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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
11/21

十駅目

 翌朝、休憩室のソファーで待っていたのは穂ちゃん一人だった。二人で待合室へと移動しながら、昨日あったことを話した。

「良かった。志乃ちゃん、戻ってくるんですね。これでやっと皆揃いますね」

 穂ちゃんは嬉しそうにガッツポーズする。

「……あ、でも、お婆さんのこと、残念でしたね。琴似さん、間近で見ていたんですからショックですよね。すみません、私……」

「ううん、僕は大丈夫だよ。確かに悲しいことだったけど、志乃ちゃんが戻ってきてくれることは素直に嬉しいから」

 円山望の件で一度『連行』の現場は見ている。二度目だったからか、そこまでの精神的ダメージは負っていない。お婆さん自身への思い入れも大してあったわけじゃないからっていうのもあるのかもしれない。やっぱり僕は、冷たい人間なんだろうな。でも、それを目の前のこの子には知られたくない。

 良からぬことを考えて、テーブルの上で組んだ自分の手を睨んでいる僕の手を、穂ちゃんがそっと握った。

 驚いて顔を上げると、真剣な眼差しを向ける穂ちゃんと目が合った。

「琴似さん、私達は絶対に帰りましょうね」

 ああ、大丈夫だ。穂ちゃんは多分、僕が気にして暗くなっているんだと思ってる。

「うん。帰ろう。それで、向こうで皆で会おう」

「はい」

 互いに微笑みあう。こうして暖かい感情を共有し合える瞬間がとても嬉しい。

 けれど、それは長くは続かなかった。

「すみません!私ったら……」

 手を握っていることに気恥ずかしくなったらしい。穂ちゃんは慌てて手を引っ込める。余程慌てていたらしく、うっかりカップに肘が当たってしまい、少しだけ中身が撥ねて腕に掛かってしまった。

「大丈夫?熱くない?」

「はい。もう冷めてますから」

 穂ちゃんはサッとポケットからハンカチを取り出してコーヒーが付着した部分を上から押さえた。

「そのハンカチ……」

 とっさに声が出てしまった。

「これですか?」

 穂ちゃんは首を傾げて僕を見る。

「前も思ったんだけど、どこかで見たような気がして……」

 けれど、どこでだったか、ノドまで出掛かっているのに思い出せない。

「そうですか。もしかしたらそんなことがあるかもしれません。だってこれ、琴似さんの学校を受験した時に、在校生の方が貸して下さったものなんです。琴似さんとお知り合いの方だったのかもしれませんね」

 すごい偶然ですね、と穂ちゃんは微笑む。

 本当にそうだろうか?あの学校で、あのクラスで、誰かの持ち物に気を留めるような出来事なんて無いし、そもそもマトモに会話すらしたこともない。それなのに覚えていたりするだろうか?

 そういえば、僕も二ヶ月程前に行われた入試には、試験官補助として学校に居た。補助学生の中にそんな印象のある学生なんて居たか?

 答えを見つけ出す前に朱里さん達が到着してしまい、思考は中断されてしまった。



 さっそく情報交換会が開催された。

「志乃、喜べ。円山が消えたぞ」

 開口一番に朱里さんがそう言った。

 消えたって言うか、むしろ消したわけで、そもそも人一人が不幸になったのをそう言っていいものかどうか……。

 けれど、志乃ちゃんはそれを聞いて安堵の表情を浮かべている。

「そうだったんですか。安心しました」

 もしかしたら、福住との事件の時に円山も何か絡んでいたのかもしれない。

 ……まあ、考えても仕方ないし、余計な詮索もされたくないだろうから、考えるのは止そう。

「……つまり、あれから連行されたのは三人だけで、追加は無しなんだね。誰か帰った形跡もないからマイナス3のみ」

「廃人オヤジ共が一人でも減ってくれたのはありがたいな。それでも、残り8人か」

 朱里さん、ちゃんと残り人数把握しているのか。男子部屋に入ったわけでもないのにどうしてそこまでわかるんだろう?

