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黄昏駅  作者: 青柳 蒼
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始発駅

目を覚ますと、誰も居なかった。

電車の中で、ただ一人、ぽつんと座っていた。

寝起きのぼんやりした目で周りを見回していると、ふと、違和感を覚える。

やがてその違和感の正体に気付いた。

電車の中だというのに、何も無いことだった。

普段ならうるさい位に張られた広告や中吊り、そして、注意書きの一つも見当たらないのだ。

潔癖なまでに余計な物を取り去られ、ただがらんとした車内。

ふと思い出すのは、この前の震災の時に、電車の中の広告という広告が一切取り去られた時のこと。

あの異常さは、一年経った今でもまだ記憶に新しい。


どうしてこうなったのかと記憶を遡ってみる。

学校帰りに塾に行って、それから家に帰る為に電車に乗っていた。

電車の中は、ご帰宅ラッシュで混雑していたけれど、運良く空いた席に座る事ができた。

そして、車内で眠ってしまったのだ。


電車は、見知らぬ駅で停車したまま動かない。

ぽっかり開いたドアから見える駅のホームには、電車の中同様人の姿はない。

蛍光灯の白い灯りが照らしているにもかかわらず、薄暗くぼんやりとした駅のホーム。どこを見回しても空の色はみあたらなかった。屋根でしっかりと覆われていて、窓すらない駅のホーム。自動販売機や看板も、やはり存在していない。

駅構内へとつづくのであろう階段と、等間隔に置かれた無機質なベンチだけ。

誰も居ない駅のホーム、誰も居ない車内、そして、何のアナウンスもない。

余程のローカル駅でもない限り、普通は何かしらのアナウンスがあってもいいんじゃないだろうか?

ホームの数を見る限り、駅はかなり大きなもののようだった。

大きな駅だからこそ、余計にこの静けさが際立ち、そしてその静けさが異様な物に感じられる。


寝てる間に何かが起こったのだろうか?

それにしたって、広告を取り払うなんて結構な作業だ。

その間、全く気付かずに寝ている……なんてことは考えられない。

そもそもそんな中で寝ていたら、普通は起こされて電車の外に叩き出されるはずだ。

このまま電車の中で、電車が動き出すのを待った方がいいのか、駅のホームに出て誰かを探してここがどこの駅なのか聞いた方がいいのか、迷った。

落ち着かなくてキョロキョロと辺りを見回し始めた時、不意にホームにアナウンスが響き渡った。

『10番線、間もなく電車が発車します。お乗り遅れのないよう、ご注意下さい』

電車が出るのだと思ってホッとした。

車内アナウンスが終了した直後、誰も居ないと思っていたホームに人が居るのを発見した。

相手も僕に気付いた。

同じ位の年頃の女の子だった。白いブラウスに赤いチェック柄のリボンタイに同じ柄のスカート姿から、女子高生だと直ぐにわかる。高い位置で揺れるポニーテールが活発そうな印象を与える。

彼女はこちらに気付いた途端、表情を一変させ、物凄い勢いでこちらに走ってきた。

「ねえ君、この電車に乗ってきたの!?」

「え……、そうだけど」

 勢いに押されてポソリと小さな声で答える。

 すると、ホームからジリジリジリジリジリジリジリ!と物凄い音がし始めた。


『扉が閉まります。無理な駆け込み乗車はご遠慮下さい』


 ベルの音と共に無機質なアナウンスが流れてくる。

「降りて、早く!」

「は?」

 ぼんやりとして動かない僕を見兼ねたのか、彼女は焦ったような表情で電車の中へと入っていくと、僕の腕を掴んで引っ張る。

 彼女に引き摺られるようにホームへ降りた瞬間、車内を振り返ると、車内から無数の白い手がこちらに向かって伸びてきた。

「うぉわ!」

 あまりの怖さに悲鳴が漏れる。

 ホームへ出てもその手はぐんぐんとこちらへ伸びてくる。

「走って!」

 彼女は僕の腕を掴んだまま走る。

「ねえ、アレ何?!」

「いいから、走って!」

 彼女は後ろを振り返らずにそう叫んだ。

 彼女が目指して走っているのは、50メートル程先にある階段のようだ。

 階段は下へと続いている。

 鳴り止まない警報音。

 耳が痛くなる。

 何時になったら電車のドアは閉まるんだろう?

