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12.捕虜交換一行

「もう一息だ」

「……おう」


 木々が生い茂る森の中。

 俺とステラはひたすら一点を目指して歩いていた。

 短距離の移動ならともかく、1時間以上かかる移動となると、俺とステラの体力差が出てきてステラが俺に合わせて歩くことになる。


 相手には霊獣能力の恩恵がある、仕方がないことだが、情けなさを感じる。


「それにしても、拘置所がなんでこんな隠すみてぇにあるんだよ? 刻印がある限り意味ねぇだろ?」


 俺たちが向かっているのは、捕虜の拘置所。

 そこで捕虜交換作戦の他のメンバーと合流する予定だ。


 ハンプール内に拘置所を作らない理由は理解できる。

 なんせ、女神は自軍の刻印者の位置を常に把握できるわけだから、パンプール内に置けば自身の大将の居場所を教えているようなものだ。

 だが、それは逆に拘置所を隠す意味がないことを示しており、こんな人里離れた管理が難しそうなところに配置するのもどうかと思う。


「防衛の関係だ。捕虜拘置所周辺の森は複数の霊獣能力を連携して、警戒網を張ってある。

 例え位置がバレていても、そう簡単に潜入できないようにしているんだ。

 まあ、能力は千差万別だからな、突破不可能とは言えないが、今のところ破られたことはない」

「あー、なるほどなぁ」


 霊獣能力はその名の通り、獣の特性を色濃く反映した能力だからな。

 警戒しやすそうな平地よりも、こうやって入り組んだ森林のほうが適しているということか。


「ところでよ、捕虜交換の相手は北女神領の奴らだったよな? そいつらはどんな能力があるんだよ?」


 もちろんざっくりとは聞いているが、戦闘する可能性が少しでもあるなら、できる限りの情報がほしい。


「そうだな、その辺も詳しく話しておこうか。

 北の女神が繋がっている世界は、兵器界アース。

 兵器界は物理が非常に安定していて、物理法則を捻じ曲げるような特殊能力は存在しないが、その代りに科学技術が発展している」

「物理が安定しているっつーのは、心理係数が低いってことか?」


 心理係数とは、精神が物理に影響をもたらす割合のことだ。

 低ければ低いほど物理が安定していて、高ければ高いほど精神が物理に影響する度合いが高くなる。

 心理係数による歪みは微々たるものだが、精密な機械などには影響が出てしまう場合もある。


「ああ、そういうことらしい。兵器界の平均心理係数は0.01%未満だそうだ」

「お、心理係数って通じるんだな」


 実は、この言葉は通じない可能性が高いと思っていた。

 この中央界も心理係数がかなり低そうだし、逆に話を聞く限り霊獣界は極端に心理係数が高いんだと思う、他の女神領との交流がないなら接することがない言葉のはずだ。


「ああ、もっとも私も中央界にきてから知った言葉だがな。

 兵器界と霊獣界にはこの言葉がないらしい。心理係数が0.01%未満の世界と、99.9%以上の世界では、検証のしようがないどころか、疑問にもならないからな」


 精神が物理に影響しなくて当たり前の世界と、物理が存在しなくて当たり前の世界。

 他の世界に存在しようと、係わることができないなら、ないのと同じだ。


「それはわかるけどよ、なんで他の世界の心理係数まで知ってんだ? 交流はほとんどねぇんだろ?」


 召喚物から心理係数を算出することは可能だろうが、物が手に入らないことには算出もできない。


「ああ、だがそれは領土運営に係わる交易に限ったことだ。

 中央界にもいるんだよ、『この世界が何なのか』を解き明かそうとする人々が、そういう人々は中立を貫くことを条件に領土を越えて協力することが許されている」

「そうか」


 『この世界が何なのか』……か。


「やっぱ、こっちの奴らも中央界が人工世界だって疑ってんだな」

「そうだ。いや人の手によるものだと思ってはいないが、何者かの意志で作られた世界だとは思っている」


 そう疑いたくなるくらい、この世界は出来すぎだ。

