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X.一方:とある一室

 ハンプール内の一室。

 10畳程度のその部屋は、重厚な壁に覆われていて一切の音を外へ漏らさず、西女神軍の秘密裏に進めたい会議にたびたび使われる部屋だ。


 部屋には男女合わせて4人。

 一人は、この国の女神で、言わずと知れた最高権力者。ペネロペ。

 一人は、ペネロペ軍内でも珍しい、飛行能力を持つ鳥男。アゼル。

 一人は、優れた嗅覚と聴覚で、追跡・調査等を担っている狼男。ダリオ。

 一人は、情報収集機関のリーダーであり、ダリオ、アゼルの上官でもある羊女。ヴィヴィア。


「して、重要な報告とはなんじゃ?」


 ペネロペが少々不機嫌そうに言う。

 事前に聞いていた報告が、ペネロペにとって気持ちの良いものではなかったからだ。


「はい~。端的にいますとぉ、アーノルドちゃんを殺した犯人がぁ、フランシスちゃんじゃないかって話なんですぅ~」


 ヴィヴィアは非常にのんびりとした口調で話していく。


「もちろん、ステラ様も係わっている可能性が高いので~、早急に対策をとりたいと思いましてぇ、ペネロペ様をお呼びしたんですぅ~」

「ありえん、ステラがワシを裏切るはずがないし、そのステラの推薦であるフランも信用に足る人物じゃと思った。だいいち二人とも動機がなかろう」


 ペネロペが頭ごなしに否定する。

 彼女はもともとおおらかで、思慮的な人物だが、どうも相当に機嫌が悪いようだ。


「動機は知りませんがぁ、アーノルドちゃんの死体を発見した湖付近の臭いをたどる限り、そうとしか思えないんですぅ~。ねぇ? アゼルちゃん?」

「はっ」


 ヴィヴィアの呼びかけに答えるように、アゼルが半歩前に出た。


「アーノルドが姿を消した翌日、ダリオの力を借りて臭いを追ったところ、あの湖へとたどり着きました。

 湖周辺にはアーノルドの血の臭いと、ステラ様、フランシスの臭いが強く残っており、状況から見てアーノルド殺害にステラ様とフランシスが係わっていると判断した次第であります」


「わたしもその報告を受けて調べたんですがぁ。

 足跡と血の跡からフランシスちゃんとアーノルドちゃんが戦闘した形跡が見られたので、フランシスちゃんが殺害に係わっているのはほぼ間違いないと思いますぅ。


 ステラ様に関しては、直接戦闘を行ったような形跡はありませんでしたが、湖付近で不自然な動きをしていますし、アーノルドちゃんが殺された現場でフランシスちゃんと合流しているので、すっごく甘く見ても五分五分ってところですねぇ」