「そういや琴似、昨日晶子に注意されたろ。あれな、晶子が説教したくなるのも無理はないんだ。昨日お前らが居たあの辺りな、もう少し先に行くと溜まり場になっててかなり危険度が高い場所になってる」

 そんなに恐ろしい場所の近くだったのか……。あのまま移動に成功していたとしても、もっと危険な場所へ足を踏み入れるところだったなんて……。

「そーゆーこと。だからね、も一回言っておくけど、知らない場所には行かない・近づかないを徹底しないととんでもないことになっちゃうんだからね。気をつけてよ」

僕も志乃ちゃんも「はい」と返事をする。

「ま、どうしてもな用でもない限り、あっちへ行くことはないだろう。どうせ何も無いし」

「何があるんですか?」

「知らなくていいぞ。世話にもなりたくないトコだから、気にするな」

 つまり、朱里さんはあの場所を通ったことがあるから人数を把握できたということか。そういえば、以前二度ここに来た人と出口探しをしたって言ってた。その時にでも数えたんだろうな。でも、よく無事でいられたな。

「それじゃあ志乃も戻ってきたことだし、練習しなきゃだね」

「よし、じゃあ着替えないとな。琴似はここで待ってていいぞ。売店員も居るから大丈夫だろ」

「それじゃあ私達、いったん休憩室行ってくるね」

 女性陣はぞろぞろと着替えの為に待合室を出て行った。



 さて、サーバーでお茶でもいれて売店員の近くででも座って待とうかな。

 待合室の奥の方へと歩を進めていたその時、急に頭に物凄い衝撃が走り、視界が歪んだと思うとそのまま床に倒れこんでしまった。

「う……え……?」

 何が起きたのかと状況を確認しようとするが、体が動かない。

 背後でガタンと何かを床に落としたような音が響く。

「うへへ……うへ……」

 嫌な笑い声とハアハアと荒い息遣いが聞こえてくる。

 誰が居るのか見ようにも首すら動かせずにいると、肩を掴まれて乱暴に仰向けにさせられた。

 霞む目で相手の顔を見ると、禿げた小太りのオッサンがヨダレを垂らして僕を見ている。目が完全にいかれてる。

 マズイ。これは本当に、ヤバイ。

 ふとオッサンの背後を見ると、倒れた椅子が床に転がっている。あんな物で殴られたのか。

 オッサンはおもむろに自分のベルトに手を掛けるとゴソゴソとそれを外し、全部下ろした。

 頭の中が真っ白になった。

 見たくも無い物を……いや、それどころじゃない。もしかしてこれは……。

 嫌な予想は正に的中してしまった。

 オッサンはベタベタと僕の身体を触りだし、そして僕の履いていたジャージのウエストを引っ張り出した。

 イヤだ。いや、ムリムリ!

「やめ……」

 うまく動かない身体を無理矢理動かしてジャージのウエストを掴む。辛うじて脱げてはいないが、物凄い力で引っ張られて結構ヤバイ。

 どうする?どうしたらいい?このままじゃこのオッサンに……。

 駅長を呼ばなきゃ……。

 でも、もしこのオッサンが今回でアウトだったら?

 いや、待てよ?皆はすぐに戻って来るはずだ。そうしたらコイツだって逃げていくんじゃ……。

『いいか?その時が来たらためらうな。自分の為にも、仲間の為にも』

 朱里さんの言った言葉が脳裏を掠める。

 コイツが逃げていくとは限らない。矛先が僕から別の誰かになったら?それが皆の内の誰かだったら?

『嫌なことを他人にやらすなんて最悪だぞ。それが仲間だったりしたら最低のクソ野郎だ。お前はそんな奴になるなよ』

 はい、朱里さん。僕はあなた達に顔向けできないようなことはしません。

 腹を決めてスッと息を吸い込んで叫ぶ。

「駅長!」

 駅長は円山の時と同様、突如オッサンの背後に現れると、ぎゅいんと腕を延ばしてオッサンの首を掴んだ。

「アヘ……?ウヘヘ……」

 オッサンは何が起こったのかを全く理解していない様子でまだヘラヘラしていたが、駅長が首を掴んだまま伸ばしていた腕を元に戻して僕から引き剥がす。

「オマエ ダメ アウト」

 無機質な駅長の声を合図に駅員達が床から手を伸ばす。

 自分が助かったことにホッとして意識が霞んでいく。かすれゆく意識の中、オッサンの絶叫を聞きながら、ふと『そういえば売店員は何の役にも立たなかったな』なんてどうしようもないことを思った後意識を手放した。

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