5話 思案
休日を終えてからの二週間は朝から魔宝技の訓練をし授業を終えたら放課後にまた訓練という少女には少し過酷なトレーニングを行っていた。
途中で数学の試験の結果が満点で喜んでいたり、色々なトラブルもあったりしたのだが、それらは置いておこう。
まず始めの一週間程、魔宝技を疲れるまで行使してみたところ体感であるが、いや、体感しかないのだが…息が上がるまでの使用数増加は確認できた。しかし、使用していた魔宝技に慣れたためなのか、基礎体力が増えたためなのかはわからない。
その訓練で一番効果が現れたことと言えば同名の魔宝技でも威力が上がってきた点であろうか。
二週目からは無詠唱の訓練も兼ねて行っていたのだが、現状だと無詠唱というものはダイヤモンド限定の効果ということになっているため、人の居ない場所で使うか、又は発動直後にそれっぽい言葉を紡ぐか口パクで何とかするしかなかった。
無詠唱の情報を公開してもよかったのだが、魔宝技の歴史も数百年とあるらしく、公開すると面倒なことになってしまいそうだから止めた。
それに選抜会に出る際のアドバンテージにもなる。ただでさえ選抜会では3年生は経験が足りなく不利なのだ、奥の手の一つや二つは持っておきたい。
普通の魔宝技だと消耗が激しいため、前日に資料館で旧魔宝技の詠唱を調べて使ってみたのだが、思いの外使い勝手は悪い…何故かというと詠唱する文章が長く、戦闘時の忙しい時間に一々長い文などを唱えるには前衛などに守られていないと不可能だからだ。ただ体力に関しては無詠唱と同程度にしか疲れを感じない。疲労も無詠唱と同程度にしかならないのであれば、現状では利点がないのだ。新たな資料を見つけるか、新しい詠唱文を考えてみるのもいいかもしれない。
エリーヌが参加する予定の選抜会というものは武器を使用した格闘術と魔宝技を組み合わせて戦うものらしく、魔宝技の訓練にばかり時間を割いてはいられない。役割分担で慶太が魔宝技を使っても良かったのだが、エリーヌが身の危険を感じた際の防御…つまり大怪我をしそうな非常時のみ使用して欲しいとのこと。
エリーヌは実力で勝負したいと考えているのだ。慶太も思うところはあるがエリーヌが強くなるためには訓練に助言をするくらいしかなかった。
そんなわけで訓練を始めてから三週目の放課後の訓練場でアランに貰ったサーベルで素振りをしながら、同時に魔宝技を駆使する訓練を行っていた。
現在、小雨が降っており室外で練習するのには不向きなのだが、室内訓練場は上級生が占領しており魔宝技を使える学級として最下級の学年であるエリーヌには気安く立ち入れる場所ではなかった。
そんな天候なため、室外訓練場には生徒が少なく、練習場所を広く取れるというのは良いのかもしれないが…。
「はっ!………はっ!。」
エリーヌは一回一回の斬撃に合わせて火や水を放つが慶太の目から見ても読み易い攻撃方法に見えた。
(斬撃で火や水が勢いよく飛ぶのはかっこいいんだけどね…。)
『火や水をサーベルに纏わせて攻撃するとかはできないの?』
慶太は放つよりも剣の威力を上げることに重視できないのかと考えて尋ねてみた。
「はぁ…赤光とは違う系統の得意分野ですから…消耗が激しくなるんですよ。」
疲れて肩で呼吸しているエリーヌの一言に、そういえば魔光の系統で得意分野があったんだっけと俺は思い出す。