 ヴィヴィアは資料をパラパラとめくりながら説明をしていく。


「だから、ありえんじゃろ。百歩譲ってフランが怪しいとしても、ステラは刻印者じゃ。味方を手にかけることも、それを隠すこともできん」


 そう、刻印者になることを拒んだフランシスはともかくとして、ステラは刻印者。

 刻印者は女神に逆らうことはできず、刻印した時点で制約のようにいくつも命令を受け、自身の国へ不利益をもたらすことが出来なくなる。


 ……が。


「それがそうとも限らないんですよぉ。

 女神能力にはいくつか穴がありましてぇ。特に、超常能力や魔術能力を借りれば、『命令』を拒否することも可能なんですぅ~」


「どういうことじゃ?」


 ペネロペは女神になってからまだ日が浅い。

 圧倒的に経験が足りておらず、女神能力や四種の異界能力の性質についても完全に把握しているわけではない。


「例えばそうですねぇ。


 超常能力や魔術能力で意識を乗っ取られている場合や、お人形さんみたいに操られてしまっている場合が該当しますねぇ~。

 女神能力の『命令』は“刻印に同意した人”に働きかけるのでぇ、体を動かしている人が別の人だったら、無効化されちゃうんですよぉ。


 他には嘘で騙されてたりぃ、各種能力で錯覚させられたりしてぇ、“命令に違反している”って自覚がない場合も、『命令』に背けたりしますねぇ」


 そう、右手にある刻印はあくまで飾りでしかない。

 女神能力による刻印は魂に刻まれるもので、どれだけ『命令』で言い固めても、その解釈が『命令』を受ける人に委ねられる限り、隙は存在する。


「むぅ……」


 ペネロペは納得いかなさそうに、だが言い返すこともできず、しばし黙ってしまう。


「ペネロペ様がステラ様を信じたい気持ちはわかりますぅ。わたしも、真相がそれだけだとは思ってないんですよぉ~」

「どういう意味じゃ?」


 ペネロペが興味を示したように顔を上げる。


「これ、誰が、何のために、何をしたいのか全く分からないんですよねぇ。

 例えばフランシスちゃんが、東女神領の兵隊で、尖兵とか密偵とか暗殺者だと仮定するじゃないですかぁ


 そうした場合、実際潜入するフランシスちゃんと、手の刻印を隠せる超常能力者と、ステラ様を操れる超常能力者の、最低3人が動いていることになるわけですがぁ。

 そこまで手札を揃えてやっているのに、やってることが中途半端すぎなんですよねぇ。


 そもそも、潜入するうえでアーノルドちゃんを殺すのはリスクが高すぎますしぃ、潜入するフランシスちゃんの能力がとても尖兵や密偵向きとは思えません~。普通なら移動系か探知系か伝達系の超常能力者を選びますよねぇ。

 仮に、通信できる超常能力者が別にいたとしてもぉ、だったら操ってるステラ様から直接情報を流してもらえばいいだけですしぃ。

 フランシスちゃんの能力で暗殺するつもりだったらぁ、ペネロペ様とフランシスちゃんが接触した時点で暗殺に成功していると思うんですぅ。


 他にも、南女神領の介入とかぁ~、いろいろ考えたんですけどぉ~。

 そもそもステラ様を操れるなら、アーノルドちゃんを殺す必要も、フランシスちゃんを侵入させる必要もないじゃないですかぁ。


 以上の事から、ステラ様は偶然居合わせただけで操られていない可能性も、なくはないんですぅ」


 もちろんそれは可能性の話だ。希望的観測と言ってもいいだろう。


 いくら裏切者でない可能性があっても、ほんの少しでも裏切者の可能性があるなら、最大限に疑ってかかる。

 それがヴィヴィアの仕事である以上、ステラを自由にさせるわけにはいかない。


「なるほどのぉ」


 ペネロペが納得したようなしていないような、微妙な相づちを打った。


「『なるほどのぉ』じゃないですよぉ。今の話聞いてましたかぁ?

 フランシスちゃんが暗殺者だったら、もうペネロペ様は天国に行っちゃってるんですよぉ?

