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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
17/21

Case 澄川志乃

 優しい両親の元で育ちました。

 地元の公立の学校はどこも荒れていて、そんなところに子供を通わせることに不安を感じた両親は、私をエスカレーター式の私立へ通わせることにしました。

 私はそんな両親に感謝しています。

 何かイベントがある度に親族で集まってお祝いする習慣のあった家なので、しょっちゅう顔を合わせる祖父母や親族達もとても優しい方達です。

 家に何一つ不満なんてありません。


 ですが、学校は違いました。小学4年生の頃からいじめられるようになったのです。何がきっかけだったのかは全くわかりません。

 自分の何が悪かったのかさっぱりわからないまま、それまで仲が良かった子がどんどん離れていき、ひとりぼっちになってしまいました。

 こそこそと陰口を言われるようになり、それは次第にエスカレートしていきました。物を隠されたり捨てられたり、やってもいない罪を着せられたり……。

 優しい両親を悲しませたくなくて何も言えませんでした。

 いじめは中学に上がっても続きました。小学校からの持ち上がりでメンバーが変わらないので仕方が無いのかもしれません。

 ずっと耐えてきました。学校という閉鎖された狭い空間で、助けを求めることも出来ずに、ただ、耐えてきました。

 そんなある日の朝、通学の為に電車に乗りました。その日、本当に偶然目の前の席が空いて、座ることができたのです。お恥ずかしいことですが、そのまま居眠りしてしまいまして、着いた先は黄昏駅と呼ばれる異質な空間でした。

 このまま電車に乗り続けて困ったことになるよりはと思い、電車を降りました。駅の職員を探してあちこちウロウロしている時に会ったのが円山望でした。



「すみません、駅員さんがどこにいるかご存知ありませんか?」

「あら、あなたここに来たばかり?」

「はい」

「そう。それじゃあ、ここのこと、教えてあげる。着いていらっしゃい」

 円山はそう言って私の手首を掴んで歩き出しました。

 黄昏駅のルールをかいつまんで教えてくれながら歩いていました。

 ですが、円山は急に私を引っ張ると、首に巻いていたスカーフで私の口を塞ぎました。

「福住、いいわよ」

 背後からニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた中年男が歩いてきました。

 私はわけがわからず混乱してしまいました。

 円山が後ろから私を羽交い絞めして身動き出来ません。

「ああ、悪くねえな。じゃ、頂くぜ」

 福住は私の制服に手をかけました。

 これって、もしかして……。

 自分がこれから何をされるのかを理解して、声を出そうとしますが、スカーフに阻まれて大きな声が出せません。それに、こんな所で声を出して、一体誰が来てくれるというのでしょう?

 とにかく必死になって自由の利く足をばたつかせて抵抗しました。

「大人しくしてろよ」

 苛立った福住が私の足を力任せに殴りました。

 痛い。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのでしょうか?私が何をしたっていうのですか?

 それでも泣きながら、無駄とわかりながらも抵抗しました。

「何やってんじゃーー!?」

 声のする方を見ると、お婆さんが仰天した様子でこちらを指差しています。

 円山はチッと舌打ちをしてその場から逃げていきました。

「あっ、ちょっ、待てよ!」

 あまりに素早く逃げていった円山に驚いて福住は混乱している様子です。

「駅長ーーー!来てくれーー!」

 お婆さんは尚も声を張り上げます。

 すると、福住の手が私から離れました。福住の真後ろには、2m位のずんぐりとした大きな何かが現れていたのです。

 駅職員のような服を着ていますが、顔が真っ黒で丸く、目が電球のように黄色く光っています。どう見ても人間じゃありません。

 これが、駅長なのでしょうか?

「オマエ ケイコク ニカイメ ツギ アウト イイカ」

 福住は恐ろしさからか声も出せないようで、ただ頷くばかりでした。

「イイカ キイテル コタエナイ アウト」

「はっはははははい!はい!わかりました!」

「ワカレバイイ」

 駅長はそれだけ言うと、福住を無造作に軽々とぶん投げました。

 ブン投げられた福住は、地面に叩きつけられましたが、すぐに起き上がって逃げていきました。

「シゴト オシマイ モウイク」

 駅長はその声だけを残してスッと消えてしまいました。お婆さんの姿もどこにも見当たりません。

 ですが、先程のお婆さんの声を聞いた晶子さん達が駆けつけてくれて、ここのことを詳しく教えてくださいました。

 それから皆さんと色々話して次第に打ち解けていく内にそれぞれの抱えているものの話になりました。もちろん私も、それまで両親にも話していなかったいじめのことを話しました。