『じゃあ火を剣と一緒に動かすだけっていうのも駄目なの?』
「それは大丈夫だとっ…思いますけど、付与と言う形ではないので…剣の柄まで熱くなってしまって握れなくなってしまうかと…。」
付与とは火を纏わせるだけじゃなくて熱の操作まで行うのだろうか…大変難儀である。
『俺が魔宝技を使えば疲労も無いし良いんだろうけどね。…じゃあ、剣の攻撃が上からとするなら、横から魔宝技を使って攻撃するとかの方向性を変えることならできる?』
「はい。それなら慣れたらできるでしょうから練習を積めば何とかなると思います。」
早速剣を縦に振りつつも魔宝技を横から出そうとするが、そう簡単に上手くいかない。
(これは慣れるしかないのかな…。あとは…。)
『単純に魔宝技の威力を上げてみるのはどう?』
「えっ…そんな簡単にできますかね?」
慶太はイメージだけで威力が桁違いになった"アクア"のやり方を順々に分かり易く教えてみる。
科学の分野でいう分子レベルのことは判らなくとも、水蒸気が分かれば周辺の見えないほどに小さな水をイメージさせれば良いと判断したのだ。
「空中に漂う見えない程に小さい水を集める感じですか…。難しそうですがやってみますね。」
そう告げてエリーヌは眉間に皺を寄せながら集中している。目前に3メートル近くの大きな水の球が浮いていた。詠唱を口にしていなかったので、どうやら無詠唱で発動したようだ。
『以前の水球より大分デカいね。』
「えっ!」
エリーヌは驚いた顔をして目を見開いていた。
「以前、私が出したものより数段大きな水ができてます。…サトウさんが出したんじゃないですよね?」
『俺は出してないよ。白い水なら出したいけど出せないし。』
これくらいのセクハラは許して欲しい。
エリーヌは自分で出したものとは思っていなかったようで瞳をパチパチさせて確認していたが、やがて地面に落ちてしまう。
『普段の無詠唱のときより待機時間が長かったね。何か法則でもあるのかなぁ…。』
「必死にイメージしていただけなので分かりませんね。」
『まあ細かいことは後回しで、次は攻撃の練習をしてみようよ。』
「はいっ。そうしましょう!」
自分の魔宝技が上達していて嬉しいのかエリーヌはハキハキしている。再び水を出すとエリーヌは水を勢いよく飛ばしてみる。50キロくらいの速度は出ているであろう。ただ…その攻撃が決め手となるかは分からないので、俺は色々な方法を模索してみる。
『えっと攻撃するなら圧縮して細く飛ばすと切れ味が凄いし、相手を大きな水で包むと動きを封じられる。何個にも分けて多方向から敵に当ててみるのも面白いかもしれないね。あとは圧縮した水を盾状にして相手からの攻撃を防ぐ手段にもなるかもしれない。』
俺も今までの二週間、エリーヌが訓練で疲れて休んでいる時に練習に励んでいたのだ。ちゃんとイメージすれば出来るはずだ。
ゆっくりと順番にやっていこう。まずは直径10メートル位の水球を出し、それを徐々に人程のサイズに圧縮していく。中は圧力で凄いことになっていそうだ。
「あんなに大きかった水がこんなに縮むんですね。」
『イメージを固め易くなるだろ?』
「はい。ゆっくりとやってもらえているので分かり易いです。」
最近あまり見ていなかった満面の笑みをするエリーヌ。
(おじさん照れちゃうぞ!)
