決意
野盗に襲撃された翌日の昼下がりに、アランとエリーヌは馬車に乗り街道上にいた。エリーヌの体調不良が朝まで残っていたため、非常時に備えるためということで昼の便にてルメールを目指していたのだ。
エリーヌとしては朝に出発しようとしていたのだが、エリーヌの体調を見るなり、出来る限り万全の状態にするため明日までは町に留まりたいというアランの意見もあり、両者の間を取って、そんな時刻になってしまっていたのだ。
馬車が進みルメールの都市が近くなるにつれ、沢山の街道が合流して、人通りが増えていく。多くの商人らしき馬車とすれ違い。徒歩で歩いている者も多く見られる。そのまま馬車が進んでいくと大きな塀に囲まれた都市が見えてくる。
『4、5階のビル相当はありそうなデカい塀だなあ……。』
大きな壁を見て、慶太は思わず感想を漏らしてしまう。日本で…いや、テレビなどを含めても、ここまで大きな壁は中々お目にかかったことがなかったからだ。
「あれがルメール公爵領の主要都市ルメールです。街の東…こちらからみて右側にある高い建物が学校の一部ですよ。」
『ほぉー…。塀が高すぎてちょっとしか見えないなぁ…』
「街全体が丘の上に建造されてますから、そうなるのも仕方ないかもしれません。学校の寮に入ると見晴らしはとても良いですよ。」
『それは楽しみだね。…カメラとかがあれば撮りたくなりそうだ。』
「…カメラって何でしょう?」
『風景とかを一瞬にして投影する道具かな。今見ている景色が一瞬で絵として収まる感じ。』
「一瞬で風景画を作れる道具って…凄いです。」
『ニ○ンやキ○ノン、オリ○パス等あったけどニワカの俺は断然キ○ノン派だね。あと街は超広角レンズで撮ると面白いんだ。』
「それらは何ですか?」
『あ…うん。道具の派閥かな…きのこ、たけのこ…みたいな。』
「えっと…きのこは好きですよ。」
『それは素晴らしいことだね(性的な意味で)。』
「楽しそうだね。面白いことでもあったのかい?」
慶太とエリーヌが楽しげに話していると、気になったのかアランが話しかけてくる。慶太の声が聞こえない彼には、エリーヌが独り言で楽しそうにしていて、少し怪しく見えたのかもしれない。
「えっ…はい。友達はどうしているかなって…思い出し笑いです。」
「それは面白い友達がいるようだ。機会があれば、紹介してもらいたいものだね。」
『ガチ○モには女など不要でしょうが…。』
馬鹿馬鹿しい会話を続けているうちに、馬車は街の門を通り過ぎ街の入り口付近にあるルメールの停留所に到着していた。
軋む音とともに乗合馬車が停車すると乗客はそれぞれの方向に歩んでいく、エリーヌとアランの二人も代金の支払いを終えると学校に続くレンガ造りの建物に囲まれた緩やかな登り道を進んでいく。
「買ったはいいが役立たなかったね。…昨日の今日で役立っても困るかな。ハハハ。」
アランは自分で背負ったロングソードとエリーヌの腰に下げられたサーベルを見て苦笑いをする。万が一を想定して武器を用意したが、取り越し苦労に終わったことにほっとしたのかもしれない。
「旅路は何もない平和なことが一番良いことですよね。」
エリーヌはそんなアランを見て無難な言葉を口にしていた。
城門のような学校の校門に到着する頃には穏やかな黄昏時であった。見上げると、そこには大きな建築物がいくつも見ることができた。門の前には警備をしている門番が二人立っており、エリーヌとアランは門番に徽章を見せてから門を通過する。メダルのようなソレは学生証だと思われる。
学校の敷地は広く、道には石を敷かれており庭と思しき場所には敷き詰められた芝生や大きな広葉樹のような樹木。またグラウンドのような広場も見受けられる。
「では、ここからは別れるとしようか。」
「はい。兄さん今回はお疲れ様でした。」
