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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
15/21

十三駅目

「晶子さん、僕が来たあの時もこうして誰かを見送っていたんですね」

 ぽつんと一人、ホームに座り込んでいるその背中に、僕は言った。

「うん、そうだよ」

「そうだったんですか。無事に帰れたんですね、その人」

「うん。皆は先に戻ってもらったんだ。何か、……まあその、感傷ってやつよ」

「その人と仲良かったんですね」

「そりゃあもう。……、もう会えないと思うと余計ね」

「遠い時代の人だったんですね」

「そこまで遠いわけでもないんだ。2026年。でも、会えるわけないよね。会ったって誰だかわかんないよ、きっと」

 その頃には、晶子さんは30代後半になっている頃か。それだと今より姿も顔も変わるんだろうな。

「……、そっか。そうですよね。相手はここで会った時の姿でも、自分は歳を取って姿が今とは変わっているんですよね」

 例え本人が戻ってきた時に目の前に立ったとしても、気付かれずに素通りされてしまうかもしれない。気付いてもらえるかもしれないとしても、自分だけが年老いた状態で会いに行くのは抵抗を感じる。

「そーゆーこと」

 ここに来てようやくこの別れの重大さに気付いた。

「それじゃあ、朱里さんも志乃ちゃんも……」

 帰ったら志乃ちゃんは40過ぎになっている。今は少女の姿の彼女が大人になった姿なんて想像もつかない。目の前に現れたとしても、気付けないだろう。反対に朱里さんは僕が60歳位にならないと会えない。朱里さんが年寄りになった僕に気付いてくれるとは思えない。

「そう。ここで別れたら、そのままになるよね。朱里さんなんて特に……。穂やアンタならどうにかなりそうだけど」

 確かに、僕達は時代も年代も近いし、住んでいる場所もさほど離れていない。どこかの繁華街で、どこかの駅で、すれ違うこともあるかもしれない。すれ違えば、今と変わらない姿だから気付くこともきっとできるだろう。

「……、僕は何もわかっていなかったんですね。現実に戻ればいつかまた会えると、軽く考えていました」

「しょうがないよ。いざ見送ってからようやく気付くものだよ」

 それでも、ちゃんと会うことができる人が居る僕達は、幸せなのかもしれない。

 普通に生活をしていたら、出会うことも仲良くなることもなかった相手。本当に偶然に、この場所で出会い、仲良くなれた相手。晶子さんなんて特に、例えば同じクラスだったとしても、同じ部活の先輩後輩だったとしても、仲良くなることなんて永遠に無かっただろうな。そう考えると、本当に奇跡のような出会いだ。これから先もずっと、大事にしていきたい。

「さ、戻ろう。そろそろ行かないと、またいつ回送電車が来るかわかんないし」

「そうですね」

「そう。で、また誰かさんみたいのに会っちゃったりするかもしれないし、ね」

 言いながら晶子さんは、さっさと階段の方へと歩いていった。

 その背中を追いながら、あの嵐のような出会いを思い出して苦笑する。

「もしかして、僕のせいで悲しんでる場合じゃなくなちゃったんじゃ……」

 だとしたら非常に申し訳ないことだ。

「別に、いーんじゃない?いつまでも悲しんでたって仕方ないし。お陰で皆の前でメソメソしないで済んだわけだし」

「……、それならいいんですけど……」

 すると、先を歩いていた晶子さんが立ち止まってこちらを振り返った。

「琴似君が来てくれたから、引き摺らずに済んだし、皆の前で笑顔でいられたの。……だから、その……ありがと」

「えっ?えっと、あの……」

 最後の方はごにょごにょ言っていてよく聞き取れなかった。

「もうっ、いーんだってば!ほら、行くよ」

 良かった。僕に怒っていたりってわけではなさそうだ。

「はい」



 朱里さんが無事帰った翌朝、僕は待合室で穂ちゃんと他の皆が来るのを待っていた。

「2056年、か。遠いですね、朱里さんの居る時代」

「そうだね。その頃、僕達はもう還暦近いね」

 還暦と聞いて、穂ちゃんがクスッと笑った。

「もうおじいちゃん・おばあちゃんて言われるような歳なんですよね。……ねえ琴似さん、私達、その時まで今のこと、忘れずにいられるんでしょうか?」

 言う内にどんどん穂ちゃんの表情は暗くなっていく。

 どうなんだろう?僕達はこれから大学へ行って就職して、結婚なんかもするかもしれない。

 そんな中で、覚えていられるのだろうか?

