9.ヴィヴィアの質問
パンプール内の軍事施設にある休憩室。
観葉植物と机と椅子しかない質素な部屋で、俺は一人ぽつんと、座っていた。
いや、監視員がいるから、正確には一人ではないのだが。
ステラはただいま軍事会議に出席中。刻印を持たない俺は、外に情報を漏らす可能性があるので、出席することはできない。
「はぁ、暇だな」
最高官吏であるステラが参加する重要度の高い軍事会議だ。
サッと提案して、サッと決めるわけにはいかず、俺が待っている時間は1時間や2時間程度ではすまない。
暇つぶしにステラからもらった木製のパズルを進めていく。
形がバラバラの積み木みたいなものを図と同じ形になるように組んでいくパズルで、全部で82問あるのだが、俺にかかれば1時間も持ちそうにない。
そもそも俺は子供のころから『念動落下』を使って脳を酷使することで、結果的に脳は拡張されており、空間認識能力も高い。
よって、この手の図形問題は得意分野すぎる。
「こんにちはぁ」
「ん?」
休憩室に一人の女性が入ってきた。
見かけの年齢は二十歳程度、長くふわふわとした癖のある髪を持ち、体の女性的な凹凸は大きく、頭からは巻角が生えており、瞳孔は水平に細い。
動物のモデルは羊だろうか。
つーか、ここいちおう軍事施設のはずだし、ふらふらと散歩できるような場所じゃないと思うんだが。
「お隣いいですかぁ?」
「喫茶店かよ、別にいいけどよ」
監視員の反応を見るに、この羊女はここに居ていい人間らしい。
ちょうどいい、俺も話し相手が欲しかったところだ。
「わぁい、ありがとうございますぅ」
そういうと、女は俺の隣に座った。
「って、本当に隣に座んのかよ!」
「え? お隣座っていいって、言ったじゃないですかぁ」
羊女が、困惑したような表情をみせた。
「いや、そうだけどよ」
てっきり正面に座るもんかと思っていた。
「自己紹介まだでしたねぇ。わたしはヴィヴィアっていいますぅ」
「俺はフランシス。で、何の用だ?」
わざわざステラがいないタイミングに、俺に声をかけてきたんだ。
何かしら、俺にだけ通したい話があるのだろう。
「いや、用ってほどのことはないんですけどねぇ、超常界から来たって人を一目見ておきたかったんですよぉ~」
「ふーん」
どうでもいいけど、えらくのんびりした話し方だな。長時間話してたらイライラしそう。
「超常界ってどんなところなんですかぁ? やっぱり中央界と違いますかぁ?」
「……それ聞くのが、てめぇの仕事か?」
「うふふ、そんなに警戒鳴らさずにぃ、わたしのお仕事は街の中をお散歩して、気になった人とお話しすることですよぉ~」
危険人物をあぶりだす、監察官みたいな役割か?
「まあ、いいけどよ。超常界と中央界の違い、か」
こっちに適応するので精一杯で、あんまり考えたことなかったな。
「空気の感じとか、空の感じとかは一緒だな。
重力も同じ、一日の長さも同じ。
植物は微妙に違うが、植物としての仕組みは同じだろ。
住んでる動物も同じか、亜種程度の差しかない。
文化レベル的には超常界の方がだいぶ上だと思う。
つっても、文化の発展の仕方は同じで、このまま時間が経てば、超常界と似たような感じになりそうだな。
使ってる言語も同じだし、一部ボードゲームとか神話とか、ほぼ同じものが超常界にもあったりした」
ステラと話している時は文化にだけツッコんでたが、この世界と超常界はあらゆるものが似すぎている。
俺としては、別の世界に来たというよりは、文化が違う別の国に来たって感覚だ。
「なるほどぉ、やっぱり似たような感じですかぁ」
ヴィヴィアが感心したように言うが、どうもこの辺りのことは知っていて、あくまで確認のようなものらしい。
「フランシスちゃんは超常界でどんな生活をしていたんですかぁ?」
「フランシスちゃん……」
「あれれぇ? この呼び方ダメですかぁ?」
「いや、いいけどよ」
距離の詰めかた半端ないな。
そんな呼ばれ方したの生まれて初めてだ。
「ならよかったですぅ。それで、どんな生活をしてたんですかぁ?」
どんな生活、か。曖昧な聞き方だな。
「あー……、そうだな。俺はギルドっつう、能力に合わせて仕事を仲介してくれる施設に所属してて、仕事の依頼が来てはこなしてた。何でも屋みてぇなもんだな。
今でこそ女神に能力奪い取られて、クソみてぇなことしかできねぇが、向こうじゃそれは大層な能力者で、引く手数多だった。
建造物の運搬、お偉いさんの護衛、悪の組織の壊滅、未開の地の開拓、衛星の打ち上げとか、上げきれない数の仕事を、それはもう楽しく色々やってたよ」
あの頃が懐かしい、ちょっと泣きたくなってきた。
そして、東のクソ女神に対する怒りが湧いてくる。
「はぇ~、すごい人だったんですねぇ」
「そうだよ、すごい人だったんだよ、過去形だ。
今はただのフランシス。ったく、東の女神は恨んでも恨み切れねぇ」
「はぁ~」
ヴィヴィアは相づちのような微妙な声で返答する。
「ところで、フランシスちゃんの超常能力ってどんなものなんですかぁ? 見せてもらってもいいですかぁ?」
「あん? ペネロペから聞いてねぇのか?」
「聞いてますけど、見てみたいんですぅ~。あと、わたしは聞き流しますけどぉ、ペネロペ様にはちゃんと“様”を付けたほうがいいですよぉ」
あ、やべ。
「確かフランシスちゃんの超常能力はぁ~、物体を浮かせるぅ~、能力でしたよねぇ。
最大重量は10kgでぇ、対象は一度触れたものぉ、浮かせたものは空中操作可能でぇ、10kg以上の物の重量を10kg分だけ軽減したりもできるってぇ~、聞いてますよぉ」
思い出しながら、話しているのか、ゆっくりとした口調がさらにゆっくりになる。
ちょっとイラッとするな。
「そう、俺の能力は『念動落下』、内容はさっきてめぇが説明した通りだ」
そういいながら俺は、目の前にある木製のパズルを浮かせた。
「おお~、触っても大丈夫ですかぁ?」
「問題ねぇよ」
ヴィヴィアが空中のパズルを指でつつく。
パズルの重力は相殺されていて、無重力状態なので、滑るように空中を移動し、空気抵抗によって停止する。
「面白いですねぇ、超常能力を安全な状況で体験できるとは、ラッキーですぅ」
少しすると、満足したようにヴィヴィアは立ち上がった。
「ん? もういいのか?」
「ええ、お時間いただき、ありがとうございますぅ」
なんだ、大した暇つぶしにならなかったな。
「あ、最後に一ついいですかぁ?」
「なんだ?」
「フランシスちゃんは、ステラ様のことをどう思っていますかぁ?」
どう思ってるか? また曖昧だな。
上司と部下で、唯一の友達で、秘密を共有する仲。
「んまあ、恩人だな。こっちの世界に来て一番最初に出会ったのがあいつだったから、俺は今の生活できてるわけだし」
「うふふ、そうですかぁ。ありがとうございますぅ」
その言葉を最後に、ヴィヴィアは休憩室を後にした。