「今回みたいに襲われるのは遠慮したいものだね。それじゃあ、またね。」
石を敷かれた道をある程度進むと、アランとエリーヌはそれぞれ別方向へ向かい足を運ぶ。
それから少しの間歩いていると塔をいくつも重ねたような大きな建物が現れる。その巨大な塔は学校の女子寮であるらしい。アランと別れたのも寮が性別で別個のものであったためであろう。
女子寮の内部に入ると、ラウンジらしき広い場所は床に柄の入ったカーペットが敷かれており、所々に天井から吊られた燭台がある。内壁は漆喰で塗られており石壁が丸出しのものと比べ温かみを感じることができる。
エリーヌは受付にいた女性と話を交わし、何かの手続きを済ませると幾つかの分かれ道の一つを進み、暫く行った先には大きな螺旋階段が在り、それをゆっくりと登っていく。
『随分と大きい寮だね。』
「そうですね。およそ1000人がこちらの女子寮に住んでいますからね。」
『1000…か。そんな大人数がこの建物に入るんだ?』
「一部屋に大体4名ですから、人数の割りに部屋数は少なくて済んでいるそうです。貴族の方だと1人部屋だったりしますけどね。」
『じゃあエリーは1人部屋なの?』
「いいえ。私は四人部屋ですよ。士爵位はありますけど殆ど貴族の扱いは受けませんし、それに家はお金がありませんから。」
『うんうん。貧乏はどこも辛いものだよねぇ…。』
苦笑いするエリーヌだが、表情に曇りはない。
階段から廊下を暫く進むと一つの部屋に入っていく。室内には木製の四角いテーブルと同じく木製で作られた二段ベッドが二つ置かれている。また女子寮であるためであろうか、衣装棚や大きめの衣装鏡であろうのも見られる。
エリーヌは手に持った荷物を降ろし、アランに貰ったサーベルをベッドに添えるように置いてから上着を脱ぐと、突然後ろから胸を掴まれる。
「エリーヌおかえり~!」
後ろから、少女の声が聞こえる。エリーヌは特に慌てるようなこともなく平然としている。
「ただいま。フラヴィ。」
「やっぱりコレがないと学校に来た気がしないよ~。」
フラヴィと呼ばれた少女は、尚もエリーヌの胸を揉み続ける。普段から揉んでいたのであろうか。
「ぬっ…エリーヌ…ちょっと臭くない?」
「宿でお湯を貰うのもお金がかかると控えていましたから…2日程身体を拭っていないですね。」
フラヴィが鼻をつまんだ格好でエリーヌの正面に来る。
少女の肌は少々小麦色をしており。身長はエリーヌより若干低く、胸は小ぶりで、ブラウンのショートヘアーに、身に着けたキャミソールのような服は踝丈ほどもあり、その上に毛糸でできた丈の短いガウンのようなものを羽織っている。
「ぬ~。それじゃお風呂に入りにいこうよ。もう準備してあるはずだしっ!」
「そうしましょうか。夕食のときに臭っては食事が台無しになりますからね。」
『待ってましたぁ~!俺のパラダイス!!やっと1つの目標を達成できるのか!!!』
鼻をつまんだフラヴィが、何やら気になったのかエリーヌの腕をジロジロと観察している。
「この腕輪に付いてる魔宝石って黒曜石?」
「いえ、オニキスですよ。休暇中にお爺様にいただきました。」
「お~凄い!庶民には手が出ない等級だ~。私も、エンジェライトを両親に無理言って買って貰ったけど、農民じゃそれ以上は手が出ないよ。せめて商家に生まれたかったなー。」
「購入すると高いですからね。いずれお金が貯まれば上等なものも買えるでしょうし。」
「D級だって平民には簡単には手が出ないのに~…簡単に言ってくれるね~。」
エリーヌは鞄から、フラヴィは棚から、それぞれの着替えを準備するとエリーヌはフラヴィに手を引かれて寮の一階にある浴場へと連れて行かれた。
脱衣所の壁は石がむき出しになっており、床には木板が張られている。既に何人かが衣服を脱いでいるのが見える。二人は並んで置かれた棚の前に立つと衣服を脱いで入れていく。
