1.大国級のフランシス
街の中心に佇む城を、俺は太々しく見上げていた。
「おーおー、すげぇじゃねえか。これを一代で築き上げたなんてなぁ」
見上げねばならないほど高さ、目が痛くなるほど豪奢な造り、容易には打ち破れない重厚な城壁、周囲を徘徊する無数の兵。
数々の要素が、城の主の絶大さと趣味の悪さを物語っていた。
「『マークしたポイントへの直通』……ねぇ。その能力でせっせと運搬だけやってりゃよかったのに、組織も職種も膨らんで真黒になっちまったってわけか」
右手に握るギルドからの依頼状へ、目を落とす。
俺はいわゆる何でも屋。金次第であらゆる業務を請け負う。
今回の依頼は……城の組織の壊滅。
「さて、行くか」
依頼状を宙へ放る。
砂塵が周囲を舞い、まるで意識があるかのように城へ流れこむ。
少し癖のある黒い髪を払い、白いワイシャツを縦に切るサスペンダー弾き、すこぶる悪い目つきで正門を睨み付ける。
最後にニタリと笑うと、俺は正面から城へ突っ込んだ。
「よおッ! 最期の言葉は何にする!!?」
門番が俺の声に気付くと同時に身構える。
「遅ぇッ!」
門番は唐突に吹っ飛び、自身の胴体で正門をこじ開けた。
頑丈な門に押し付けられた門番は、圧力で息絶える。
開いた正門から城の中に突入すると俺は可能な限りの大声で叫んだ。
「今日はこの俺直々にこの組織を壊滅させてやる! 抵抗する気があるなら、かかってこいクソ雑魚ども!!」
城に入ると早々に啖呵を切る。
正面突破からの挑発、それがいつものやり方だ。
「ああ!? てめえいきなり出てきて何言ってんだ!? 死にてぇのか!?」
最初のフロアにいた筋骨隆々の男が机を叩き、立ち上がった。
それにつられて数名が立ち上がる。
困惑の色を見せる者もいるが、ほとんどは俺への敵意をむき出しにした表情している。
「立ち上がったやつは戦闘参加っつーことでいいんだよなぁッッ!?」
俺はそう言い切ると同時に能力を発動。
立ち上がった数名の男がまるで巨大なブレス機で押しつぶされたかのようにはじけ飛ぶ。
恐怖と混乱が伝播する中、一人がおもむろに叫んだ。
「フランシスだ! 大国級のフランシスが来たぞぉぉぉッッ!!」
その発言によって状況を察した城の組織の連中は散り散りになって、逃げ回る。
「個人級や組織級じゃ太刀打ちできないぞ! せめて連合級……、それ以上はいないのか!?」
「そんなのホイホイいるわけないだろ!」
あるものは他人を押しのけて、あるものは地を這って、あるものは顔をくしゃくしゃにし逃げていく。
ああ、この景色が堪らない。
「悲しいなぁっ! 俺は連合級ごときで止められる扱いか!? ああ!?」
「待っ――!」
男が何かを言い終わる前に、プレスされて絶命する。
「逃げんなよ手ごたえねぇな! 加減してやってるうちにかかってこいや!」
「か、加減って、みんな瞬殺じゃないか!?」
「あぁ!? だから加減してやってんだろうがっ!!?」
それと同時に反論した男ははじけ飛んだ。
俺が所有する能力は『念動落下』。
認識した物体を自由な方向へ加速するという単純な能力だが、自慢はその最高重量。
実に百万トン!
その気になればこの城ごと押し潰せる能力だ、手加減しているという言葉に嘘はない。
「さあ、今日がてめぇらの命日だ。最後くらいは派手に散って逝きやがれ!!」
逃げる者、隠れる者、身を守る者、反撃する者。
すべて関係ない、反応する奴から順に押しつぶしていく。
「はははははははは!!」
楽しい! 楽しい!
一方的な無双! 一方的な虐殺!
俺以外はみんなゴミだ! クズだ! 家畜だ豚だ! クソ雑魚だ!