 でも……。

「僕は忘れないよ。ここに居たことは、絶対に忘れたりしない。多分、この先ずっと、僕はここでの経験とか、皆からもらった言葉を指針に生きていくから」

 ここに来てようやく人と関わり、相手を思いやる気持ちを学べた。この先これはきっと財産になるはずだから。

 穂ちゃんはホッとした様子で、いつもの笑顔を取り戻した。

「そうですね……、琴似さん、強くなりましたね。朱里さんのお陰かな?」

「強くなったように見えるのは嬉しいな。でもそれは、朱里さんだけじゃなくて、皆のお陰だよ」

 誰か一人欠けても、きっと今みたいにはなれなかったと思う。

「その中に、私も入っていたりしますか?」

 珍しく茶化すような様子で穂ちゃんが訊く。異例のことに、ドキドキしてしまった。

「そりゃもちろん。穂ちゃんはいつも笑顔で、安心をもらってるし……」

 やばい、何言ってんだ、僕。

 対する穂ちゃんは、慌てる僕を見てクスクスと笑っている。

「ふふっ。すみません、笑ったりして。そんなに慌ててフォローしなくてもいいんですよ」

「いやっ、でも、嘘じゃなくて本当に……」

「大丈夫ですよ。ちゃんとわかってます。琴似さんは嘘は言いませんから」

 よかった、わかってもらえてて。

「そういえば、琴似さんの帰りの電車は何線の何処行きなんですか?」

 話題が変わってホッとした。いや、僕のためにわざわざ変えてくれたのか。

 余裕が無さ過ぎる自分が恨めしい。

「僕は丸の内線の荻窪行き。家は荻窪なんだ。塾の帰りだったから、四ツ谷から乗ったんだ」

 そう。四ツ谷から乗って、新宿で人が沢山降りたから座れた。

「惜しいな。私は、琴似さんの学校の受験の帰りだったので、逆の池袋行きなんです。家が笹塚なので」

 僕の通う高校は中野坂上にある。となると、京王線で新宿で乗り換えて丸の内線か。通学自体はそんなに問題はなさそうだ。

「穂ちゃんも都内に住んでるんだね」

「はい。……あの、琴似さん」

「うん?」

「あの、帰ったら、会ってくれますか?」

 穂ちゃんから言ってもらえるとは思わなかった。

「もちろん。このまま終わり、なんて寂しいからね」

「よかった。帰ってもちゃんと会えるんですね、私達。嬉しいな」

 本当に嬉しそうに穂ちゃんは微笑んだ。つられて僕まで嬉しくなって笑みがこぼれる。

 ここに来てから、笑うことが増えたな。

 現実では、笑うことさえ忘れていたのに……。

「へぇー、琴似君でも寂しいなんて思うんだ?」

 いつの間に来たのか、晶子さんが会話に割り込んできた。

「あ、晶子さんと志乃さん、おはようございます」

 穂ちゃんは気付いていたようだ。教えてくれればいいのに……。

「晶子さん、琴似さんも一応人間ですから、寂しいと思ったりもなさいますよ」

 一応って……、志乃ちゃんも相変わらず手厳しい。

「ま、志乃の言う通り、一応人間だもんね。そんなこともあるか。そーいえば、朱里さんに褒められてうれし泣きしてたくらいだもんね」

 うわ……。また恥ずかしい僕の過去を持ち出してきたものだ。

「晶子さん、その話は……」

「あの時琴似君、『褒められたの初めて』とか言ってたよね」

「……そうですね。言いました」

 思い出すと恥ずかしくなり、つい声が小さくなる。

「穂に聞いたんだけど、親と上手くいってないって、ホントだったんだね。私、てっきり琴似君は虐められっ子で、学校行きたくない!生きてくのツライ!って感じなのかと思ってた。友達いなそうだし」