 いつまで走り続ければいいんだろう?

 気が遠くなる程の長い時間を走っていたように思えた。

 やっとの思いで階段の所まで辿り着く。

 階段を一段、また一段、転ばないように、でも、足を止めないように、もどかしい思いで足を動かしていた。

 けれど、階段の踊り場まで残り3段になった所で靴が脱げそうになり、それに気を取られて足を踏み外してしまった。



 気が付くと、彼女を巻き添えに踊り場に倒れていた。

 彼女は苦しそうに顔を歪めている。

 ベルの音は、もう鳴っていない。

 階段の上を見たが、白い手はもう無かった。

 ホッとして息を吐く。

「いったーい!」

 彼女が眉を顰めたままそう言った。

「ごめん!」

 僕は慌てて謝罪する。

「本当にごめん!怪我は?!」

 彼女の傍らにしゃがみ込んで状態を確かめる。

 彼女は僕に見せ付けるように膝を突き出した。

「アンタのせいですりむいちゃったじゃない!どうしてくれるの?」

「ご……ごめん」

「あとで消毒液と絆創膏買ってもらうからね。あと、慰謝料にパフェも貰うから」

「ええ!?」

 抗議の悲鳴をあげると、彼女に物凄い目で睨まれた。

「わ……わかった。いいよ」

「はい、契約成立。それじゃ、いつまでもこんなトコに居ても仕方ないし、待合室に移動しよっか」

 彼女はそれだけ言うと、サッサと歩きだした。

 僕は慌ててその後を追う。

 それにしても、この娘何か変だ。

 具体的に『どこが』と言われると、見た目は普通のどこにでも居る女学生なのだけれど、何か違和感がある。

 彼女の背中を追いかけながら、僕は駅の中を見回す。

 細い廊下の様な場所で、規則正しく等間隔にホームに続く階段への入り口がある。

 階段の脇の壁に数字が書かれている。

 今見たのは18。

 10番ホームから出てきて今18番だから、一番奥が1番ホームになるのか。廊下はまだ続いている。ざっと見て、ホームの数は30位はありそうだ。

 普通の駅に比べたら多いだろう。

 東京駅の在来線のホームだってこんなに多くはないはずだ。

 やっぱりここは変だ。

「ねえ、ここは一体どういう所なの?僕達の他に誰も居ないの?」

 今だって、僕と彼女以外、ここを歩いている人は居ない。

「他の人は用がない限りホームには行かないの。だってここは駅なんだから」

 なるほど。確かに乗る電車が来ないのならホームに行く必要は無い。

「それなら君はどうしてホームに居たの?」

「それはその内説明してあげる。それより、ここの説明が先だね」

 廊下の先に、更に下へと続く階段が見えてきたところで彼女は僕を振り返る。

「説明するけど、説明が全部終わるまで喋らないでね。私が質問しても、質問されたことだけに簡潔に答えて。いい?」

 かなり真剣な顔で彼女は言った。これは頷くしかない。

 僕が頷いたのを確認して、彼女は再び歩きながら説明を始めた。



 この場所は黄昏駅と呼ばれている駅。

 電車で居眠りをしているとここにたどり着いてしまう。他にもここに来てしまう条件があるらしいが、それは未だわかっていない。

 黄昏駅には電車の発着の為のホームの他に、待合室・休憩室・売店・トイレ・駅長室がある。

 駅長室以外はどこも好きに使える施設だそうだ。

 そして、ここからが重要になる。

 この黄昏駅には5つのルールがある。どれか一つでも破れば直ちに『駅員』と呼ばれる、ホームで見たあの白い手に捕まって何処かへと連れて行かれて二度と戻って来れなくなる。