 まるでチェスの駒みたいに、各領が戦うことを前提とした世界のシステム。

 偶発的に生まれたとは思えない。


「人が作ったわけじゃねぇなら誰が作ったと思ってんだよ、この世界の奴らはよ」

「神……だろうな」


 女神がいるなら神もいるってか。

 まあ、こんな世界を構築するようなやつだ、そう思いたくなるのも仕方がないか。


「さて、話がそれてしまったな。それで北女神領の兵隊が使う能力、兵器能力についてだが……。

 そういえば、超常界には銃と電話があるのだったな」

「おう、あるぞ」


 俺は拳銃以上の殺傷能力があったし、ギルドがテレパシー使いを雇ってたから電話もいらなかったが、使ってるやつもいたな。


「北女神領の兵隊が使うのはそれの強化版だ。銃は連射可能なものや、威力が高いもの、長距離射程のものなど多岐に分岐していて、電話は線を繋がなくても話せるように進化している、そしてその二つを兵隊全員が持っているんだ」

「なんか、いまいちだな」


 俺が正確に想像できていないせいかもしれないが、最初に出た感想はそれだった。

 例えば西女神領の兵隊なら、敵の銃弾が命中するまでに敵兵隊を殺せるんじゃないか?


「いや、これがなかなか厄介なんだ。

 即死級の中距離攻撃を持った連中が、高い精度で連携してくる。

 身体能力の差がある分1対1では後れを取ることはそうそうないが、多人数戦や長期戦になればなるほど、安定性の差で押されやすい」

「あー、確かに厄介かもな」


 他人と協力した能力のコンボはハマれば強いが、その分連携がシビアだ。

 攻略される気がしないほどの強力なコンボが、実践ではうまく連携が取れず全く役に立たないなんて話はよく聞く。


 それに比べ、均一化された兵器能力なら、誰と連携をとる場合でも同じ訓練をすればいい。

 人数が増えれば増えるほど、その熟練度の差がでるのだろう。


「だけどよ、長期戦も強いってのはおかしくねぇか? 銃使ってるやつとか弾切れしたら終わりだろ?」

「そうだ。だが、北女神領の兵隊が最も優れているのは継戦能力だ。あいつらは距離が離れていても、自軍の女神と連絡が取れるからな」

「それはどういう……、そういうことか」


 途中まで言いかかって察した。


「召喚で物資を送るのか」

「そうだ」


 女神は常に自軍の兵隊の位置を把握することができる。

 また、女神は異世界から物資を召喚することができる。

 そして、女神は“召喚する際、出現位置を遠方に設定できる”。

 俺が東の女神にされたような遠距離召喚を、味方の連絡を受けて行うわけだ。


 物資を直接運ばなくていい、加えて物資不足に陥る心配もない。

 これは“遠征”を行う際、とてつもなくデカいアドバンテージだ。


「女神との連携か、確かにそれはめんどくせぇな」


 女神はチェスで言うキングだ。

 取られたら負け、守らざるをえない。

 だが非常に有能な駒でもある。

 その女神が危険を冒さずに戦闘に参加してくる。

 これは厄介極まりない。


「さて、見えてきたぞ」


 ステラの目線を追うと、開けた土地に山が見えた。

 その山は渓谷同様、穴を掘った家がいくつも見える。


 あそこが拘置所。ハンプールと違って賑わいはなさそうだ。まあ、当然か。


「ステラ様! お迎えに上がりましたにゃ!」


 にゃ?


 わき道から現れたのは、見た目の年齢が14~15歳くらいの少女。

 茶色のショートカットからは、獣の耳が突き出しており、尻には長い尻尾。

 手足は毛に覆われていて、指先は猫のようだ。

 快活そうな表情の口元からは八重歯が覗いている。

 動物に例えるなら、そのまんま猫。


「おお、出迎えご苦労」


 ステラが外行きようの笑顔で答える。

 二人は顔見知りのようだ。


「此度の任務、ご指導ご鞭撻のほどをお願いいたしますにゃ」


 猫の獣人がぺこりと頭を下げた。


 にゃ?


「ああ、こちらこそよろしく頼む。皆で来たのか?」


「はい! 今日は初めて会う人もいるし、捕虜を引き取る前に顔合わせをしておこうかと思いましたのにゃ!」


 にゃ?