 酷い言われようだ。晶子さんの目に、僕はそんな風に映っていたのか……。

「成績で妬まれたりはしましたけど、虐めって程酷いものを受けたことはありませんね」

「そっか。…まあ、そうだね。そんなもんかもね。先生ウケは良さそうだし」

 晶子さんの言う通り、教職員からは割りとひいきにされていた。酷い虐めを受けたりしなかったのはそのお陰もあるのだろう。

「そのお陰で虐められることはありませんでしたが、友達はできませんでしたね」

「へえ、やっぱりそうなんだ。ね、もう進路って決めてるの?」

「いいえ、まだ。目の前の中間・期末試験で手一杯で、先のことを考えている余裕が無いんです。今の状況から逃げたいのに、本当に目の前の試験勉強をどう凌ぐかでつい頭が一杯になってしまうんです……」

 毎日のように、最早洗脳に近いレベルで『次の試験は一位を取りなさい』『次の試験は満点を取りなさい』と言われ続けている。よく今まで鬱病になったりノイローゼになったりしなかったな。

「うわぁ、最悪だね。そんなに親ウザいなら、どっか遠くの大学入っちゃえば?どうせ親のゴリ押し大学って東大でしょ?でもさ、学部によっては東大よりも別の大学で勉強した方がいいって場合もあるでしょ。そーゆーの探して理屈こねれば、説得次第で家から遠い大学行くのOK貰えるって。将来何になるかまでゴリ押しされてないんでしょ?」

「……そうですね。確かに、いい大学を出て、エリートになれとしか……」

「これ、前にも穂に言ったんだけどさ、遠くの大学行って、あとはどんどん親と連絡手段を絶っていきなよ」

 確かに穂ちゃんも僕と似たような境遇だ。そんなことが出来るのならやりたい。でも……。

「そんなに上手くいくでしょうか?学校に乗り込まれたりしたら……、いや、絶対されますね」

 連絡を絶った時点で、住んでいる所や学校に乗り込んでくるに違いない。

「じっくり、時間を置いてやるのがポイント。出来るだけ時間を稼いで、バイトして、生活費と学費を貯めるの。いつ仕送りを止められたり、学費を払ってもらえなくなっても大丈夫なように」

「そうなんです。私も晶子さんにそれを聞いて、コレだ!って思ったんです。お金さえあれば、住むところも学校もどうにかなります。乗り込まれたら絶縁宣言しちゃえばいいんです。一緒に頑張りましょう」

「大丈夫ですよ、琴似さん。私も居ます。その頃はきっと大人になってますから、きっと役に立てます」

 そうだ。帰ってももう一人じゃないんだ。協力してくれる仲間が居る。

「そうだよ。私もついてる。かく言う私も今実行中なんだよね。あとね、勝手に退学届け出されたりしないように学校側にはちゃんと説明しておくんだよ。晴れて自由の身になったら、自分で学費も生活費も稼いで勉強して卒業して就職する。大変だけど、きっと充実した日々を過ごせるはずだよ」

「そっか……。そうですよね。……ははっ。なんだ。こんなに簡単なこと、どうして今まで気付かなかったんだろう……」

 今までの自分が情けなくなる。離れたい、逃げたいと思いながら、自分で何も考えずに諦めていた。

「がんじがらめにされて余裕が無いと、どうしても視野が狭くなるもんだよね。でもさ、視界が開けたならあとはもう突っ走るのみだね」

「はい。晶子さん、ありがとうございます」

「高校卒業までキツイだろうけど、今の君ならきっと大丈夫だよ。来た時よりもずっとイイ顔するようになったし」

「そうですか?自分ではよくわからないですけど……。でも、そうだとするならそれは、晶子さん達のお陰です。僕はここに来れて良かったです」

 確かにここは怖い場所だけど、それでも、皆に会えた。時間を越えて、偶然居合わせることが出来たのは奇跡としか言いようが無い。

 前に朱里さんが言っていた。『この場所がただ怖いだけの場所か、それ以外の何かがある場所か、決めるのはお前自身だよ』と。意味が今、ようやくわかった。朱里さんも僕と同じ事を思っていた。だからああ言ったんだ。

 せっかく気付けたのに、それを報告できない寂しさを感じながら、けれども、いつか現実で会って報告しようと心に決めた。

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