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黒い宝石と一人の少女  作者: 小枝
プロローグ
2/13

旅路

 エリーヌと出会った次の日の朝、陽が窓から射し込み、小鳥のさえずる音が聞こえてくる。


 そんな朝に重大な事件が起こった。これから湯浴みの時刻だというのだ。


 脱衣所らしき部屋にエリーヌが行くと、母であるアデールと姉のフロランスが下着を身に着けるのみとなっていた。



「おはようございますお母さん。姉さん。今朝もお早いですね。」



 エリーヌは二人へ社交辞令のような挨拶を行う。それを返すようにアデールが挨拶を行うと、二つの巨大な果実が凶暴に暴れる。同じように挨拶するフロランス。こちらも母に比べれば小ぶりだが、十分に男を狂わせる性能を備えているといえよう。動くたびに2つの…いや、4つの張りのある果実は美味しそうにゆったりと揺れている。


 再び衣服を脱ぎ始める2人とエリーヌを、慶太は息を飲んでその光景を目に焼き付けていた。覗きをしているといういけない気持ちを抱きつつ、三人の露になる乳房とその先端を心の画像フォルダへと保存していたのだ。


 そして…これから禁断の下半身へ…というところで慶太の視覚は"腕輪を外される"という暴挙によって失われたのだ――――。





――『酷いよエリー…腕輪は外さないと約束したのに…。』


「ごめんなさい。」



 湯浴みを終えたエリーヌに、俺は愚痴を溢していた。無防備な3人、あわよくば妹も入れた4人の女性の裸を堪能しようとしていたのだ。通常ならば責められるのは彼の方であろうが、エリーヌには理解できていなかったのだ。


 表情を暗くしたままエリーヌは朝食を終えて、出立の準備を始める。



「エリーヌ。僕の方はもう発てるが、そちらはまだかな?」



 突如として長兄であるアランがノックもなしに微笑みながら部屋へやってくる。アランの格好は昨晩と違い多少生地の厚い服に、大きめのサックを背負い、左手には杖を持ち、腰に長剣を添え、頭には羽帽子をかぶり、肩にはポンチョのような短めの外套を羽織っている。

 この世界での旅路の格好だろうか。外はまだ寒いのだろうと思わせる格好をしている。



「はい。もう出れます。兄さんはもう出立できるのですか?」


「僕の方はもう準備できているよ。それでは、もう少しで馬車の出る時刻だから、遅れないように行こうか。」



 出立の準備を終えた二人は、家族と挨拶を交わしてから乗合馬車の停留所へ歩いていく。


 空は遠くまで青く、雲も数えるほどしかない。旅路には最適の日であると言えのではないだろうか。エリーヌの家がある町には、レンガや石で作られた家がポツポツと立ち並び、歴史を感じさせる古い井戸や花壇に咲く小さな花なども見て取れる。道路には石を敷かれており、思ったよりも綺麗に整備されていた。



「思いのほか、早く着いてしまったようだね。僕たちも少し待とうか。」



 停留所と思われる場所には既に数人おり、それぞれが地面に腰を下ろしたり壁にもたれ掛かったりしていた。アランも重い荷物を降ろすと、短時間でも疲れたのであろうか身体を伸ばす。



「そういえば、今年でエリーヌは三年生になるから、魔宝技の実技が始まるね。」


「そう聞いていますが、兄さんのときはどんな授業だったのですか?」



 エリーヌはアランに疑問に思ったことを聞いてみたようだ。



「僕の時は、基本的な魔宝技の使い方と、己の体力の限界を見極めることから始まったかな。特に後者は、何度も気絶しそうになって辛かったね。習うより慣れろとは正にこのことだろうね。」


「結構、厳しい授業なのですね…。今からついて行けるか心配になりそうです。」


「危ない事はさせないから、そこまでの心配はいらないよ。根気が続けば何とかなるだろう。」


 やがて、停留所へ乗合馬車がやってくるとそこにいた人々は各々に立ち上がり馬車へ乗り込む。馬車は馬二頭に引かれた少し大きめのものだ。車輪や基礎の部分は木材で作られており、負荷がかかりそうな場所には金具が使われている。


 暫く停留すると、待機時間を越えたのか馬車はゆっくりと動き出す。車輪や馬に付けられた蹄鉄が石畳が擦れ合い「ガタンゴトン」と音をたてるが、その音も旅路を思わせ心地よい。


 馬車が進み、広い草原の中に森がポツリポツリと見え始める頃には、道路も石畳から整備のされていない土の道になっていた。やがて、馬車は深い森の中を突き進む。道はさらに悪路となっており、馬車は激しく揺れ動く。ファンタジー小説などなら野党やモンスターなどが襲ってきそうな展開であろうが、そんなことはなかった。


