのはゴリラ猫と馬猫で、熊猫は交代待ちで並走している。
「みんなー、空気が重いにゃ。まだペネロペ領内だし、もっと楽にしていいんじゃないかにゃ?」
そんな空気を察してか、ミーシャが声をかけてくれる。
「まあ、そうだな。そういや目的地までどんくらいかかるんだ?」
俺だけでもそんな空気から脱するため、ミーシャの会話に乗っていく。
ちなみに、唯一の会話相手だと思っていたステラは馬車に揺れで酔ってグロッキー状態だ。
「一週間くらいにゃ」
「おー、けっこうかかるんだな」
そう言い、馬車から顔を出し、御者台に近づく。
「あんまり身を乗り出すと危ないにゃ」
「大丈夫だって、よっと」
そう言い、御者台の横から出ている、部品に足をかけ、ミーシャの顔が見える位置に移動する。
「落ちても知らないにゃ」
ミーシャが呆れたように言う。
「そういや、ミーシャって何歳だ?」
「んー、二十歳ー」
げ、年上かよ。
それで語尾が『にゃ』って。
「ほんと、虎の刻印者って見た目で年齢わかんねぇよな」
「そうだね、貰った霊獣の『格』で年をとるスピードは変わるし、刻印を受ける年齢もまちまちにゃ。一見しただけで年齢を見定めるのはほぼ不可能だと思うにゃ」
ミーシャがほのぼのと言う。
「つーか、二十歳で捕虜交換の指揮官を任されるって、けっこう有能なのか?」
「そうにゃ。まあ、有能なのはミーじゃなくてミーの霊獣能力だけどね。北女神領との捕虜交換はこれが初めてじゃないし、交渉部分は終わっているから、今回の任務はミーに経験を積ませる目的が大きいにゃ」
安全度が高いが、警戒することもい多い任務を任せることによって、自軍の兵隊を育成しているのか。
「やっぱ期待されてるんじゃねぇか、次期指揮官候補ってな」
「そんなにおだてても、何も出ないにゃ」
ミーシャが照れたように笑った。
「そういや、捕虜交換ってどうやんだ?」
特に意味もない、興味だけの質問だ。
「にゃ? あー、てっきりステラ様から聞かされているものだと思ったにゃ」
さっきから話していると、ミーシャから俺への敵意を微塵も感じない。
ミーシャは『俺が裏切っている可能性がある』って聞かされていないのか?
それとも相当隠すのがうまいのか。
「そんな複雑な方法じゃないにゃ。北女神領の兵隊との合流場所は円形の平原になっていて、お互い両端に立っていることを確認したら、お互いの捕虜を同時に時計回りに走らせるにゃ」
対角線上に走らせ続ければ、お互いの捕虜が同時に自軍へ帰るって寸法か。
「でも、待ち伏せとか捕虜の替え玉とか、ズルする方法は結構浮かぶけどいいのか?」
「まー、この方法は『公平性』を重視した方法で、『確実性』はあまり考えていないからにゃ」
「そんなんでいいのかよ?」
「いいんだにゃ。さっきも言ったけど、交渉部分はもう終わっているんだにゃ。お互いに得だと思ったから取引するわけだし、ここまできて約束を破ったら、今後の交渉が不可能になるにゃ。
今やってる四つ巴の戦争は、周りは全部敵だけど、『孤立したら確実に負ける』にゃ」
「あー、なるほどなぁ」
ステラの話を聞く限り、この戦争は何代にも渡って続いていることがわかる。
そんなに戦争が長期化する理由はおそらくこれなんだろう。
拮抗した4つの勢力が、常にバランスを取り合っている。
そんなことしてたら、決着なんてつくはずがない。
「ミーからも質問いいかにゃ?」
「ん? おお、答えてもらってばっかだからな」
そもそも上官だし、断る理由がない。
「フラン君はウチの兵隊に志願したって聞いたけど、どうしてにゃ? 刻印を受けたくないなら、一般領民や中立住民として静かに暮らす手もあったのに」
探りか?