『絶景かな…。これぞ桃源郷というものかね。』
俺は薄布を纏うのみのフラヴィや周り女性の姿を見て感動していた。だが、エリーヌが下半身の下着を下ろした時。慶太はその感動を吹き飛ばされる位の驚きの衝撃を受けた。目に映るソコは靄がかかったが如く真っ白だったのだ。
急遽、周りに見える裸の女性の下半身も確認するが、そちらも"驚きの白さ"だ。
『なんだって…お代官様堪忍して下さい。後生ですから見せてください…。洗剤のアタ○クさんは仕事しないでください。』
慶太は項垂れる。身体は無いが項垂れる。人生でこれほど憂鬱な気持ちになったのは初めてかもしれない。
だが彼は、目の前で揺れ動く二つの肉まんを見て想い起こしたのだ。己は――おっぱい星人であった――と。
「サトウさん。どうかしましたか?」
「エリーヌ何か言ったー?」
「いえ、サト…」
『あー、俺が話せるのは周りに黙っていてくれないか。』
透かさず慶太が言うとエリーヌは軽く頷く。
最初に、意思のある魔宝石は貴重と言われていたのを思い出し、直感で悪い予感がした慶太はその疑念が晴れるまでは黙っていてもらおうと判断したのだ。
「え、えっと。夕飯は何かなって…。」
「相変わらず食いしん坊だね~。しょうがないなぁ。」
エリーヌに言い訳をさせてしまったことを慶太は深く謝罪しておく。
裸になった二人が浴室に入ると、そこは高い天井まで湯気が立ち上り、石でできた壁には水蒸気が雫となり滴っていた。
エリーヌとフラヴィの二人はおもむろに湯船に入り、御機嫌の表情を露わにする。慶太は日本式の入浴方法と違い少し戸惑いを覚えるが、文化の異なる場所だと納得することにした。
ふと周りを見ていると慶太はあることに気付いてしまった。それは巨大なものほど露わになり、小さなものほど不動である。
『う、浮いてる…おっぱいって浮くんだ…アニメじゃないのに浮くんだ…。オレカンドウシタ。知識レベルがあがった。エリーヌの大きいおっぱいも浮かんでいるね。ボクも元気百倍になりそうだ。』
あまりにも胸に執着する慶太に見られて恥ずかしく思ったのか、エリーヌが胸を両手で隠そうとすると柔らかい触感が伝わる。
(今、柔らかい手触りが…)
『エリー。ちょっと我侭なお願いだけど…自分の胸を揉んでもらっていいかな?』
その願いに戸惑いを覚えたエリーヌだが、頷くと軽く揉み解すように手を動かす。すると慶太にも柔らかい胸を揉んでいる感覚と胸を揉まれている感覚が伝わってきたのだ。しかし、慶太は喜びに震えることはなかった。何故かというと自分の胸を揉んでいただければお分かりいただけるだろう。
ものは試しにと他の物にも触ってもらうが他の物だと触る感覚は伝わってこなかった。
『んー、フラヴィのおっぱいを揉んでもらえる?』
「えっ…。」
『多少無茶なことを頼んでいるのは分かってる…頼めるかな。』
エリーヌは少し考えるが、願いを聞き入れてくれたようで、フラヴィの後ろに回り込むと彼女の胸に優しく触れる。すると、慶太にも膨らみかけの胸に触れる感覚がある。
(ちょっと鼻血が出そう…。)
「なっ、エリーヌどうしたの?」
「部屋でのお返し…かな?…かも?」
「なんで疑問形。しかーし、そう来るならこっちからもいくからねー!」
次の瞬間、エリーヌの胸はフラヴィによって揉みくちゃにされてしまう。見た目では興奮するような出来事なのだが、自分が胸を触られている妙な感覚も伝わってくるため、どうしても乗り切れない。
『どうやら、胸を触ったり、触られたりすると俺にも知覚できるみたい。』
エリーヌに判ったことを伝えておく、それから暫くの間エリーヌの大きな胸はフラヴィによって無茶苦茶にされていたのだった――。
――――学校へ到着した日の翌日、慶太はエリーヌに学校を案内してもらっていた。フラヴィは予定があったため一緒ではないのだが、慶太にはむしろ都合がいい。それは、他人の前でのエリーヌとの会話方法がまだ確立されていないからだ。