『で、このまま圧縮しながら髪の毛位の穴を開けると…』
細い水が勢いよく噴出すが想定していたものと違う。ビニール袋に水を入れて針を刺した感じであろうか。
『あ、失敗かな…ちょっとやり直してみよう。』
穴を閉じて、今度は細い管から水を出すイメージを固めて解き放つと、水が勢いよくレーザーのように噴き出し、少し大きい石を貫き地面に突き進んでいった。
『こんな感じでどうだろう?…対人だと危険かな?』
「大丈夫だと思いますよ。選抜では最低限の致命傷を避けれるように指導員の方々に防御系の魔宝技をかけてもらえると思いますし。」
そんな魔宝技があるなんて初耳だ。防御を固めるために早く覚えておきたいものだ。
『防御の魔宝も気になるけど…次は相手を水で包む。これは大量に水が出せないとできないことだから、エリーヌの規模だと少しの時間稼ぎになればいいのかな。』
慶太は訓練場に置かれた標的に狙いを定めて水を集め、それは標的を飲み込んだ。
『ま、アクアを直接相手の居る所で呼び出せば飲時間稼ぎがしたいときにいいかもね。そのままさっきやった圧縮をかけると人間が死んじゃうかもしれないけど…。』
「そういう使い方もできるって発想が面白いですね。基本的に赤光の魔宝技は自分の手前で呼び出すものですから…。」
目をキラキラさせているのが分かる。やっと俺の良さに気付いてくれたのだろうか。終わったら褒美に生おっぱいを眺めさせていただこう。
「次は…なんだったっけ…。多段攻撃だったかな…?」
エリーヌが頷くと俺は早速イメージしてみる。集めた水をいくつにも分けて多方向から攻撃をぶつける、これでいいだろう。
イメージを固めた俺は大量の水を無数に分けて訓練場の木製の標的へ向けて正面や横、上、後ろ等様々な所へ湾曲させながら素早く当てていく。
『思いの外、上手くいったよ…。で、どうだろ…使えると思う?』
「これは何回も実演してもらわないと厳しいかもしれません…。」
エリーヌが少し難しそうな顔をしていた。
『これは何度も見てイメージしやすくした方がいいか。じゃあ次は盾だ!』
俺は水を出すと板状に圧縮して壁にする。圧縮するイメージは掴んだので気楽なものだ。
「大きいですね。」
『硬くもなってると思うから剣で叩いてみて。』
エリーヌはサーベルで軽く叩くと棒で柔らかいマットを叩いたような感覚が伝わる。水だけあって物理攻撃に対してはあまり強くないのかもしれない。次に思い切り斬りつけてもらうと今度は先程よりも抵抗を感じる。勢いのあるものに対しては反動が強くなるのだろうか。
斬撃の次は火の球をぶつけてもらったが、火に対しては鉄壁の防御を誇っていた。
『水だけだとこんなものかなぁ…思いついたらあとでやってみるけど。…あ!実践で役立つ足止め方法があったよ。』
エリーヌは首を傾げて、頭にクエスチョンマークを出している雰囲気を醸し出す。
『水じゃなくて闇なんだけど…。』
論より証拠。とりあえず小さい真っ黒な空間を作る。
『以前出したときに誰の光の魔宝技も効かなかった闇なんだけど、これを相手の頭部…というか両目を標的にすれば面白いことになると思うよ。』
少し躊躇っているのか、黒い球を指でつついて問題がないことを確かめてから顔の左側を黒い空間へ入れていく。すると左目の視界がまったくなくなり、目を開けているのか閉じているのか分からない状態になった。
以前に魔宝技の授業で味わった真の闇だ。それから顔を空間から出したり入れたりして少々楽しんでいたエリーヌ。変なところで子供っぽいのだ。
「これをされたら一溜りもなさそうですね…。標的が見えないと当てることも出来ないでしょうし。でも…広範囲の魔宝技を使えば関係ないのかな…。」
『相手の行動を阻害するのだったら一番いい方法だと思うよ。ただ試したことがないから、この闇が相手の瞳や頭部に留まってくれるか分からない。…でも、これは太陽の光を全て遮断してその空間に光を通さないってイメージでやってるから、空間じゃなくて相手の眼自体に光を通さないようにかけてしまえばできるかもしれない。憶測でしかないけどね…。』
エリーヌは困ったような顔をして「難しくてよく分からないです。」と口にする。
『まぁ、俺の考えられるものはこんなものだけど、今日やった水の…盾や多方向攻撃、相手を飲み込むやつとか、盾なら土を圧縮すると火だけじゃなくて物理効果も大きいと思う。――ただ、土にすると水と違って透過しないから相手が見えなくて行動が予測できなくなる点が厄介かな。多方向攻撃に関しては火でも雷でも、どの属性でも再現できると思うよ。あとは敵を包み込むってやったけどアレは土にしてみればもっと行動が抑制できるんじゃないかな。土で足を包むだけでもいいかもしれないし。』
エリーヌは少し頭を掻きながら頷いていた。その様子を見て慶太はあまり伝わっていないだろうなと思ったし、年齢的にゆっくりやっていけばいいかとも考えていた。
その日は限界以上に練習しすぎたのか寮の部屋に戻ると、エリーヌは同室の三人をほったらかして我先にと寝てしまったのだった。
ツッコミ所満載かも。