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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
13/21

十二駅目

 カーンカーンカーン、と鉄を叩くような音が待合室に響き渡った。

 何事かと周りを見回してみる。音が止んだと同時に今度はバタバタバタッとプラスチックを叩くような音がし始めた。

 音の出所に目を向ける。音はあちこちからしているが、とりあえず壁を見ると、壁が動いている。

壁にはめ込まれていた無数のプラスチックがそれぞれクルクルと回転している為にバタバタと音がしていたようだ。

 そして、バタバタ音が止むと皆立ち上がって壁を一つ一つ確認し始めた。

 あの鐘っぽい音は他でも響いていたらしく、続々と人が待合室へと入ってきて、壁の方へと向かっている。

 僕もつられて壁の方へ行ってみると、文字が書かれているのがわかった。文字を見てみると、番号と文字が書かれている。これは、もしかして……。

「時刻表です。時刻表と言ってもここに時間の概念はありませんから、今すぐ来るとかそういったことはわかりません。ですが、間もなく来るということです。入り口から見て左の端の掲示板の物から順に電車が来ます」

 戸惑っている僕に穂ちゃんが説明してくれた。

「教えてくれてありがとう。電車、あるといいね」

「ええ。琴似さんのも」

 二人で入り口からみて右の掲示板から順に見ていったが、結局僕の電車は無かった。

 穂ちゃんの方も同じらしく、互いに首を振る。そこに残念な気持ちを断ち切るかようにバンッという音がした。

 反対側の壁の掲示板の方だ。

 振り向くと、朱里さんが掲示板に手を付いて食い入るように見ている。

 どうしたのかと駆け寄ってみる。

「朱里さん、どうしたんですか?」

「……あった」

「へっ?」

「あった!電車が来る!」

「皆、急いで着替えて!16番ホームの階段前に集合!」

 晶子さんが鋭く指示を飛ばす。皆で慌てて待合室へ直行し、着替える。



 ホームへ続く階段の踊り場に行くと、すでに女性陣は到着していた。

「早いですね」

 長い階段を上ってきてもう既に息が上がっている僕とは対照的に、皆涼しい顔をしている。

「遅かったですね。息があがっているようですが、これから走るのに大丈夫ですか?」

「階段走って上ってきたからね。大丈夫。すぐに整うよ」

「階段上ってくるなんてバカじゃないの?エレベーター使いなさいよ」

「えっ!?そんなのあったんですか?」

 言われてみれば、朱里さんの足元はいつものスニーカーではなく、センスの良いハイヒールだ。あれであの長い階段を上れるわけがない。

「売店でチケットを売ってるんですよ。誰も説明していなかったんですか?」

「誰かしてたと思ってた。知らなかったんだね」

「あはは!こんな時まで琴似は琴似だな。ま、次に生かせ。じゃ、皆、協力頼む。それと、今まで本当にありがとう」

 そうだ。僕達はこれから彼女なしでやっていかなければいけない。

 モデルのように美しい容姿なのにそれを鼻にかけず、気さくに接してくれて、時には厳しく教え諭してくれた朱里さんが、これから居なくなる。

「朱里さん!」

 晶子さんが抱きつく。グスッと鼻をすする音がする。きっと泣いている。彼女が一番朱里さんと仲が良かった。

「晶子、ありがとな。お前が居てくれたお陰で暗くならずに済んだ。みんなを引っ張ってやってくれ」

 晶子さんはうんうんと頷く。

「穂、晶子は突っ走りやすい。冷静なお前がブレーキになってやってくれ」

 穂ちゃんも目元を拭って頷く。

「志乃、今のお前なら大丈夫だ。帰ったらキッチリ特訓の成果を出せよ」

 志乃ちゃんも声を詰まらせながらも返事を返す。

「琴似、お前が皆を守ってやるんだぞ」

「はい。朱里さん、今までありがとうございました。どうかお元気で」

「な~んか湿っぽくなっちまったな。さ、これからが勝負だ。気合入れていくぞ!」



 ガタンゴトンという音がして、電車がホームに来たことを知らせた。暫くして、アナウンスが入る。その後発車警報音が鳴り次第、朱里さんが電車に乗り込むと同時にリレーがスタートする。

 晶子さん、穂ちゃん、志乃ちゃん、僕の順に走る。僕は皆が居るのとは反対側の階段の踊り場で待機し、先発の晶子さんが到着次第次発の穂ちゃんに合図を送ってから志乃ちゃんの後ろで待機。

『16番ホーム、東が丘行き、間もなく発車します』

 スタートだ。足音がして全てが動き出したことを認識する。何としてでも成功させなければ……。

 暫くして晶子さんの姿が見えた。

 向こうまで聞こえるように大声で合図を送る。

 志乃ちゃんの後ろまで来ると、今度こそ緊張してきた。捕まったらアウト。

「練習通りやれば大丈夫です」

 僕の緊張に気付いたのか、志乃ちゃんが冷静な声で言った。

「うん。ありがとう」

 やがて自分の番が迫ってきた。穂ちゃんの合図と共にホームに出る。駅員にこちらを認識させてから全力疾走を開始する。

 怖い。本物が迫っている。練習なんかとは全く違う、命懸けのリレーだ。

 階段に駆け込んで一瞬ホッとするものの、次の合図とスタンバイが待っている。

 発車警報音はまだ鳴り止まない。嫌がらせのように続くこの音に不安と苛立ちを覚える。

 一体何回走って合図を送っただろうか……。

 そろそろ足が限界だという頃。

『16番ホーム、ドアが閉まります。駆け込み乗車はご遠慮下さい』

 ぷしゅー、と気の抜けた音と共に電車のドアが閉まった。

 何も考えられないまま、ホームに出てみる。

 電車の中には無事な朱里さんが、こちらに手を振っている。

 いつの間に来たのか、皆がホームに出て、去っていく電車に手を振っていた。

 晶子さんは電車を追うようにホームの先の方へ走って行った。

 終わったんだ。

「行ってしまいましたね」

 寂しそうに志乃ちゃんが呟いた。

「無事に帰れるんですね。よかった」

 ホッとした表情で穂ちゃんが言う。

「晶子さん、大丈夫かな?」

「前の時もあんな感じでした。そっとしておいてあげましょう」

 ホームの先で膝を付いて、もう見えなくなってしまった電車の方を見ている晶子さん。あの人は何度ああやって誰かを見送ってきたんだろう?

「先に戻ってて。ちょっと行ってくる」

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