「こちらが…私が2年生のときに使っていた教室ですね。こちらで座学の講義を主に行ってます。」
そこは中央に建てられた円状の巨大な建物の中にある一室だった。空間は広々としており、教壇を囲うようにして半円状に机が並べられている。
『広い教室だね。1クラス何人くらいいるの?』
「50人くらいですね。留年者がいたり、転入などがあると増えたりしますよ。」
『1クラス50人は多いね。それに留年もあるのか…。中々厳しい場所だ。』
「ふふっ。そうかもしれませんね。三年までは留年する方が稀ですけど。」
この学校は1学年に10クラスで6学年あり、兄のアランは今年で6年目となり、順調に最上級生となれたとのこと。全体の人数に対し、女子寮の人数がおよそ1000人であるのはおかしくないかと尋ねたところ、男性が多い社会のため、仕方ないのだという。
あと、座学の授業内容については語学、数学、地理学、古文学、刑法学など色々あるそうだ。建物内には他に舞踏室、音楽室、美術室など特別教室も多数存在した。
「こちらが室内訓練場です。」
そう言われた場所は、先程の建物と渡り廊下で繋がった、真上から見れば六角形であろう大きな建物だ。石造りの壁には、金属の骨組みがぎっちりと組み込まれているのが見える。格子をはめられた窓は大きく、建物内だというのに暗さをあまり感じることがなかった。あちこちで、学生らしき人々が訓練用の武器で素振りしていたり、練習試合のようなことをしているのが見られる。
『学校の体育館が数個は入りそうな大きさだなぁ…。』
「体育館?どんなものなのでしょうか。」
『えっと、体操したり運動競技をするのが目的の施設かな…。』
「普通の運動は、主に外でしていますよ。」
建物から出ると、視界にはグラウンドが広がっている。辺りの地面は乾いた土で、周りには防風のためだろうか背の高い樹木が並んで植えられている。各所に、射撃で使うような標的が並んでいるのも見えた。
「手前が室外訓練場で、壁を境に奥にあるのが運動場です。」
その場に居た三人組のうちの一人が、突然に水を空中に生み出すという魔法のような光景が見える。
『すげぇ…魔法だぜアレ。』
「あれが魔宝技ですよ。指導員の監視なく行っている様子ですし高学年の方でしょうね。」
『色んな決まりがあるんだねぇ…。』
「事故が起きたら困るからでしょうね。」
『俺みたいなお調子者がいたら、周りに迷惑かけそうだもんね。まあ…魔宝石については授業で詳しく教えてもらえるだろうから後の楽しみにしておこう。』
エリーヌは微笑を浮かべながら次の目的地へ歩いていくと、そこには他に比べれば幾らか矮小に見える建物がある。建物内は三階に分かれており、窓は少なく室内は薄暗い印象を持たせる。
それぞれの階には、本が目一杯に納まった大きな棚が無数に置かれていた。
「こちらは資料館ですね。調べ物があるときは利用します。」
『図書館じゃないの?』
棚には英雄譚やら恋愛小説らしき物なども見えたため、気になったので問うてみたのだ。
「現在は世俗の書物なども置いてありますし、生徒は図書館とも言いますよ。…でも、こちらの正式名称は資料館です。本来は本を楽しんで読む場所ではなくて、資料を閲覧するためだけの場所だったらしいですから。」
『へー。』
慶太は関心したのか分からないような返答をする。顔が見えていれば無表情だったかもしれない。丁寧に教えてくれているエリーヌには悪いが、興味があまりなかったからだ。
「主に使う場所は、このくらいです。何か気になる所はありましたか?」
『特に気になった場所はないかな…。ああ、そうだ。』
エリーヌが心躍るように嬉しそうな表情をしているのが判る。人に何かを請われたり、教示するのが好きなのかもしれない。