ルール1 未来の話をしてはいけない

ルール2 駅長に逆らってはいけない

ルール3 正しい列車に乗らなければならない

ルール4 駅の外に徒歩で出てはいけない

ルール5 駅で得た物を外へ持ち出してはならない



 彼女はここまで話してから、僕に一つ質問をした。「今西暦何年の何月何日?」と。

「2012年4月30日」

 彼女に言われていた通り、簡潔に答えた。

「えっ、2012年!?穂と同じじゃない。時代が近いとは思ってたけど、殆ど3年位しか違わなかったんだ。私の『現在』は、2009年の7月9日なの」

 意味がわからない。それじゃあ彼女は3年もここで暮らしているということになる。

「別に3年以上もここにいるわけじゃないの。せいぜい3ヶ月位かな。仲間の中には1982年から来た子も居るし、2056年からって人も居る」

「本当に?時代も年代もバラバラな人がここに集まってるってこと?そんなバカな話あるわけないじゃないか。それじゃあ君は去年の……」

 言い終わらない内に横から物凄い衝撃を受けてそのまま壁に激突してしまった。

 僕は彼女に殴られたようだ。

 あまりのことに驚いて彼女を見ると、僕を殺しかねない目で睨んでいる。

「アンタが駅員にどこに連れてかれよーがどうでもいいけど、私を巻き込まないで。私の話を信じようと信じまいとアンタの勝手だけど、それをこっちに押し付けてこないで。これ以上余計なことを言うなら私はもう知らない。勝手にホームに戻って適当な電車にでも乗ってどこともわからない場所に消えてしまえばいい」

 言われて彼女を見上げて、ようやく僕は彼女に感じた違和感の正体に気付いた。

 僕が長袖シャツとジャケットなのに対して、彼女は半袖のブラウスに短いスカートだけ。2009年から来たかどうかはともかく、7月に来たという彼女の話が嘘じゃないのは明白だ。

 本気だ。

 彼女は嘘を言って僕を担ごうとしているわけじゃない。本気で、本当に、そんな馬鹿げたことがこの場所で起こっているのだということを肌で理解した。

「ごめん。悪かった。これ以上は何も言わないから、説明を続けて欲しい」

 訝るような目で彼女は僕を見るが、僕が本当に反省しているのを感じ取ったのだろう。再び説明を始めてくれた。



 ルール1の『未来の話』は、話す相手にとっての『未来』のこと。この黄昏駅に来る人の元居た時代は様々。先ほど彼女が言ったように1982年から来た人も居れば、2056年から来た人も居るのだそうだ。

 例えば、2056年から来た人が1982年から来た人に、『2020年に東京オリンピックが開かれたんだ』という話をする。これ、アウト。

 2056年の人にとって過去の話でも、1982年の人にとっては未来の話だから。

 つまり、さっき僕は彼女に『去年の3月に起きた震災のことも知らないっていうのか?』と聞こうとしたけれど、これをもし口に出してしまっていたら、あの白い手に捕まってどこだかわからない所へ連れて行かれてしまうところだったわけだ。

 会話をするときは常に注意が必要になる。特に自分より前の時代の人が居る時は。

 ルール2は普通にしていれば問題は無い。駅長さんは彼女曰く、容姿はびっくりものだが悪い人じゃなく、何か問題が起こったら即駆けつけて助けてくれるらしい。

 ルール3とルール5は帰るときのこと。自分が乗っていた電車と同じ行き先の同じ路線のものに乗れば帰れる。例えば、新幹線のぞみの新大阪行きに乗っていたら、それが来たら乗れば帰れる。N700系だとか、何時発だとか、何号だとかそこまで厳密なものは要求されないそうだ。

 けれど、同じ新幹線で新大阪行きだったとしてもこだまやひかりはダメなのだそうだ。その他、例え自分が知っている電車だったりその電車で自分の家の最寄駅まで行ける電車が来たとしても乗ったらアウト。変な所で厳しいルールだ。

 ルール4はあって無いようなルールらしい。そもそも駅の外へと続く扉が見当たらないのだそうだ。それでももし、うっかり開けた扉の先が駅の外で、これまたうっかり一歩でも外へ出てしまったら戻って来れなくなるなるのだそうだ。



 一通り説明が終わった頃には目の前に『待合室』のプレートが掛かった扉が目の前だった。

「他にも説明することはあるけど、とりあえず中に入って。皆を紹介するから」

彼女は扉を開けて中へと僕を促した。

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