 そこで朱里さんが言いました。

「志乃、やられっぱなしでいいのか?」

「……それは、嫌です。ですが……どうしたらいいか……」

「なら、やりかえしてやれ」

 朱里さんはあっさりとそう言いました。

 あまりのことに、私は声も出せません。

 晶子さんはその言葉にぶほっと飲んでいたコーヒーを噴き出してしまいました。

「朱里さん、それはちょっとハードル高すぎじゃない?」

「そうです。そんなこと……」

「いいか?出来る出来ないじゃなく、やるかやらないか、だ。このまま大学卒業するまでそのままだぞ?いや、一生そのままかもしれない。その前に更に酷くなったらお前、殺されるかもしれないんだぞ?そんなの嫌だろ」

 朱里さんの言うことは正しく、私は頷くことしか出来ませんでした。

「いじめてる奴は群れてなきゃ何も出来ないダセェ人間の集まりだ。全員叩くのが無理でも一人、リーダー格の奴を一人叩けば周りは逃げてくもんなんだよ。そいつをぶん殴ってやれ。フルボッコだ」

「暴力は……」

「既に殴られてるんだ。正当防衛だ。それに相手は女なんだろ?いっぺん『コイツは怒らせたらヤバイ』って植えつけさせればそれ以上手出ししてこねえよ」

「そんな……。今まで誰かに手をあげたこともないんですよ?」

「やり方がわからねえなら教えてやる。お前が本当に変わりたいのならな。自分が変わらなきゃ周りも変わらない。人間てのはそんなもんだ。変わるチャンスがあるとしたら今しかないと思うぞ」

自分が、変わる……?変われるのでしょうか?私が……?

「せっかくここにこうして居るんだ。電車は何時来るかわかんねえ。それならその時間、有意義に過ごした方が得だろ?」

「私、変われるでしょうか?」

「知らん。でも、一歩踏み出せさえすれば、変われる」

「朱里さん、よろしくお願いします」

「よし、これから特訓だ!」

 こうして私は朱里さんからケンカのやり方を教わるようになったのでした。



 朱里さん、私、あなたのお陰で少し強くなれました。

 あれから電車が来て、現実へ帰ってきてからすぐに学校へは行かずに家に帰りました。

 両親にいじめのことを話して、やり返す許可を貰いました。

 朱里さんに教わった通り、私をいじめていた子をぶん殴ってしまいました。更に朱里さんの真似をして男言葉を使って彼女たちを罵倒したら、その後は何もされなくなりました。

 クラスメイトは私に怯えて遠巻きにして近寄って来ませんでしたが、何もされなくなって安心して通えるようになったんです。

 結局高校は内部進学せずに受験して、更に良い学校に入ることが出来ました。それからは友達も出来て、幸せな日々を送ることができました。

 朱里さん、私の心の中にはいつもあなたが居ます。いつもあなたならどうするだろう?何て言うだろうと考えて行動しています。

 私、あなたに出会えて本当に良かった。

 もうお会いすることはできませんが、本当にありがとうございました。




 ところで、帰ってきてから一つ、思い出したことがあるんです。

 私の父方の祖母が、澄川芳乃というのですが、旧姓は美園なのです。

 もしかしてと思い、祖母に確認してみました。祖母の母、つまり、私の曾祖母について。

 やはり黄昏駅で会ったあのお婆さん、美園タツさんは、私の曾祖母だったのです。

 タツさんは、東京大空襲を受けて連絡が取れなくなった娘夫婦、つまり私の祖母夫婦を探しに行く途中に亡くなったそうです。電車の中での突然死だったそうです。

 『黄昏駅でルールを破ると死ぬ』というのは本当のことだったのだとようやく実感しました。

 もしあの時、タツさんを助けることが出来ていたらと思います。けれど、どう足掻いても、例え私がタツさんの曾孫であることを思い出せていたとしても、歴史を変えることは不可能だったのだろうとも思うのです。

 それからもう一つ、私がこの事実を思い出すことが出来なかったのは駅長のせいではないかと思うのです。

 タツさんが居た頃、駅長はいつも私の顔を覗き込んで『カワリナイカ』と聞いていました。あれは『思い出していないか?』という意味だったのでしょう。

 その証拠にタツさんが連行されて以降、駅長は私の顔を覗き込むことも『カワリナイカ』と聞くこともなくなりました。穂さんと琴似さんにはやるのに、私にはしなくなったのです。

 もしかすると、穂さんと琴似さんはお知り合いなのかもしれません。

 ですが、それが事実かどうか、それは未来にならなければわからないこと。

 私はその時が来るまで、彼らから頼ってもらえるような立派な大人になります。

 沢山助けてくれた彼らに、恩返しできるように。

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