 独断で非刻印者と接触しないでくださいって、あれほど言ったじゃないですかぁ。

 ヴィンセントちゃんも直接言わないだけで、怒ってますよぉ? きっと」


「い、いや、他ならぬステラの頼みじゃったし、ワシとしても役に立ちたくて……」

「まだ言いますかぁ?」


 ヴィヴィアが笑顔で圧力をかけた。


「……ごめんなさい」


 ペネロペが縮こまる。


 西女神領は、女神を王とした独裁制だが、ペネロペはむやみに権力を振りかざすこともなければ、部下に不注意を指摘されては落ち込むことだってある。

 これは逆にペネロペと部下の関係が良好であることを示しており、ヴィヴィアたちもペネロペの最高権力者としての資質は疑っていない。


 そう、足りないのは経験だけだ。


「はぁい、反省してくださいねぇ」


 そして、その経験を積むまでの手助けが自身の使命だと、ヴィヴィアは自覚している。


「話を戻しますが、要約するとステラ様が操られている可能性と、アーノルドちゃんの死、そしてフランシスちゃんの存在が繋がらないんですよぉ。


 3つの要素のうち1個は全く関係ない可能性もありますしぃ、何かしらの事故が起こってアーノルドちゃんを殺さざるを得なくなった可能性もありますぅ」

「ふむ……、ステラが係わっていなかったら、いいのだがのぅ……」


 ペネロペも話の内容は十分に理解しているが、それでも納得いかないといった感じだ。

 それだけ、ペネロペにとってステラは大切な人間なのだ。


「ちなみになんですがぁ、実はさっきフランシスちゃんに接触してきたんですぅ、彼はやっぱり胡散臭いですねぇ」

「む、ワシやステラの許可なくか?」

「はぁい、独断すみません~。ペネロペ様にお時間取っていただくわけですしぃ、少しでも情報を集めておきたかったんですぅ」


 ペネロペも、自身がとった独断とヴィヴィアがとった独断では意味が違うことがわかっているので、そこを咎めたりはしない。


「して、どうじゃった? おぬしの霊獣能力を使って調べたんじゃろ?」


 ヴィヴィアは本人の鋭さと霊獣能力の有能さ故、情報収集機関のリーダーへと昇り詰めている。

 無警戒の相手から、情報を引き出すことなど、造作もないことだ。


「そうですぅ、とはいっても現時点では警戒されたくなかったですしぃ、核心に触れずに楽しくおしゃべりしただけなんですがぁ、それでもいろいろわかりましたよぉ。

 彼、自分に自信があるせいか、たくさん喋ってくれて、仕事が楽でしたぁ」


 ヴィヴィアが霊獣能力を発揮するには至近距離でと会話をする必要があるので、口数が多いフランシスは非常に仕事がしやすい相手と言える。


「まず、フランシスちゃんは能力について嘘をついていましたねぇ。“対象は一度触れた物”の下りですぅ。本当は触らなくても発動できるのかもしれませんねぇ。

 あと、空中操作できるの下りも濁りを感じましたぁ。嘘ではないですが、核心には触れていない可能性がありますぅ。

 ただ、力を加える能力っていうことや、最大重量には嘘はなさそうでしたねぇ」


「そうか、フランがワシに嘘を……」

「そうですよぉ、非刻印者はペネロペ様に対して嘘がつけるんですよぉ」

「は、反省しておる」


 今のは完全に嫌味である。


「あと、ステラ様との関係は少々複雑なようですぅ。

 ステラ様の話題になったとたん、安堵の色が見えましたぁ。フランシスちゃんとステラ様の性格からして、一週間やそこらでなれる仲の良さには思えないんですよねぇ。

 おそらく、二人だけの“何か”を共有しているのでしょう~」


 どんどんと上がる、フランが裏切者である証拠、だが……。


「それでも、裏切者と決めるつけるには、おかしなところがありましてねぇ。


 どうもフランシスちゃんは本当に超常界から来た人みたいなんですよぉ。超常界のことを話す時のフランシスちゃんはとっても安定していましたし、超常界での生活を創作しているようには聞こえませんでしたぁ。

 あと、ステラ様から報告があった、東の女神への怒りも事実見たいですぅ」


 そう、そこが不可解なのだ。

 フランシスが、超常界から召喚されて西女神領で拾われただけの人ならば、西の女神を裏切る必要が全くないし、嘘をつく必要もない。

 むしろ、全面的に協力したほうが、より早く東の女神を殺せるはずだ。


「むぅ……、フランは謎すぎるの」

「そうです、謎すぎるんですぅ。

 もちろん、フランシスちゃんそのものが記憶レベルで操られている可能性とかもあるんですがぁ、それならなおさら誰が、何がしたいのか意味わかんないんですぅ」


 考えれば考えるほど、ステラの裏切りと、アーノルドの死と、フランシスの存在が繋がらない。


「そこで、一つ提案があるのですがぁ、敵が誰なのか、目的が何なのかを絞り込むためにも少し泳がせておこうかと思うんですぅ。

 もちろん、監視を付けたうえでペネロペ様には極力近づけないようにしてですぅ~」


「……ふむ、わかった。この一件についてはヴィヴィアに任せよう。

 じゃが、ステラが操られているとわかったとしても、殺したりはせず取り返す方向で進めるんじゃぞ?」


「承りましたぁ。と、いうよりステラ様を殺すなんて容易じゃないですしぃ。

 ちなみに、フランシスちゃんはどうしますかぁ?」

「もし、他国からの潜入者だった場合は……残念じゃが、その時は仕方がないの。フランも覚悟のうえじゃろう」


 ペネロペは少し寂しそうに呟いた。


「かしこまりましたぁ。あとぉ、この事は気取られないように少数で進めたいので、どうぞご内密にお願いいたしますぅ」

「ああ、了解じゃ」

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