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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
12/21

十一駅目

 目を覚ますと、目の前に黒くて丸くて、その中に黄色い光りが二つ付いた物が視界いっぱいに広がっていた。

「うわわぁ!」

 つい声をあげてしまった。よく見ると、頭に白いナース帽っぽいものを被っている駅長そっくりの顔をした奴だった。

 何故か白衣まで着ている。

「シツレイダナ」

 電子音のような声でそいつは言った。

「すみません」

 機嫌を損ねられて何かされたら困るので一応謝っておく。

 周囲を見回すと、ベッドがいくつかと、デスクが一つ、そして、薬品棚みたいなものが壁にずらりと並んでいる。どうやらここは医務室らしい。するとこの人はここの医者なのか。

「モーイタクナイカ」

 言われてみれば、あれだけ頭がガンガンと痛かったのが嘘のように消えている。

「はい。全然痛くないです」

 答えを聞きながら医者っぽい奴は紙にコリコリと書く。

「ホカニモンダイアルカ」

 頭を殴られたことを思い出し、慌ててあちこち身体を動かしてみた。特に不具合はなさそうだ。

「大丈夫です。どこも問題ないみたいです」

 医者っぽい奴は、やっぱり答えを聞きながらコリコリと紙に何かを書いた。あれは、カルテなのか?

「ソレジャア モーカエレ」

 医者っぽい奴は『ツマンナイ』とでも言いたげな様子でペンを放りだすと、紙をファイルにしまいこんだ。

 これ以上ここに居てもあんまりいいことはなさそうだ。

「ありがとうございました」

 礼は一応言って医務室っぽい場所を後にした。

 廊下に出ると、そこには皆が待っていた。

「琴似さん、よかった。無事だったんですね」

「駅長に聞いたよ。大変だったね」

「やはり待合室と言えど一人にするべきではありませんでしたね。すみませんでした」

 穂ちゃん達が僕に駆け寄って口々に言う中、朱里さんだけが腕を組んで僕を冷静な目でみていた。

 彼女の目を見て、ふと思い出した。自分がしたことを。

 あの状況でそうするしかなかったとはいえ、僕はあのオッサンのこれから先の人生を奪った。直接的ではないにしろ、僕は人を殺した。

 僕は朱里さんの前まで行く。

「朱里さん、僕は……」

 言うが早いか、朱里さんはくしゃっと僕の頭をなでた。

「よく頑張ったな」

「……はい」

 目の奥がどうしようもなく熱い。

 罪悪感からじゃなく、嬉しさだった。

 彼女は全て分っていて、それでも僕の決断と行動を『正しい』と褒めてくれた。

 きちんと評価してもらえた。それが、どうしようもなく嬉しかった。



『明君、こんなんじゃダメよ。いくら学校で一番でも、他じゃそうはいかないの。世の中にはもっと出来る子がいっぱいいるんだから。こんなテストで100点取れなきゃダメなのよ』

 母も父も、いつもそれしか言わなかった。どれだけ頑張っても、全部満点を取らなければいけないとしか言わなかった。たまたま全て満点が取れても、『こんな簡単なテストなら100点取れて当たり前なの』と言うだけだった。あの人達の辞書に『褒める』『認める』なんて言葉は無い。いつだって完璧を強要して、粗探しばかりする両親。学校の教師はそれなりに褒めてくれはしたが、そのせいで周囲からの妬みを買い、嫌がらせを受けたりしていた為に素直に喜べなかった。友達ができても、どこで聞きつけてきたのか『あんな子と付き合っちゃだめでしょう』から始まって、『そんなことしている暇があるなら勉強しなさい』と言われ、更に相手の子に電話されて『あなたみたいな子と付き合ったらうちの子の成績が落ちる』とまで言うのだからどうにもならない。高校に入ってからは、クラスメイトは互いを敵としか思っておらず、いつも張り詰めた空気が漂っていた。どこへ行っても安心できる場所もなく、安心して会話できる相手すら居ない。認められたくて、褒められたくて頑張っていた心はどんどん疲弊していった。最近はもう、いつ解放されるのかとそればかり考えていた。

 将来に何の希望も見出せず、先の見えない暗闇の中で辿り着いたのがこの黄昏駅だった。



 晶子さんからは気さくに話しかけてもらえて、穂ちゃんはいつも微笑みかけてくれて励ましてくれたりする。志乃ちゃんには『ありがとう』と言ってもらえて、朱里さんは厳しいことを言いながらもきちんと認めて褒めてもらえた。

 ここはもしかしたら、思っていた程墓場のような寒々としているばかりの場所ではないのかもしれない。



「そういえば、あそこは医務室なんですか?」

「そ。あの医者変だったでしょ。ナース帽かぶってるくせに白衣着ちゃって」

「……あの、医務室があるのなら絆創膏も消毒液も買う必要なかったんじゃ……」

「甘いな。あそこは大怪我したやつしか相手してくれねーんだよ。掠り傷程度じゃ追い帰されるのが関の山だ」

「つくづく変な所ですね、ここは」

 ふと、先を歩いていた晶子さんが足を止めて壁に隠れてその先をそっと窺っている。

 先は角になっていて右に曲がらなければならない。

「あーりゃりゃ。もう集まってきちゃって……。来る時は駅長が通った後だったから居なかったんだよ」

 どうやら変なのが居るらしい。

 もしかして今朝言っていた溜まり場がここ?

「駅長を呼んで護衛を頼みましょう」

「それが一番ですね。随分沢山いらっしゃるみたいですし」

 駅長が護衛なんてしてくれるのだろうか?

「琴似、同じ場所に居る複数の人間が一斉に駅長を呼ぶと来てくれて、その時だけは駅長が護衛として付いてくれるんだ。但し、呼ぶときは小さい声でな」

 そうなのか。皆で頼めば怖くない、か。

 皆で円になり、顔を見合わせてせーので『駅長』と呼ぶ。

 すると、円の真ん中からにゅるりと駅長が姿を現した。

 驚いて後ろにのけぞってしまった。声をあげなかった自分を褒めてやりたい。

「ドウシタ」

 駅長は気にする様子も無く僕達を見回す。

「お呼びだてしてしまってすみません。この角の先を通りたいのですが、とても危険な状態です。申し訳ないのですが、護衛をしては頂けないでしょうか?」

 志乃ちゃんが丁寧にお願いする。

「ワカッタ ハグレズニ ツイテコイ」

 駅長を先頭に角を曲がる。すると、蜘蛛の子を散らすようにバタバタと足音が響き渡った。それも、結構な数。目にしなくて良かったかもしれない。結構な人数がたむろってラリラリしているところなんて怖過ぎる。

 薄暗い長い廊下を皆で固まって駅長の後ろに隠れながら歩く。所々でぽつんと床に座り込んで、爪を噛んでブツブツ言ってるのや、何が可笑しいのかヘラヘラ笑っているのが居た。当然そんなのとは目も合わせてはいけないし、露骨に見るなんてもっての外だ。何も見なかったことにしてただ駅長の背中を見て歩いた。幸い何かしてくるようなのは居なかった。

 知らなかった。医務室は随分と待合室や休憩室から離れた場所にあったのか。それに、変なのがたむろする場所まであるんじゃ、おいそれとは医務室へは行けないな。

 その後駅長は待合室まできちんと送り届けてくれた。

 皆でキチンと頭を下げてお礼をする。

 そして、駅長は僕と穂ちゃんの鼻先まで顔を近づけて、『カワリナイカ』という質問をした。僕も穂ちゃんも、「変わりありません」と答えると、駅長はどこかへ行ってしまった。

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