10.入学してないのに卒業試験
「フランに任務をまかせるという方向で、話がまとまった」
会議室から帰ってそうそう、ステラが言った。
「お、とうとうか。いいのかよ? 刻印のない俺に任務任せて」
「その辺りは散々話し合ったが、裏切りを恐れて持て余すくらいなら、少しずつ任務を任せていこうということになった。もちろん、それなりに監視させてもらうがな」
ほんの少しだけ、ステラの言動が刺々しい。
傍に監視員がいるからだろう。
「ふーん、そうかよ」
ステラに座る気配がないので、すぐに移動することを察し、俺も立ち上がる。
周囲に監視員の目があるので、踏み込んだことは聞かないし言わない。
「で? 俺の初任務はなんなんだ?」
性には合わないが、しょっぱい任務でも我慢する所存だ。
「そう焦るな。まだ決まっていない。これから、どれだけの任務を任せることができるか、測りに行く」
「測る?」
◆ ◆ ◆
ステラに連れてこられたのは、1つの建物。
他の建物同様、渓谷に穴を掘って作られたもので、入ってみると左右奥行それぞれ80mはある大広間があった。
床にはショック吸収用の砂が満遍なくまぶしてあり、部屋の隅には壁を沿うようにさまざまなトレーニング設備が配置されている。
中には数十人の兵隊と思われる人が各々の訓練をしていて、部屋全体がほのかに汗臭い。
「おうステラ! 久しぶりじゃねぇか!」
入るや否や、一人の男が声をかけてきた。
2m半ほどある巨大な体は全身鱗で覆われており、トカゲのような顔面からは似つかわしくないモヒカンのような毛が生えている。
もちろん二足歩行で歩いている人間だが、他の虎の刻印者に比べるとずいぶんと獣に近い。
動物をイメージするならそのまんまトカゲか。
熊男同様人間ではありえないガタイの良さだが、西女神領では珍しくなく、たびたび街中でもバカでかい人間は見かける。
「ご無沙汰しております」
ステラとトカゲ男が握手をする。
ステラにため口を利けて、ステラが敬語を使うってことはなんだ?
ステラより偉いやつはペネロペしかいないはずだから、先輩の最高官吏とか、元上官とかか?
「彼はフランシス。例の超常能力使いです。今日は教官に力を見てもらいに来ました」
「よろしく、お願いします」
そう言いつつ、握手を求めるように右手を差し出す。
ステラの真似だ、礼儀として合っているかはわからん。
「おう! オレはライオネル! 兵士の訓練を担当してる者だ!」
「いッ」
そういうとライオネルは握手を返してきた、大きい手は力も強く若干痛い。
「おっと強かったか? スマンスマン!」
ライオネルが「がっはっはっ」と笑う。豪快すぎるだろ。
「おうステラ、こんなに軟弱そうな奴で兵士が務まるのかぁ?」
そして、俺のことを訝しげに見てくる。悪気はないようだが、以前の俺ならイラついて吹っ飛ばしてたかもしれない。
つーか、Gに耐えられるようある程度は鍛えてるんだけどな。自分に加重したりして。
「ええ、それを確かめるために教官の下へ参ったのです」
「がっはっはっ、教官はやめろやい! もうオレはお前の部下の部下の部下ってところだからな!」
「いえ、私にとっては教官はいつまでも教官です」
なるほど、ステラの元上官か。
つーか、ステラを鍛えたみたいな口ぶり、このおっさん何歳だ?
「さてと、『卒業試験』だな?」
ライオネルは一通り笑うと真面目なテンションでそう言った。
「お願いします」
そう言うと、ステラはどこかへ歩いて行った。
「え? おい、どこ行くんだよ? 『卒業試験』ってなんだ?」
「おう、何も聞いてねえんだな。説明してやる」
ステラの代わりにライオネルが答えてくれる。
「なぁにルールは簡単だ。
場所はこの武道場内、制限時間は10分。その間にオレの肘・膝・尻・肩……まあ足の裏と手の平以外のどこかを地面につけたら合格だ。
攻撃自由。急所攻撃もアリ。ただし、オレは守るし避けるし反撃もする」
要するに転ばせば勝ち。
ずいぶん緩い勝利条件に思えるが、この体格差だ、反撃を受けると一撃でKOされかねない。
「……ちなみに俺の能力は知ってるのか?」
ステラがどこに行ったかも気になるが、今は気持ちを切り替えて『卒業試験』に集中することにした。
「いんや、超常能力使いってこと以外は知らねえよ。他の奴の試験をする時も霊獣能力は聞かないことになってるしな」
初対面を想定した実戦形式か。
訓練とはいえここでつまずいたら任務を受けるまで間が空き、西女神領から信頼を得るのが遅れてしまうし、期待値も下がってしまう。
ここは一発合格して、『こいつは戦力になる』って印象をつけたいな。
「オーケー、開始は今からか?」
「おいおい待て待て、お前さんの準備がまだだろ?」
「準備? 俺の?」
これから勝つための作戦をじっくり練って、それに向けてのトレーニングをしろとでも言うのだろうか?