 少し遅れて、わき道からぞろぞろと出てくる。

 一番手は、狼男。全身焦げ茶色の毛でおおわれおり、大きな体は人間のものからは遠く、2足歩行で歩いてはいるものの、姿勢はかなり前かがみで、虎の刻印者の中でもかなり獣に近いいでたちだ。


 二番手以降は、さらに人間じゃない。

 完全に四足歩行で、例えるなら猫にゴリラや馬を混ぜたような魔獣が合計4頭出てきた。

 右前足に虎の刻印があるがこれはどういうことだ?


「君がフラン君だね? 話は聞いているにゃ!」


 にゃ?


 猫の獣人は俺を見るなり近づいてきた。

 かなり人懐っこい性格のようだ。


「ミーはミーシャ。今回の捕虜交換作戦の指揮官にゃ! よろしく頼みますにゃ!」


 にゃ?


「あ、俺はフランシス。大体聞いてるだろうが、ステラの付き添いだ。やれる仕事はどんどん振ってくれ」


 そう言いながら、右手を差し出す。


「了解にゃ!」


 そして、がっちりと握手をした。

 お、肉球やわらかい。


「関係ないけどよ、ミーシャのその喋り方ってなんなんだ?」

「喋る方? と言いますと?」


 ミーシャが「はて?」と言ったような表情をした。


「ああ、ミーシャはもともと猫が好きでな、猫の獣人になったことが大層うれしくて、猫のような喋り方をすることにしたらしい」


 ステラが補足を入れてくれる。

 キャラ付けかよ。


「ダリオ君! ダリオ君も自己紹介して!」


 ミーシャが後から出てきた狼男を呼び寄せる。

 狼男は、俺の顔を見ると一瞬だけ睨んだ。

 俺、何かしたか?


「ナマエはダリオ、キュウカクとチョウカクでキキタンチをマカされている」


 狼男が簡潔に自己紹介をした。

 声帯が発声に適していないのか、声は掠れていて聞き取りづらい。


 挨拶に握手をするものかと、右手を出してみたが、無視された。

 素っ気ない。どころか、敵意を感じる。


「もー、ダリオ君どうしちゃったの? 仲良くしてにゃ!」


 ミーシャが注意するが、ダリオはそれも無視をした。


「ごめんにゃ、ダリオ君、ちょっと機嫌が悪いみたいにゃ。仕事はちゃんとすると思うから、大目に見てやってくれると嬉しいにゃ」


 ミーシャがぺこりと頭を下げる。


「別にいいけどよ」


 能力失ってからというもの、俺ってホント丸くなったよな。

 以前の俺だったら、軽く切れて突き飛ばしていただろうに。

 今はイラつきすら感じてない。


「自己紹介続けるにゃ。この子たちは右から順にロビン、ディラン、ブラム、コリンにゃ」


 そう言いミーシャは猫の魔獣を手で示した。

 ゴリラ猫がロビン、馬猫がディラン、熊猫がブラム、猿猫がコリンね。


「コリンには探索の補助を、コリン以外には馬車引きと戦闘の補助をしてもらうにゃ」


 猫の魔獣たちは達はおとなしく座っている。

 見た目のショッキングさと違い、それなりの知性を持っているように見える。


「それはわかったけどよ、こいつら、なんなんだ? 普通の虎の刻印者じゃねぇよな?」


 獣人化が強すぎて、こんな見た目になったとかなら悲劇すぎる。


「その通り、普通の虎の刻印者じゃないにゃ。

 ミーの霊獣能力『猫との会話』で、ペネロペ様と通訳をして猫に刻印をしたのにゃ」

「そんな霊獣能力もあんのか、つーかペネロペが……ペネロペ様が直接刻印の説明をしなくてもいいのかよ?」


 聞いた話と若干違う。


「ペネロペ様がミーに『命令』して、話させた場合ペネロペ様が説明したっていう判定になるらしいにゃ」


 刻印にはそんな裏ルールもあるんだな。


「ちなみに『動物会話』はレアな霊獣能力で、領土内で10人もいない。特に、こんなに汎用性が高い動物と、正確に会話できるのはミーシャくらいだ」


 ステラが補足を入れてくれる。


「お褒めにあずかり光栄にゃ」


 ミーシャがわかりやすく照れた。


「さて、自己紹介も済んだところで、捕虜を引き取って出発するにゃ!」

「おう」


 ミーシャが、右手を元気に上げた。


 ダリオは終始、俺を睨んでいた。

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