「何かありましたか?」
『学校のことじゃないんだけどさ。人前で俺と会話するのが大変じゃないか?』
「サトウさんのことを知られないようにとなると難しいかもしれませんね。」
『だろうだろう。そこで、だ…昔、書物で読んだことを実践してみたいと思うんだ。お互いが念じることで会話できるような話があってね。』
「えっ、そんなことで…会話できるんですか?」
驚きを表すエリーヌに対して俺は即答する。
『会話できる…かもしれない。できれば便利だろう?』
「そうですね。考えるようにして念じてみれば良いんでしょうか…やってみますね。」
『飲み込みが早いね!頼むよ。』
エリーヌは暫く黙り込むと、唸り声を上げる。それから数分間必死に念じようとしてくれているのだろうが、一向にエリーヌの声など聞こえてこない。
『駄目みたいだね…いい案だと思ったんだけどね…。』
「…そうですか。残念です。」
『ちなみにどんなことを念じてみたの?』
「サトウさんのエッチって。」
『あ…うん。そうだね。エッチだね。スケッチだね。おっぱいワンタッチの刑だね。』
結局その時は、二人で上手く会話をする良い方法は見つからず、簡単なことは身振りで済ませることにし、人前で会話する場合は小声で行うようにしようと決めたのだった。
学校の案内も終わったということで、昼下がりからルメールの街を散策しようということになった。
学校から街中に続く坂を下り広場に出ると、辺りは賑やかで沢山の屋台なども見られた。屋台には野菜や魚、肉などの食料品。食器や服などの生活用品。奇をてらうためなのかアフロの裸夫像など扱っている店もある。
『あれって魔宝石?』
そこには、宝石を並べている商店が店舗を構えていた。
「それはただの宝石店ですよ。慣れるまで見分けは付かないかもしれませんが、宝石内に薄っすらと光を宿すものが魔宝石です。」
『ただの宝石もあるのか…てっきり、全ての宝石が魔宝石なのかなーって思ってたよ。』
「魔宝石は国の許可がないと販売できませんから、もっと大きな魔宝石専門のお店に行かないと置いてありませんよ。手に入れるなら、その専門のお店で購入するか、遺跡などで発掘するしかありません。」
『遺跡かー。じゃあ、時代錯誤遺物みたいなものなのかな?』
「そうですね。古代技術で作られたものと言われてます。でも、作ることもできるそうですよ。」
作れるという言葉に驚きを覚えてしまう。あんな凄いものを作れる技術があるのであれば、もっと発展していてもおかしくないからだ。
『えっ、作れるの?』
「アルメニア神興国で作られていると聞いていますよ。ただ、発掘されたものより若干粗悪になってしまうらしいです。」
『うん…知らない国だね。でも、調べればありそうな…そんな名前。』
アルメニアという国はこの国でも信仰されている宗教の大本を仕切っている宗教国家らしい。信仰する周辺国へ一定の魔宝石の供給もしているのだとか。おそらく独占企業みたいなものと考えておけば問題ないだろう。
魔宝石の作り方に関してはエリーヌもまったく分からないらしいので技術レベルは不明だ。
それから暫く街を歩いていてのだが、すれ違う人々が髪の色は沢山あるのに普通の人間しか見当たらないので気になり質問をしてみる。
『この街にはエルフとかドワーフとかの人種はいないの?』
「いませんよ。」
『えっ!』
「えっ!?」
どうやらこの世界にはファンタジーで王道と言われる人種は存在していない様だ。エルフとムフフな関係を築くことをほんのり考えていた慶太にはとても残念な事実であった。そこへ、夫婦らしき二人が手を繋いで歩いているのが見える。たまに立ち止まって、キスなどしているものだから慶太の苛立ちは加速してしまう。
「仲が良さそうな二人ですね。」
『うらやま…けしからん。死ねばいいのに。』