とも一瞬思ったが、声色や表情を見る限り、本当に疑問に思っているようだ。
「逆に聞くけど、ミーシャはなんで刻印を受けたんだ?」
「うー、質問返しかにゃ。答えたらミーの質問に絶対答えてにゃ?」
ミーシャが困ったように言う。
確かにマナーがなってなかったかもな。
「おう」
「まあ、単純なシステムにゃ。西女神領では、いわゆる公務員になるには刻印を受けなきゃいけないのにゃ」
「……なるほどな。領営を担うやつは逆らえないようにするってことか」
「言い方悪いけど、そういうことにゃ」
今までの話でなんとなく察していたが、西女神領は基本的に絶対王政。
それに刻印まで利用してるとはな、かなりの徹底ぶりだ。
「まー、ミーは一般領民の頃から特に不満はなかったし、無理やり兵隊にされることもないから、そんな窮屈なものでもないんだけどね」
「ふーん、つーことは、ミーシャは兵隊に志願して刻印を受けたってわけか?」
「やー、元々は地方の事務員になるためだったにゃ。
でも、霊獣能力が『大当たり』しちゃって、ラルフ様に入隊するよう頼まれたのにゃ」
ラルフ様、西女神領で生活しているとたびたび聞く名前だな。
最高官吏の一人らしい。
そんな奴に直接誘いを受けたら、断れないだろうな。
「それって、『無理やり』兵隊にされたってことにならねぇのかよ?」
「この場合の『無理やり』は刻印の『命令』のことにゃ。戦うことは好きじゃないけど、これでも納得して入隊したにゃ」
「納得してっつーか、『納得させられて』だろ?」
「もー、あんまり悪いように言わないでほしいにゃ。さっきからダリオ君の視線が怖いにゃ」
チラリと後ろを振り向くと、ダリオがものすごい眼光で睨んでいた。
やりすぎたか、必要以上に警戒されたら都合が悪い。
「まー、正直言うと、刻印を受けるだけで『譲渡』してもらわないって手段もあったのに、『どうせなら貰っとけー』って気軽に譲渡してもらったことを後悔した時期もあったにゃ。
それでも、今ここにいることはちっとも後悔してないにゃ」
「その結果、死ぬことになってもか?」
兵隊になることをリスクと捉えるような発言は、警戒を生み俺の利益にならない。
だが、聞かずにはいられなかった。
「それはちょっと怖いけどね」
ミーシャが困ったように笑った。
「ところでさっきの質問、フラン君はどうして兵隊に志願したんだにゃ?」
「まあ、俺は東の女神をぶっ殺してぇし、ステラへの恩もあるからな」
事実を混ぜて、煙に巻く。
ミーシャに話させるだけ話させて、自分は適当に答えるなんて誠実さのかけらもないが、残念ながら俺はこういう性格だ。一片の罪悪感も感じない。
「それに、静かな生活なんて俺の性に合わねぇよ」
「あー、そんな感じするにゃ」
ミーシャがけらけらと笑った。
「…………」
と、思ったらミーシャが少し思慮するように宙を眺めた。
「……ねーねーフラン君、今回の旅では二つの街を経由するんだけど、帰り道にちょっと観光しないかにゃ?」
「ん? いいけど、いいのか?」
帰り道とはいえ大切な任務の途中に、遊んでいいのかという意味だ。
「まー、あんまりよくないけど、フラン君はこっちの世界をもっと知ったほうがいいにゃ。
兵隊の立場で言うべきじゃないかもしれないけど、ミーとしては刻印を受けないなら普通に生活したほうがいいと思う。
そりゃ、故郷のことも、復讐のことも、そう簡単に割り切れないとは思うけど、殺すために兵隊になるのはとっても悲しいにゃ」
ミーシャは俺のことを案じてくれているのだろうが、俺の心には全く響かなかった。
「ミーシャが言う通り、簡単には割り切れねぇよ」
「そうか、残念にゃ」
本当に残念そうにつぶやいた。
「だがよ、こっちの世界には興味がある、ミーシャが良いなら、案内してもらっていいか?」
ミーシャの表情がパッと明るくなった。
「おー! いいにゃいいにゃ、案内するにゃ。ステラ様―! 帰りに寄り道してもいですかにゃ?」
声を張って、馬車の中のステラに話しかけた。
「ああ……別に私に伺いを立てなくてもいいぞ……。今回の指揮官はミーシャなのだからな」
「ありがとうございますにゃー!」
ミーシャが本当にうれしそうに言った。
ステラは酔って真っ青だった。