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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
3/21

二駅目

 朱里さんは自分が説明するから先にホームへ行って用意しているようにと他の三人に言って、今僕と朱里さんだけが休憩室の前の廊下に立っている。

「ここが休憩室。入ってすぐは男女共同スペースで、ソファーとドリンクの機械があるんだ。そこから男女の部屋に分かれている。入って直ぐの所の片面がロッカーで、もう片方にカプセルホテル的なベッドがある。奥の扉にトイレとシャワールームがある。女子部屋は右にベッドで左にロッカーだけど、男部屋が同じかどうかは知らん」

 そりゃそうですよね。知ってたら逆に怖い。

「あの……、どうして中で説明しないんですか?」

「中で喋ってるとうるせーって文句言われるんだよ。だから中に入ったら他の人とは会話しないこと。話しかけられても無視しろよ」

「無視するんですか?そんなことして大丈夫なんですか?」

「先ず何よりもルールのことがあるからな。特に男部屋の中の人はほぼここに住み着いてるのしかいない。変なのが多いんだ。用心の為にも声を出さないのが一番。手を出されるようなら即駅長を呼ぶこと」

「わかりました」

「よろしい。あと、着替えたらソファーの部屋で待ってろよ。一人で絶対行動しないこと」

「はい」

「あ、忘れてた。ロッカーは専用のが出来てるって話は覚えてるよな。ベッドも同じだから。自分の名前探してそこを使うんだぞ」

「そうなんですね。教えてくれてありがとうございます」

 知らずに他人のベッドで寝たりすることにならなくて良かった。清潔云々の問題もあるけど、トラブルになりかねない。一人で誰のサポートも無いところで、しかもヤバそうな人ばかりの所へ行かなきゃならないのだから出来るだけトラブルを自分から引き寄せることはしたくない。

「よし、じゃあ中入るぞ」

 朱里さんがそう言ってドアを開けた。

 ゆったりとした広い部屋で、二人掛けのソファーでティーテーブルを挟んで向かい合っている席が5つある。入って左側の手前と奥に扉がそれぞれあり、手前のプレートに『女』、奥に『男』と書かれている。入って右奥の所に待合室と同じドリンクサーバーが見えた。

 朱里さんは何も言わずにさっさと空いているソファーに腰掛けた。すぐに移動しない僕を見た朱里さんは、さっさと行けという様子で男子部屋をぐいぐいと指差す。

 何度か朱里さんに向かって頷いてから、意を決して男子部屋のドアを開ける。中へ入ってみると、中は予想よりもずっと広々としていた。女子部屋とは逆で右側にロッカーが並び、左側にカプセルホテルのようなベッドが並んでいる。

 ロッカーは僕の身長よりやや高い位の縦長のもので、一応鍵が付いている。僕の名前の物は真ん中の辺りにあった。両隣は名前が書いていないので空なのかもしれない。

 ベッドは4段になっている。上るのが少し大変そうだ。足音をなるべくたてないようにゆっくりと進んで自分のベッドの場所を探す。ベッドはほぼ端の、シャワールームへ繋がるドアの近くの一番下にあった。梯子を上らなくて済むことに安堵した。中を覗いてみると、ちゃんとシーツや毛布、枕が揃っていて、ベッドランプまであった。カーテンを閉めれば外から見られることもなく、割と清潔感があって快適そうだ。

 手早く着替えを済ませて朱里さんと合流して、練習場所となるホームへ向かった。



 練習はごくシンプルだ。一人が駅員役をして他のメンバーが交代で走る。役割を交代しつつそれを繰り返す。それぞれの走るスピードや走り方をちゃんと見て、遅いようならどうしたら早くなるかとアドバイスもする。単純な練習なように見えるが、駅のホームはそんなに余裕があるほど幅広ではない。馬鹿みたいに長いくせに、その分横幅が狭い。その関係で、階段の横は狭くて走りにくい。実際に走る時は、落下防止の為に電車の車体がある方を走る。

みんなの体力が限界になった頃、練習を終了した。



 練習が終わったら、今度は待合室で飲み物を片手に反省会。

「琴似、お前疲れてくると階段さっさと降りるの、何とかしろ。きっちり端の方まで行ってから降りないと次の奴が困るんだぞ」

「はい、すみません」

 そう。どうしてか、疲れてくると判断能力が鈍り、ミスを連発してしまう。試験でもそうだった。どう頑張ってもこれは精神力の問題だ。もっと気をつけないと……。

「初日であれだけ走れたんです。もっと練習して慣れれば大丈夫ですよ、琴似さん」

 穂ちゃんのフォローで少し心が軽くなる。そうだ。練習して慣れて、皆の足を引っ張らないようにしよう。

「確かに。琴似君、意外と足早かったよね。志乃より遅いんじゃないかと思ってたのに」

「志乃は足の蹴りがまだ甘い。もっと速くなれるから、頑張れよ」

「はい」

 こんな感じで反省会をして、終わったら休憩室でシャワーを浴びて寝て……の繰り返しがこれからの日々のルーティーンになるのだと朱里さんが教えてくれた。



 休憩室に戻ってから、面倒くさくなって着ている物を全部脱いで全自動(乾燥までしてくれる!)洗濯機に放り込んでそのままシャワーを浴びる。シャワーを浴びて戻る頃には全て終わっている。

 シャワーを浴びて服を取りに行こうとすると……、僕の使っていた洗濯機の前に人が居る。思わず声を挙げそうになったが、ぐっと我慢をしてシャワーの個室に足を戻し、カーテン越しに様子を見る。もし盗もうとしたら駅長を呼ばなければ……。

 そいつは案の定、洗濯機の蓋に手を掛けた。すかさず駅長を呼ぼうと口を開こうとした瞬間、洗濯機から無数の手が飛び出してきた。場所も忘れて腰を抜かしそうになった。けれど、それは盗人も同じだった。奴は物凄い悲鳴をあげて慌てて逃げていく。呆気に取られている僕の前を通り過ぎ

て、そのままシャワールームから出て行った。

 こんなことがあるなんて説明はしてもらってはいなかった。とは言え、晶子さん達は僕が他人の持ち物を物色したりしないと信用してくれているからこそなのかもしれない。単に他人の持ち物やロッカーやベッドなんかに触ったことがなくてこのシステムを知らないだけなのかもしれないけれど。

 これはもしかすると、ロッカーやベッドも、本人以外が勝手にそれらに手を掛けた瞬間に駅員が出てくる仕組みになっているのかもしれない。

 とにかく、盗人が戻ってくる前に服を着てベッドに入った方が良さそうだ。

 布団に潜りこむと、少しホッとした。散々な日だった。

 いきなりわけのわからないところに来てしまって、駅員に追い掛け回されてびびったり、記憶を少し失ってしまったり、かと思えば走る練習したり、服を盗まれそうになったり……。

 ああでも、悪いことばかりでもなかった。晶子さん達のお陰でここのルールを知って安全に過ごせそうだし、電車さえ来れば帰れる希望がある。それに……。

 思い出すのは穂ちゃんの優しい笑顔だった。

 彼女の笑顔は、人を安心させるものがある。それにしても、どうして僕は彼女にどこかで会ったことがあるなんて思ったんだろう?

 もし会ったのなら何時だったのか、何処だったのか……。

 結局何も思い出せないまま、眠りについてしまった。

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