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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
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三駅目

 目が覚めて、身支度を整えてソファーの部屋へ行くと、そこに居たのは晶子さんだけだった。

 晶子さんは僕に気付くと、指で廊下へ続く扉を指した。室外へ出ろということだろう。

 廊下へでて一つ、大きなため息を吐く晶子さん。

「朱里さん達はまだ寝てるんだ。そこ、喋れなくてくさくさするから待合室行こう」

「いいんですか?」

「うん、大丈夫。先に起きて、もし琴似君が居たら待合室行ってるって言ってあるから。ベッドにカーテンしてなかったら起きてるってサインにしてるの」

「そうなんですか。女子部屋って喋ってても大丈夫なんですか?」

「別に、男部屋程変な人はいないからね。平和なものだよ。小さい声で少しだけ連絡事項を話す位なら誰も文句言わないよ」

「羨ましいです。ジロジロ睨んでくる感じの悪い人や人の服盗もうとする人が居ないって、いいですね」

 そう。男子部屋には、人が入ってくるのをいちいち監視している奴が何人か居る。そいつらはベッドに居て、カーテンから目だけを出して睨んでいるだけなのだけれど、どうにも気味が悪い。

「えっ……、盗まれたの?」

 晶子さんは盗みの方に気が行ったようだ。

「いいえ。洗濯機の中にあったので大丈夫でした」

「へ?どうして?」

「……、やっぱり知らなかったんですね。盗人が洗濯機に手を掛けたら駅員が出てきたんですよ。多分ロッカーやベッドも同じことが起こるんじゃないかと思います」

「知らなかった。そんなことになるんだ」

「もしかすると、休憩室の中は結構安全なのかもしれません。睨んでくるばかりで絡まれるようなことが一切なかったのは、何かしようものなら即駅員が出てくるからなのかもしれませんね」

「そっか。今まで女子部屋に変なのが乱入してこないのもそういう理由なんだね」

 待合室に入り、コーヒーを飲んで一息吐く。待合室には人の姿は全く無く、居るのは売店員だけ。

「ね、琴似君の制服ってあの偏差値高くて有名な高校でしょ?頭いいんだね」

「あの制服、そんなに有名ですか?」

「まあね。エリート養成学校みたいなもんだから、今のうちにって狙ってる子は結構いるよ」

 初耳だ。まぁ、僕にそんな話をしてくれるような友達がいないだけなんだけど……。

「そんなもんなんですかね。僕みたいに見た目冴えない勉強しか出来ない奴の集まりだと思いますけど……」

「うん。実物見てそう思った」

「……容赦ないですね」

 そこに、ドアが開いて誰かが入ってきた。見て、ギョッとした。

 ボロい服を着たお婆さんだった。上は着物のような感じの物を着ていて、下はモンペ……だろう。

 前に一度だけ、夜にコンビニに出掛けた時の帰り道、何故か旧日本軍の軍服を着て歩いていたオジサンが居たが、幽霊ではないかと恐怖したことがある。

 今、それと同じ物を見ているようで、幽霊ではないとわかっていても怖い。

「ちょっと琴似君、露骨に見ないの。目をあわせたりするのもダメ。あと絶対に何も言っちゃダメだからね。いい?」

 晶子さんは僕にだけ聞こえるよう小さな声で言った。僕は何度もそれに頷いた。

 とにかく、何も見なかった、聞こえなかったことにしてコーヒーに専念しよう。

 お婆さんは、あちこちきょろきょろとしていたが、他に誰も居ないとわかると、僕達の居る方へ歩いてきた。

 気付かないふりをと思っていたが、お婆さんは晶子さんの方へは行かず、僕の方に向かってきた。

 格好のホラーさもあるが、それ以上に顔が怖い。

 近くまで来て僕をジロジロと見ていたお婆さんだったが、何を思ったか突然僕の腕をガッと掴んだ。

「ああ、あんた。あんたここ来たばっかりだろ。そんなら知ってるだろ?なあ、日本はどうなるんじゃ?日本は勝つんじゃろ?なあ?」

 どうしよう?

 助けを求めるように晶子さんを見るが、晶子さんは首を横に振るばかり。

「なあ、教えてくれ。日本はこれからどうなるんじゃ?」

 掴んだ僕の腕をゆっさゆっさと揺すってお婆さんは尚も訊く。

 何も言わずにただお婆さんを見るが、お婆さんは同じことを延々と繰り返す。

 一体いつまでこのままなんだろう?