「お待たせしました。フラン、受け取れ」
「え? おお!?」
どこかへ行っていたステラが帰ってきて、俺に袋を投げ渡した。
その中には、太刀、投擲用のナイフ、灰、ペンチ。
これって……。
「そうだ、武器の持ち込みはアリだ。おう、安心しなオレは素手で戦う」
俺が窺うようにライオネルを見ると、答えてくれた。
「さすがに舐めすぎじゃねぇか?」
「がっはっはっ、あくまで兵隊になるための試験だからな。ある程度合格できるようにしてやらねえといけねえよ」
ライオネルが胸を張って笑う。
「だけど甘く見るんじゃねえぞ? 並の奴だと合格するまでに5回は落ちる。超難関試験だ」
「そうかよ」
刀を抜き、かまえる。
道具を使っての初実践、うまく扱えるかはわからないが、能力がバレてない1回目が最大のチャンスだ。
絶対に負けられない。
なにより、こんだけ舐められて負けたら、立ち直れないし熊男も報われない。
「手足失くしても知らねぇぞ」
「問題ねえよ。俺の霊獣能力は超再生だ。手足もトカゲみてえに生えてくる。ま、さすがに首は生えてこねえから、頭カチ割るのは勘弁してほしいけどな!」
ライオネルの余裕、やれるもんならやってみろと言っているかのようだ。
「トカゲが生え変わるのは尻尾だけだろうがよ」
「霊獣能力は実際の動物の在り方じゃなくて、イメージが大切だからな。細けえことは気にすんな!」
またライオネルが「がっはっはっ」と笑う。
イメージの問題って……。
まあ、霊獣界は精神世界っていうし本当にその通りなのだろう。
「さてと、いつまでもくっちゃべってねえでとっとと来な、お前さんが攻撃した瞬間から試験開始だ」
その上、先攻まで譲ってくれるとはな。
「じゃあ――遠慮なく!」
コテンパンにして、その鼻へし折ってやる!!
灰の袋を山成に放り投げ、袋が到達するまでの時間を埋めるようにナイフを投げた。
図体に似合わない俊敏な動きでナイフは回避されたので、袋の軌道を能力で調整して、ライオネルの顔付近へ近づける。
「想定してた使い方とはちげぇけど!」
『念動落下』で灰の袋を破裂させる。
「げほっ、なんだこれ!?」
灰が目と気管支に入り込み、ライオネルは目をつぶって咳き込んだ。
刀を構えて前進し、ライオネルの胴を一太刀。
「ぐッッ!」
切り傷は深く入り込み、鮮血が舞う。
よし、加重した太刀ならライオネルの鱗も通る、想定通りの威力を確かめられたことは収穫だ。
反面、わかってはいたが、扱う重量が大きいだけに、反動も大きいな。今の一太刀で手が随分としびれた。
太刀の加速に『念動落下』の容量を回してるから、反動の軽減には使えないし慣れるしかないだろう。
「もう一丁!」
視界の封が解ける前に、素早く切り返しもう一太刀浴びせる。二発目は足だ。
「おぉ!?」
だが、ライオネルの姿勢を崩すことはできず、勝利条件は満たせていない。
そろそろ目が回復するころだ、いったん距離をとって様子を見る。
そう思い一歩後ろへ飛んだ。
これが判断ミスだった。
一瞬、ほんの一瞬だ。
ライオネルの赤くにじんだ目が開き、俺の姿を捉えた。
「あん?」
瞬間、2歩も3歩もあった俺とライオネルの距離はつまり、腹に掬い上げるような張り手をくらった。
「う゛っ!?」
なんつう瞬発力、トカゲの特性か?
超瞬発に超再生。
そうだよな、霊獣能力は超常能力と違って1種に限られてないもんな。
超常能力との戦闘に慣れすぎてて、気が緩んだ。
「がッ!」
あまりの威力に吹っ飛ばされ、転がる。
インパクトの瞬間に『念動落下』で張り手の威力を軽減していなければ、今の一撃で終わっていたかもしれない。
最初に握手をしておいてよかった、今の『念動落下』は一度触れることが条件って設定だからな(ライオネルは知らないとはいえ、そこは徹底していかないと、後々矛盾が起きかねない)。
「これで終わりじゃねえぞ!」
吹っ飛んだことによって空いた距離が、また一歩で詰められる。
次受けたら、終わる。
させるかよ!
「おう!?」
最初に投げた投擲用のナイフが帰ってきて、ライオネルの足を貫いた。
ライオネルはバランスを崩すがまだ膝をつかない。
「チィッ!」
苦し紛れに、不完全な体勢で一太刀浴びせる。
体重が全く乗ってない上に、『念動落下』の加速位置も中心をとらえていなかったので、鱗を貫けず、まともなダメージを与えることはできなかった。
刀を手放して、足払いをしてみたがライオネルの足はビクともしない。
そもそも正しいやり方知らねぇし、この体重差で足蹴ったところでこっちが痛いだけ、やる前に気づけよ俺!
