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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
16/21

十四駅目

どうしよう?

どうしたらいいんだ?


 目の前で、穂ちゃんが福住に羽交い絞めにされて拘束されていて、晶子さんは完全にキレて口汚く罵声を浴びせている。今駅長を呼んだら、福住は完全にアウトだ。けれど、福住はむしろ駅長を呼べと煽ってきている。何か駅長に対する対抗策を持っているのかもしれない。迂闊に駅長を呼んで撃退されてしまったら、この先ここで生活なんて出来るわけがない。だから僕は、駅長を呼ぶべきか、どうにか他の解決の方法はないかと模索している。



 何故こうなったのか、時間は朝(便宜上、起きた後の時間のこと)に遡る。



 待合室で今日の練習のメニューを決めていると、鐘が鳴り響いた。例によって壁に組み込まれたパネルがバタバタと動き、時刻表が表示される。

 そして、時刻表を確認した僕達の中で、歓喜の声をあげたのは志乃ちゃんだった。

 ようやく仲良くなれた彼女が居なくなるのは寂しくもあったが、無事帰れることのほうが嬉しく感じた。志乃ちゃんもきっと、僕と同じように、ここが怖いだけの場所ではないと知る機会があり、現実へ戻ってもこの先強く生きていける糧を得ている。僕はその門出を全力でサポートしよう。

 別れ際、皆が別れを惜しむ中で志乃ちゃんは言った。

「私、皆さんが帰ってくる時に迎えに行きます。その時私はもう大人になっているでしょう。だから、困っていることがあったら言って下さい。きっと力になります。力になれるだけの大人になって、皆さんを待ちますから」

 とてもありがたい言葉だった。遠慮なく頼ることはしないだろうけれど、心の支えになる、とても暖かい言葉だった。

 そして、三人で必死にリレーをして、志乃ちゃんは無事に帰っていった。

 晴れ晴れとした表情で、去りゆく電車の中から手を振る志乃ちゃんを見て、本当に良かったと心から思えた。彼女を無事に送り出せた達成感と、自分が少しでも役に立てたのだという嬉しさが、寂しさを消してくれた。

 今回も晶子さんは暫くホームで座り込んで見送っていた。僕と穂ちゃんは、ホームの階段を降りた所で晶子さんを待った。そして、晶子さんが降りてきたので、三人で待合室へ戻ろうと歩いていた。そこで事件が起こった。

 大階段へ差し掛かる手前の辺りで、福住が突然現れて穂ちゃんを拘束したのだ。



 福住は一体どんな切り札を持っているというのか?

 駅長を呼ぶ前にそれだけでも確認しておきたい。一歩間違えば、すぐ近くに居る穂ちゃんにも被害が及ぶ可能性がある。慎重にいかないと。

「福住さん、その子を放してください。駅長に用があるのでしたら御自分で呼んではいかがですか?こんなことをする必要がどこにあるんです?」

 務めて冷静に言う。福住が何を恨みに僕達を襲ってきたのかも知りたい。

「ひゃははははー!そんなことわかりきってんだろうがよ!望を殺ったおめえらへの制裁だ!」

 そんなくだらないことで……。

「ばっかじゃないの?あんなの自業自得でしょ。ってゆーか、何であの悪臭女のことでアンタに恨まれなきゃならないわけ?意味わかんない」

 恐らく福住は、円山の顧客の一人だったのだろう。酒の常習者の福住のことだ、下の方も我慢できるとは思えない。まだ酷くなるほど搾り取られる前だったら、ギブアンドテイクの関係は、そう悪い物とは考えない。簡単に欲望を処理できる相手が居なくなって、ムキーって怒ってるわけか。

 やっぱりくだらない。

「何だと?!望を悪く言うんじゃねえ!おめえみてーなブスとは違うんだよ!」

 どうでもいいけど、福住さんて鼻おかしいのかな?よくあんなに臭い人と密着できたな。……うぇ。あの臭い、思い出しただけで気持ち悪くなる。いや、脱線している場合じゃない。これ以上晶子さんが煽る前に話を戻さないと。

「福住さん、制裁と仰いましたが、今僕達が駅長を呼んだらあなたは間違いなく連行されます。これのどこが制裁になるのでしょうか?」

 駅長を呼ぶことに、今更罪悪感は感じない。それどころか、もう『連行』のシーンを見ても驚きもしない。この人、『制裁』って言葉の意味、わかってんのかな?