 ……、もう限界だ。

「すみませんが、仰っている意味がわからないです。分らない事があるなら駅長さんにでもお聞きになってください」

 なるべく穏便にと言葉を選んだつもりだった。けれど、お婆さんの顔はみるみる真っ赤になり、怖さが増しただけだった。

「お前、知ってるんだろ!年寄りを馬鹿にするんでねぇ!?知ってることを吐け!この!」

 怒りがヒートアップしたお婆さんはバシバシと僕を叩き始めた。

 痛くはないけれど、不快だ。

 晶子さんは『あーあ』って表情で顔に手を当てている。自分に飛び火するのが嫌なのか、助けてくれる様子は一切ない。

 これはもう……、仕方ない。

 すうっと息を吸い込んで声を出すべく口をあけた瞬間――

「お婆さん、どうなさったんですか?」

 志乃ちゃんだ。

 よく見ると朱理さんと穂ちゃんも居る。

 志乃ちゃんは宥めるようにお婆さんの肩を抱いている。

 ようやく会話が出来る相手とめぐり合えた様子でお婆さんは涙ながらに訴えた。

「この若造、知ってるくせに吐かんのじゃ。婆と思ってバカにしおって!」

「お婆さん、それは違います。この男は本当に頭が悪いので知らないのですよ。訊くだけ時間の無駄です」

 酷い言われようだが、そう思われたほうがこの際楽かもしれない。

「……そうなんか?」

「はい。そうなんです。ですから、あちらでお茶でも飲んで落ち着きませんか?」

「ああ、そうしようそうしよう」

 志乃ちゃんはそのままお婆さんを連れて別のテーブルへ移動した。それにしても、志乃ちゃんは大丈夫なのだろうか?

「志乃は大丈夫だよ。あの婆さんの扱いには慣れてるから」

 朱里さんは特に心配する素振りも無く、晶子さんの隣に腰掛ける。

「それより琴似君、何で声出しちゃうかなぁ?」

「すみません。でも、あのままじゃ……」

「相手にしないで目も合わせず黙って我慢してればその内どっか行ってくれるんだよ」

「その内って……、延々続きそうだったじゃないですか」

「もーあと少しってトコだったんだよ。我慢が足りない」

「晶子さん、もうその位で……。先にもっときちんと説明しておくべきでした。琴似さん、すみません」

 穂ちゃんはすまなそうに頭を下げた。

「穂ちゃんが謝ることじゃないよ。僕の我慢が足りなかったのは本当のことだから」

「ま、お前もこれでよくわかったろ。とはいえ、志乃のお陰でもう絡まれることもないだろうけど」

「じゃあ、今のうちに説明しておこうか。変な人の対処法」

「だな。私らは安全の為と帰る為に群れてるけど、他は基本的に他人との接触は避けて自分の電車をただ待ってる。そいつらは話しかけてきたりしないし無害だから、こっちからも絶対に話しかけたりとかはしない。そーゆーのはそこに居るけど居ない人扱いでいい。福住みたいな暴力が伴いそうな絡みをしてくる奴には問答無用で駅長を呼ぶ。あの婆さんみたいのはさ、実は今もう一人居るんだけど、そういうのは徹底的に無視。目を合わせるのもダメ。無心になって無視。こっちがちょっとでも相手にしようもんなら徹底的に食いついてくる。志乃はああ見えて年長者の扱いには慣れてるんだ。だから上手く適度に嘘を言ったりしてあしらうこともできる」

「琴似君如きが適当にあしらえる相手じゃないの。特に君の場合、対人スキルめっちゃ低そうだもん。だから何も言うなって言ったんだよ」

 確かに僕は対人スキルが低いから人あしらいも下手だ。否定するつもりは無い。けれど、ただ黙ってるだけでどうにかなるなんて、それこそ考えが甘いとしか思えない。

「ただ黙ってて本当に収まるんですか?あんなのをずっと毎回我慢し続けなきゃならないんですか?」

「そーだよ。そういえば、志乃が声掛ける前、何か言おうとしてたみたいだけど、何言うつもりだったの?」

「駅長を呼ぼうと……」

「そりゃ無駄だ。駅長は何もしちゃくれない。暴力に関しては相応のペナルティーを与えるけど、ただ絡んできて何か言うだけの相手に対してはノータッチだ」

 腕を掴まれたし、軽くだけど叩かれた。けれど、そんな程度では駅長は相手にしてくれないらしい。

相手がお婆さんで、僕よりもずっと弱い相手だからだそうだ。武器でも持ってきていれば話はべつなんだろうけれど。

「そう。だから黙って放っておくしかないの。下手なこと言って相手をヒートアップさせても無意味なの。逆にこっちがキレて手をあげようものならこっちがペナルティーを食らう羽目になるんだから」

「ペナルティーって?」

「警告は三回まで。それ以上警告を食らうと『連行』されちゃうの。現行犯で駅長を呼んだ時にカウントされるんだけど、一回殴る毎に1警告。三回殴られた後に駅長呼んだらその時点で連行。但し、殴られても駅長呼ばなかったらそれはカウントされないの。例え死んじゃったとしても、駅長が呼ばれなければお咎めなしになっちゃうんだ」

