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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
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五駅目

 次の日、休憩室の男子部屋から出てみると、ソファーにぽつぽつと座ってくつろいでいる人の中に穂ちゃんの姿を発見した。彼女は僕を見つけると、いつものように笑顔で会釈して、ドアの方を指差した。どうやら他の二人はまだ寝ているようだ。

 二人で連れ立って待合室へと向かった。

 売店近くのテーブルに向かい合って座る。日の光の無いこの場所で、時間の流れもないけれど、コーヒーの香りが朝を感じさせる。

「穂ちゃん、休憩室で志乃ちゃんに会ったりした?」

「いいえ。姿は見ていませんが、カーテンが閉まっていたので寝ているのだと思います」

 そっか。一応存在の確認はできているのか。

「ごめん。僕のせいで……」

「琴似さん、昨日朱里さんも言ってましたが、琴似さんのせいだとは思っていません。そのうちきっと和解できる機会が来ます。だから、あまり気に病まないでください」

「ありがとう……。あのさ、その件で一つ気になっていることがあるんだけど、聞いてもいいかな?」

 穂ちゃんは少し困ったような表情を浮かべて少しだけ考えた後に「……答えられる範囲でしたら」と言ってくれた。

「あのお婆さんのことなんだ。あの格好から1945年辺りから来たんだろうって思うんだけど、一体どういう人なのかなって。ここのルールのことも知らないみたいだけど……」

 穂ちゃんは少しホッとした様子で頷くと、お婆さんについて教えてくれた。

「お婆さんの名前は美園タツさん。年齢は確か、50歳位だったと思います。琴似さんの予想通り、太平洋戦争真っ只中の時代から来た方です。1945年から来たそうです。東京に娘さん御夫婦が住んでいるそうなのですが、空襲があって連絡が取れなくなったので探しに行く途中らしいです。美園さんはちゃんとルールのことは知っているんですよ。それなのに、帰りたくないばっかりにああして未来のことを聞いてまわっているようなんです」

 家族の安否が気になるのに、どうして帰りたくないんだろう?知るのが怖いから?死んでいる可能性が高いから?

「そっか。なんか、悲しいことだね。美園さんのもっと詳しい事情を聞いている志乃ちゃんからしたら、僕があんな対応したのは腹立たしいことだったよね」

「琴似さん……」

「うん、わかってるよ。大丈夫。それにしても、どうして帰りたくないなんて思えるんだろう?変な人が沢山居るし、駅員も怖いのに……」

「大なり小なりひとそれぞれ抱えているものがありますから。ここに居る『だけ』でしたら、お金も何も必要無いですし、苦労も努力もしなくていいですから」

 確かに、ここに居る限り勉強や親に追われることはないし、お金も食べ物も、無理にファッションを気にする必要さえ無い。

「……そうだね」

「心当たりがあるんですね」

「まぁ……ね。僕は一人っ子だから、親がうるさくてね……。昔から親が勉強以外するなって、そればかりだったよ」

 苦笑いになる。

「穂ちゃんも、何かあったりするの?」

「そうですね……。うちも似たようなものです」

 穂ちゃんは、少し考えてから、一口だけコーヒーを飲んでから口を開いた。

「琴似さんの通ってる学校、実は私、そこに行くようにって両親から言われてまして……」

「そっか。それじゃあ……ダメだやめておこう」

 つい学校の内情を言いそうになったが、下手をすると未来の話のルールに抵触するかもしれない。

「あ、そうでしたね。すみません。でも、学校見学とかもさせられたので、入った後のことも大体わかっています」

 いくら偏差値が高くて有名大学への進学率も良くても、余程何か目指す物でも無い限りはあんなところに三年間も通いたいとは思えないだろう。知っていても尚、となると、まさか穂ちゃんも僕と同じなんじゃ……。

「もしかして、穂ちゃんも親がうるさい感じ?」

「……はい。私、三人兄弟の末っ子で、上に兄と姉が居るんですけど、二人とも凄く優秀で。私は出来が悪いのに、兄や姉と同じようにと求められるんです」

「比べられるのか……。それは、余計に辛いね。一人っ子だから比べられる辛さは……、申し訳ないけれど想像もつかない」

「いいえ、そんな……。一人っ子だって辛いですよ。重圧が全てのしかかってくるのだって、きっと辛いです」

「……、いいや、比べるものじゃないね。辛さなんて」

「そうですね。……それにしても、未来の話はしちゃいけないなんてルール、やっぱりザルですね。琴似さんが私を知らないってことは、私はきっと受験に失敗してしまったってことですから」

「悲観するのは早いと思うよ。ここは何でもアリっぽいところがあるから。僕の穂ちゃんに関する記憶を消されてることだってあり得る。単純に学年が違うから会ったことがなくて知らないだけって可能性もある」

 元気づける為に適当なことを言ったけれど、穂ちゃんは特徴的な髪の色をしている。校舎で一度でも見かけたなら忘れないだろう。記憶操作されている可能性を疑っていないでもないけれど、そこまで駅長が都合よくできるものなのだろうか?

 それでも、もし帰ることが出来て、目が覚めたら、やっぱり穂ちゃんが同じ学校だったと思い出せたらいいと思う。

 あの殺伐とした空気が蔓延する校舎に彼女が居てくれたら、少し救われる気がする。

「……、そうですか……、そうですね。そうだといいな」

「僕はそうであって欲しいと思ってるよ」

 互いに微笑みあう。この和やかな時間がもっと続けばいいのにな……。

「あ、せっかく話に出たので一つだけ。帰りたくなくて黄昏駅に留まっている方の中に、もう一人困った人がいます。名前は円山望さん。1988年から来た方です。24歳で、デパートの受付嬢だそうです」

「1988年……、バブリーな時代だね」

「はい。時代が時代なので、古臭い感じは否めませんが、とてもお綺麗な方なんです」

「帰りたくない理由が見当も付かないな。それに、一体どうして困った人なの?」

 美人な女性で仕事も安定。男にふられて世を儚んだのかな?それでも、一体何をやらかす人なのか、想像もつかない。

 考えながら口元にカップを運ぶ。

「私は彼女の姿をチラッとしか見たことがないので朱里さんからの又聞きになるのですが、男性に身体を使って貢がせているそうなんです」

 飲みかけたコーヒーを噴いてしまった。

「身体って……」

 むせながら思わず聞き返してしまう。

 まさか穂ちゃんの口からそんな生々しい発言を聞くことになるとは思わなかった。

「はい、……その、身体を提供する代わりに色々な物をおねだりするそうなんです。……琴似さん、大丈夫ですか?」

 穂ちゃんはポケットからハンカチを取り出して僕の口元を拭いてくれた。

「……ありがとう。それは……確かに困った人だね。女性相手に邪険に出来ない分余計に」

「そうなんです。琴似さんは特に気をつけて下さい」

 穂ちゃんは言いながらポケットにハンカチをしまった。それにしても、あのハンカチ、どこかで見たような……。

 もう一度ハンカチを見せてもらおうとした時、「あ、皆さん来ましたね」と穂ちゃんがドアの方に手を振ったことで、タイミングを逸してしまった。

 ま、今度機会があったら聞けばいいか。

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