そう確信し、何の罪悪も感じず人を粉々にしていく。
「そこまでだ!!」
通路の先から一人の男が現れる。
「オーバン様だ! 連合級のオーバン様が来たぞ!」
組織の連中が歓喜の嵐に包まれる。
連合級とは、一般能力者である個人級の一万倍の影響力があるとされる能力者へ与えられる称号。
少しは骨があるやつが来たってわけか。
「ふんっ」
オーバンと呼ばれた男が手を前に出すと、俺は首に異変を感じ取る。
まるで喉を掴まれたような感覚。
実際の手に連動して動く、見えない手か?
だがこれは、単純に遠くのものに干渉するだけの能力じゃないな。
それだけの能力で連合級と呼ばれることはないし、何より独特な握られている感覚。
おそらく“力で抗えない”タイプの能力だ。
つまり喉輪をされている今、オーバンとかいう奴が手を握りしめた時点で俺の首がはじけ飛ぶ。
「死ぬがよい!」
“オーバンの”首がはじけ飛んだ
最も俺は、個人級の一億倍の影響力があるとされる大国級。
『念動落下』ならオーバンが手を握り締めるまでに数百人殺せる。
「手を首にハメてそっから握るとかくそおせぇ攻撃俺に通用するかよ!? なぁ!?」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
小さな希望を10秒足らずで消し飛ばされた組織の連中は再び絶望の淵に落とされ右へ左へと腰を抜かして逃げていく。
「直接干渉できる能力があるんなら、わざわざ名乗り出ずに不意打ちきめりゃよかったのによぉ!」
まあ最も、俺はとある方法で周囲を感知しているので、仕草から俺への勝算を持っていると感じた奴は、何かする前に殺しているのだが。
「さて、パターン変えてくか!?」
言うと同時に俺は宙に舞い上がる。
それにあわせて周囲の物体も浮かせ、俺を中心に公転させる。
「オラオラッッ! 俺が飽きる前にもっと有効そうな能力者連れてこいよ!! 幻覚、空間移動、物理反射、精神干渉なんかいろいろあるだろうがやってみろや!!」
そういえばここのリーダーも空間系能力者だったな。
などと思いながら俺は直接能力で押しつぶすのをやめ、公転する物体を組織の連中へと叩きつけた。
机や椅子、旗や絵画。そこらにある雑多なものでも俺の能力で打ち出されれば砲撃へと化す。
「お?」
空中を高速で移動しつつ、周囲の人間を砲撃していると、一つの表札が目に入った。
『会長室』
ちょうどいいな、騒ぎを聞いて逃げられたら困るし、先に殺っとくか。
俺は空中浮遊をやめると、そっとドアノブに手をかけた。
瞬間、周囲に血しぶきが飛ぶ。
自身の体を見ると、血で真っ赤に染まっていた。
「あ……、くそっ」
苦痛から顔がゆがむ。
そう、騒ぎを察した会長が俺の背後へ瞬間移動し、首を掻っ切ったのだ。
まさか迎撃してくるとはな、うかつだった
「反射的に殺したせいで、返り血浴びちまったじゃねぇかクソ!」
もちろん、会長の行為は未遂に終わったのだが。
「ま、これで任務の半分は達成。あとはこの組織を再起不能にするだけか」
適当に構成員ぶっ殺して、城ぶっ壊せばOKだろ。
「……ボスがあっさり死に過ぎて興ざめだしもう潰すか」
城に百万トンの圧力をかける。
瞬時に城は崩壊し、轟音を立てながら構成員を押しつぶしていく。
もちろん、俺自身は能力でガードしているので無傷だ。
「よーし、これで任務完了だな」
多少生き残りもいるだろうが、誤差の範囲だろ。
「あー、それにしてもつくづく……」
瓦礫の頂点に立つと空を見上げて心の底から思い、叫ぶ。
「自由に暴れて! 殺して! 金をもらえて! その上ありがたがられるとか!!
……この仕事、最高だなッッ!!」
俺の心には何の不満もない、不安もない、頼まれたって今の生活を捨てることはないだろう。
だが、運命の日は突然やってくる。
「……あ? なんだアレ?」
それを認識したときには、俺は光に包まれていた。