姿勢が戻ったライオネルが最短距離で手を出してきた。
また張り手。しかも次は顔面狙い。
あんなのまともに食らったら意識が飛ぶ、だが躱す余裕はない、せめて軽減を――。
いや。
「んん!?」
“張り手が俺を避けた”。
どうかしていた。
今まで能力に頼ってきたからこんな簡単なことにも気づかなかった。
力を相殺できないなら、反らせばいい。
以前にも言ったが『念動落下』は瞬間的に力が加わるので、人間の反応だとやや遅い。
突き攻撃を反らされて、到着するまでに軌道修正するのは、人間の反応ではほぼ不可能だ。
そう、そうだ。
今まで見たいな力任せな能力の使い方じゃダメだ。
最適な瞬間に最適な方向へ!
そう思うと、俺は一歩後ろへ下がった。
ライオネルは俺を追うように踏み込む。
超瞬発には驚いたが、来るとわかっていれば反応できないほどの速度ではない。
右足から左足へ、重心が移る直前を狙って、左足を後方へ引っ張る!
「おっとッ」
相手の体重の1/20にも満たない力だが、意識外からの攻撃。
パランスを崩すにはそれで十分だ。
「終わりだァッ!」
最後はバランスを崩し、俺の目の前まで来たライオネルの顔面を――、蹴り下ろす!!
「ぐおぉ!?」
そのままライオネルの顔面は地面に着地し、後を追うように体も倒れた。
自身満々な相手を足蹴にして勝利、気持ちがいい!
◆ ◆ ◆
「がっはっはっ、負けてしまったな! 合格だ! 一般兵士と同等に扱ってもいいだろう!」
負け惜しみの一つでも聞けるかと思ったが、ライオネルのテンションは変わらず、豪快なままだった。
「負けたのにずいぶん嬉しそうじゃねぇか。卒業した兵士全員に負けてきたおっさんは違ぇな」
逆にこっちが悔しくなって、嫌味を言ってしまう。
「おいフランシス! 口を慎め!」
ステラに注意された。しかも略称じゃない呼び方だ。本気で怒ってるなこれは。
「がっはっはっ、いいっていいって。その通りだからな!」
さらにライオネルが笑う、どんだけ豪快なんだこのおっさん。
「卒業試験を一発合格する奴は毎年いるが、大抵膝か肘をついただけで終わっちまう。尻もちどころか顔面まで地面についたのは初めてだ! お前さん、大物になるぜ!」
「お、おう」
つーか、かなり深く切ったはずなのに、おっさんの切り傷がほぼ完治してやがる。
これが霊獣能力か。物理を越えて肉体を強化し、過剰に動物の特性を再現する。
「卒業試験、ステラの時はどうだったんだよ?」
口ぶりからしてステラも卒業試験を受けているみたいだし、何の気にしに聞いてみた。
「それは……」
ステラが少し口を濁す。
「おう、凄かったぜ。開始早々、顎に一発食らってそのまま気ぃ失っちまった。気絶までさせられたのはステラだけだな」
「は? ステラとおっさんだったら体重差150kg以上あるだろ?」
「おう、というより当時のほうが俺は筋肉あったし、ステラは小さかったからな。200kgくらい差があったんじゃねえか?」
200kg差をワンパンて。
「まあ、そんなところだ」
ステラが少々気まずそうに言う。
「40年以上前のことをまーだ気にしてんのか!」
ライオネルが笑いながら、ステラの背中を叩いた。
「ん? 何かあったのか?」
「何かあったっつうほどの事じゃねえけどな、女子に一発でKOされたってんで、情けなくってな。当時はかなり凹んだのよ。今となっては、未来の最高官吏の相手をできて光栄だって思ってるがな! がっはっはっ」
ライオネルのそれは、強がりか本心かはわからないが、ステラに気を使ってほしくないのは事実のようだ。
「つーか、おっさん何歳だ? ずっと試験管やってるみてぇだけど」
「もう数えてねえな、120は過ぎてるんじゃねえか?」
「すげぇな。ずっと現役かよ」
「おう、あと50年は引退する気ねえよ」
またライオネルが「がっはっはっ」と笑った。
「さてと、オレは次の訓練があるからよ、お前さんたちとはここまでだ」
「はい、貴重な時間をありがとうございます」
ステラが見たことない、敬礼っぽい動作をした。
おい、なんだそれ、今まで一緒にいて初めて見たぞ。いつ使うやつだ?
「えっと、ありがとうございました」
俺も見様見真似で敬礼する。
「おう、俺を完封してきた奴は、みんな大物になるんだ。お前さんもきっとなれるぜ、頑張んな!」
大物、か。
たしかに、西女神領にとっての大事件は起こすかもな。