「先ずは、直接望を殺った黒饅頭に正義の鉄拳をかましてやるのよ。こっちにゃあの忌々しい黒饅頭をぶっ殺す為の秘策があるんだ!」

 黒饅頭って……、ああ、駅長のことか。

「試したんですか?」

「いーや。まだだ!でもな、ぶっかけてやりゃああんなのイチコロだぜ!その後はお前らを存分にいたぶってやるから、覚悟しろよ」

 ああ、コイツ馬鹿だ。知ってたけど。

 実はずっと気になっていたことがある。福住の小汚いジャンパーの大きめのポケットが妙に膨らんでいるのだ。あれが切り札なのはわかりきっていたけれど、それが一体何なのかを掴めなかったからこそ、駅長を呼ぶのを躊躇っていた。

 けれど、わかった今なら話は別だ。

 爆発物や毒ガスの類でなく液体ならば、なんとかなる。

「そうですか。でも、失敗したらどうするんです?駅長に効くかどうか、わからないんですよね」

 この駅で手に入れられる物なんてたかが知れている。頭の弱そうな福住が調合や精製ができるとはとても思えない。確信できる。福住の切り札では、化け物の駅長は倒せない。

「そん時ぁそん時だ。それでもお前らを人殺しには出来るからな。せいぜい苦しめ!」

「残念ですが、僕はそんなことで今更罪悪感なんて感じませんよ。既にいっぺん殺ってるんですから」

「なっ何だとぅ!?」

 福住が浮き足立った。今しかない。

 僕は、着ていたジャージを脱ぐ。

「駅長!」

 叫びながら穂ちゃんの所へと走って行く。焦った福住が穂ちゃんから手を放すと同時に駅長が福住の背後に現れる。解放された穂ちゃんは、そのまま床へと崩れ落ちた。

 僕は穂ちゃんに脱いだジャージを被せ、その上から更に被さって穂ちゃんを庇う。福住がポケットから魔法瓶を取り出して、中身を駅長にぶちまけた。飛沫が腕や首筋に掛かったのがわかった。じゅわっとした感触とともに、チリつくような痛みが襲い、たまらずうめき声を上げてしまう。

「琴似さん!?」

「穂ちゃん、怪我は?」

 穂ちゃんはぶんぶんと首を横に振る。

 良かった。ちゃんと守れたんだ。

 ふと、駅長の方を見ると、駅長は白い煙を立ち上らせながら、ピカピカの目をパチパチさせている。

「駅長……、大丈夫ですか?」

 恐る恐る尋ねる。すると、駅長はバカっと口を開け、にゅるりと規格外の大きさの舌を出し、顔じゅうを嘗め回した。

「モンダイナイ」

 言うなり駅長は福住の首を掴む。福住の汚い悲鳴が耳に響く。

「オマエ サカラッタ オマエ モウ ケイコク サンカイ アウト アウト アウト」

 駅長は『アウト』と繰り返し言いながら、福住を何度も壁に叩き付けた。ゴスッとか、グチャッとか、生々しい嫌な音が廊下中に響き渡る。かなりの凄惨な光景だ。

 ひとしきり駅長はそれを続け、満足したのか飽きたのか、ゴミを捨てるように床に福住を放り投げる。既に意識の無い福住は、そのまま駅員に連行されていった。

「琴似君、大丈夫?」

 あまりの事態に呆気に取られていた晶子さんが、ようやく我に返ったらしい。

「はい。ちょっとヒリヒリしますが、あんまり掛かってないので」

「良かった。それにしても、あの液体何だったんだろ?」

 傷口を見る限り、大したことは無さそうだ。塩酸とかではないようだ。

『エキタイチッソ』

 答えたのは駅長だった。売店では武器は買えないはずだが……。

「液体窒素、ね。ウオノメとかの治療で使うよね。医療目的なら売店員が販売しちゃうかもね」

 そっか。そういうことか。

 本当に、どこまでもくだらない、迷惑な人だったな。

『モウ カエル ワルイコト スルナヨ』

 駅長はさっさと帰ってしまった。

「よかったね、琴似君。液体窒素なら、ちょこっと掛かったくらいだったら平気だよ」

 確かに、駅長くらいガバっと掛かっていたら危なかっただろうけれど、ほんの数滴ならすぐに痛みも退くだろう。

「琴似さん、助けてくださってありがとうございました」

「ジャージ脱いでどうするんだろうとか思ってたけど、まさかああするとはビックリだよ。君、結構ガッツあるね。見直したよ」

 珍しく晶子さんからお褒めの言葉を頂けた。

「いえ、夢中だったので……。とにかく守らなきゃって、それしか考えてなくて」

「そお?冷静っぽく見えたよ。私もアイツが何か企んでるってわかってたから駅長呼ぶタイミング計ってたんだけど、あっさり先呼ばれちゃったし」

「それも含めて、ですよ。『呼ぶなら自分が』って決めてましたから」

 僕は二人をちゃんと守れた。これなら朱里さんに胸を張って言える。僕は頑張りました、と。

「琴似さん、すっかり朱里さんっぽくなりましたね」

 何よりの褒め言葉に、自然と頬が緩む。

「それ、凄く嬉しいよ。あの人のように強くなりたいと思ってるから」

 僕達は、先程の凄惨な光景など無かったかのように笑い合いながら待合室へと戻っていった。



 普通の環境の人が見たら異様に映るだろう。感覚が麻痺しているんじゃないかと、自分でも思う。けれど僕は、ここに居る限り仲間を守り続けるし、その為ならばどんなことでもする。だから僕は笑う。僕が罪悪感を感じてウジウジしていたら、二人だって罪悪感を感じて自分を責めるだろう。僕はそんなことは望んでいない。罪を被るのは僕だけでいい。それに、僕には、僕の行為を断罪せずに褒めてくれた人が居る。その人に、いつか会った時に胸を張れる自分でいたい。

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