 つまり、どこかで背後から襲われでもしたらそこで終わり。犯人は野放しのまま、殺され損になってしまう。

 ここで一人で行動することの恐ろしさを、ようやく実感できた気がする。

「その場しのぎに逃げようなんて思うなよ。毎度逃げなきゃならなくなるからな。初対面時にキッチリ相手にしない態度を取っておけば相手もそう認識して近寄らなくなる。逃げれば逃げるだけなめられるだけ。そして、口が上手くないのなら黙っているのがここでは最上の防御ってことだ」

「……よくわかりました」

 自分の浅はかさと、ここの怖さをようやく理解して、項垂れた。今まで何となくの曖昧な態度でのらりくらりと生きてこれたけれど、ここではそうはいかない。この先、自分の行動一つで自分だけでなく仲間にまで迷惑が及ぶことになる。仲間と認識できた人間以外には、常に毅然とした態度を貫かなければならない。



 暫くして志乃ちゃんが戻ってきた。けれど、その表情は険しい。

「志乃ちゃん、面倒をかけてごめん……」

「琴似さん、あなたは年上を敬うということが出来ないのですか?」

「僕は別にそんなつもりじゃ……」

「あのお婆さんは彼女なりに必死なんです。ルールのことがあったとしても、あのような中途半端で思いやりの無い言葉をかけるのは人として問題です!」

「志乃、落ち着け」

「私、やっぱりあなたが大嫌いです。こんな人を仲間だとは思えません。どうしても彼が必要だと仰るのでしたら、私は抜けます。一人ででも帰ってみせますから」

「志乃ちゃん、落ち着いてください。一人でなんて無茶です」

 志乃ちゃんはその言葉を無視して一人、待合室から出て行ってしまった。

「あ~あ。やっちまったな」

「仕方ないよ。志乃の頭が冷えるのを待とう。穂、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 朱里さんと晶子さんは諦めモードで後を追うようなことはしない。穂ちゃんはまだ心配そうな顔をしている。このままでいいとは思えない。追いかけて、ちゃんと謝ってこよう。

 そう思って席を立つが、すぐに晶子さんから制止の声がかかった。

「待ちなさい、琴似君。今行っても無駄だよ」

「ですが……、こんなところで女の子一人じゃ危険です」

「大丈夫だよ。幼稚園児じゃないんだし、十分警戒して行動するよ」

「それでも、僕のせいで抜けるというなら僕が離れればいいわけですし」

「琴似、座れ」

 朱里さんが有無を言わせない声で命令する。

「志乃を一人で放置するより、お前を放置する方が危険だ。お前は男だが、ここに来たばかりだ。まだ知らないこと多過ぎる。ここで一番の弱者は情報を持っていない奴だ。知らないが故に変な場所に行って殺されたり駅員に連れて行かれる可能性がある。騙されておかしくなって私達が警戒しなきゃならない人間の側になってしまう可能性もあるんだ。マトモな人間が少ないこの場所で、協調できる人間を減らしたくない」

 自分が男だからある程度は大丈夫と過信していた。確かに僕は知らない事が多過ぎる。そのせいで騙されたり、酷い目に遭わされたりすることもあるとまで考えてはいなかった。僕は、本当に浅はかだ。ついさっきここの怖さを理解して認識できたはずだったのに……。

 すっかり打ちのめされた僕は大人しく椅子に座った。

「理解したようだな。それならいい。それと、志乃がカッカしてるのは別にお前だけのせいというわけじゃないから、そこまで真剣に悩むことはない。あいつは少し『察してちゃん』なところがある。来たばかりで周りとの距離感も状況も掴めてない状態のお前に求めるのは間違ってる」

 僕の様子を見ただけでしっかり反省しているのだと判断してそれ以上咎めない朱里さんを意外に思った。もっと言われるものだと覚悟していたのに。現に、朱里さんが説教を打ち切る時、晶子さんは『え、もうお終いにするの?もっと言ってやらないの?』って顔をしていたが、朱里さんはそれを目で制していた。

 朱里さんは、僕が思っているよりもずっと色々と考えて加減して叱ることが出来る人なんだな。

 それにしても、やはり志乃ちゃんは福住と何かトラブルがあったのだろう。朱里さんが遭えてそれがどんなものだったのかを言わないのは、その内容がとてもよろしくない物だったのだと推測できる。そして、恐らく志乃ちゃんはお婆さんの事情や背景を詳しく知っていてそれに同情しているからこそ、無碍にした僕を許せないのだということも。

「ま、とりあえずこの話はこれくらいにしよう。これ以上話し合ってもしょうがないし。さ、練習始めるぞ」

「そーだね。来るべき日の為に琴似君を扱かないと」

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