そう念じると同時に、男の方がコケて地面とキスをしていた。
『YATTA!ざまぁ!そのまま地面と結婚しちまいな!』
呆れた顔をしたエリーヌが、仕方ないなぁと言いながら歩いていく。所々の露店で、食べ物を買いながら街を散策していると、見晴らしの良い高台に来ていた。高台には人が疎らで、人気は無さそうであったが、街の南方が一望できる絶景の場所だった。
『そういえば、何で騎士学校に通うようになったの?』
騎士は男性社会ということで、気になっていたことをこの際に尋ねてみた。
「…そうですね。最初のきっかけは私が森の中で遊んでいたら獣に襲われて、そこをクレマンお爺様に助けていただいたことでしょうか。」
慶太は、エリーヌと出会った日に彼女の実家で見た長身の老人を思い浮べる。
『へぇー、あの爺ちゃんか。中々やるもんだね。』
「はい。それから、お爺様に憧れて稽古をつけてもらったりしたんです。とても強かったんですよ。」
『確かに強そうな見た目だったね。細いわりに筋肉凄そうだったし…。』
「稽古をつけている時に、お爺様の様な騎士になりたいって言ったんです。そしたら、どうせ騎士を目指すならば英雄を目指してみせろって。」
慶太の思い浮べる英雄はゲーム等で勇者と呼ばれていて敵の中に突き進み世界を救うもので、騎士とは王宮などに仕えてその場所を守る…ある意味、真逆とも言える存在だと認識していた。
『騎士から英雄って、飛躍しすぎじゃないかな?』
「いえ、お爺様の言われている英雄は心構えであって、偉業を成し遂げるような一般的な英雄ではありませんよ。」
どうやら、慶太の考えている英雄像とあまり違いはないようだが、その心構えというものが気になり、どんなものなのか尋ねてみる。すると街を見渡し闊歩している人々を見てエリーヌが語る。
「例えどんな敵が来ようとも、この国の人々が安心して過ごせるよう領土を守り、そして救うことです。この国の全てを守る心構えは必要だって。好きな人を守るために行動することは、勇気があれば誰にでもできることだからと言われました。」
『随分と壮大で立派だなぁ…。でも、現実的に考えて全部を守るなんて…そんなの無理でしょ。』
思ったことをそのまま口に出す。慶太の知る英雄というものより立派だからだ。立派すぎて反吐が出るかもしれない。
慶太の考えている英雄は立派な目的はあれど悪いことをしたり、好色だったりと人間味を感じさせることがあるからだ。国についても人一人には全て守るなど不可能な事だ。
「そうかもしれませんね…。でも、そのくらいの気構えでいないと騎士として役に立たないのかもしれません。」
『まあ…騎士に敵前逃亡されたら困るしね…。それで、その英雄を目指しているから騎士学校に通っていると考えていいのかな?』
「はい。私はお爺様の目指していた英雄になりたいという決意は揺らぐことがありません。その道が険しく、途中で挫けそうになってもやり通すとお爺様と約束しましたから。」
エリーヌの決意を聞いて慶太は少し考えてから返事をする。
『…そうか。現状だと俺はエリーヌについて行くしかないし…何が自分にできるか分からないけど一緒にいる限りは手伝うよ。…もし、もしも元の世界に戻れたりするならそこまでかもしれないけど、それでもいいかな?』
「はい!手伝っていただけるなら、それだけで十分嬉しいですよ。それに以前、野盗に襲われた後も励ましていただきました。」
俺の言葉に満面の笑みで答えるエリーヌ。
『あんなことで手伝ったことになるなら、泥舟に乗ったつもりで安心してくれ給へ。』
その言葉にエリーヌがフッと笑いを漏らす。
傾いた陽が照らす中、慶太はエリーヌの目指す"英雄"への道を手伝うことに決めたのだった。
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