 数時間も揺れていると森を抜け、昼下がりには次の停留所のある村を過ぎ、夕刻前には辺り一面に小麦畑の広がる町に到着していた。



「本日はここまでです。明日もご乗車の方は朝の9時に停留所へお越し下さい。」



 御者が言うと、乗客はそれぞれ近場の宿や酒場へ歩を進めていく。アランとエリーヌは他の乗客と異なり町道を歩んでいく。



「この町はやはりアンドレさんの宿がいいかな?」


「あそこはいいですね!食べ物も美味しいですし。何より値段も安くしてもらえます。」



 二人の会話を聞いていると行き着けの宿があるようだし、美味な食事がとれるというのは、味覚を感じることが出来ると知った俺も大歓迎だ。暫く町の中央を通る街道を進むと、その道を逸れて細道に入る。そこに小さな宿があった…名前は"癒しの親父亭"だ。


(うん…俺なら逃げる。全力で逃げる。やばい掘られる…。)


 そんな気持ちを余所に、エリーヌたちは怪しい宿へ進む。中は何本もの蝋燭に燈された明かりで思ったより明るく、食堂らしき場所は大勢の人で賑わいを見せていた。



「あらぁ…アランくんじゃなぃ!また来てくれたのねぇ今回もサービスしちゃうわよぉ。」



 化け物が出た。ゴツいおっさんが女物のビキニのような薄布と、下半身には網タイツを履き、女口調で話しつつ、内股をモジモジとさせながら腰をメトロノームのような一定のテンポで左右に振って接客してくるのである。外見と動きが合わさり、とても気持ち悪い。



「ええ、僕たちはこちらの食事が何度来ても忘れられなくて…それで、アンドレさん。今日は一泊できますか?」


「空いてるわよぉ!今回も妹さんと一緒の部屋でいいのかしらぁ?」



 アンドレと言われたおっさんは、発言する度に腰の動きが速くなる。気持ち悪い。



「はい。私は兄さんと一緒で構いませんよ。」


「僕らは手持ちも少ないので同室でお願いします。」


「じゃあ、食事も朝夜込みでぇ支払いはぁ240グローになりまぁすぅ。」



 アランが支払いを終え、食堂の席に着くこと数分だろうか。二人の前に、麦がふんだんに使われているらしい料理ディナーがテーブルに所狭しと運ばれてくる。

 エリーヌが料理を口に含むと、本場のモノなど食したことがない慶太は思わず賞賛の声を上げていた。



『美味い。文句無しに美味い。』



 直後に、他テーブルへ料理を運んでいる宿屋のおっさんが視界入り気分が悪くなったことは言うまでもない。


料理を食べると早くも就寝することにした二人であった。



――深夜。辺りは虫の奏でる音色が聞こえてくるほど静まり、隣室の寝息まで聞こえてきそうな、日本では中々味わえない程の静寂であった。そんな中、部屋の扉から小さなノックの音が聞こえる。



「アランくぅん。まだ起きてるかしらぁ?」



 その声を聞くだけで、俺は蕁麻疹が出るような錯覚を覚える。エリーヌが就寝中のため視覚はなかったが、生憎と聴覚は絶好調なのであった。



「起きてますよ…。」


「今夜もどぉかしら?」


「…明日からも旅路が長いので、短時間でよければ」


「じゃぁー決まりねっ!いつもの部屋に来て来てぇ。」



 何やら二人の怪しい会話が繰り出されている。アランは気遣いのためなのか、エリーヌを起こさないようゆっくりと歩を進める小さな音が聴こえ、やがて扉がパタンと静かに閉じられる。

 数分経った頃だろうか…アランと気持ち悪いおっさんの荒い息遣いが静かな空間に響いてくる。これは生き地獄なのだろうか…いや、プロレスをしているんだろう。慶太はそう思うことにした。



「ふぅ…。今回も…中々……よ…かった…。明日も早いし…早く寝よう。」



 時を忘れた頃、アランが部屋へ戻ると独り言を放つものだから慶太は核心してしまった。


(兄がホ○なんて、エリーヌはなんと可哀想な娘であろうか…いや、イケメンが○モなら女性に無害で良いことかもしれない。)


とりあえず慶太は、それ以上考えるのを止めた。



――朝日、毎日現れるそれは慶太には心を清めてくれる神聖なものの様な気がした。眠い目を擦り、軽く欠伸をするエリーヌがとても可愛らしい。聖人のように清らかな気持ちで彼女を見守る。


 ふと、視界に映るアランのベッドはもぬけの殻で室内にはエリーヌ以外に誰もいない。



「兄さんは早朝から訓練に励んでいるみたいですね。」


『……昨晩も凄かったけどね。』



 慶太の返答にエリーヌは頭を傾げたが、気にした素振りはみせない。起き上がったエリーヌはさっと着替えを終え、宿の食堂へと向かうと既に食堂に来ていたアランが手招きする。



「昨晩はよく寝れたみたいだね。」



(昨晩を思い出すような発言は控えていただきたい…。)


 慶太は心の中でそう告げる。


 アランとテーブルを挟んで対席に着くと、今朝の料理がお膳に乗せられ運ばれてくる。ホワイトソースのように真っ白なスープと拳よりも少し大きめなパンが二つ。あとは刻まれたピクルスらしきものが添えられていた。



『美味い!店主が見当たらないので余計に美味い!!』



 食事を終えたアランとエリーヌは宿を発つと、停留所に停められた馬車へ乗り込む。少し経つと鐘の音が響き、鐘の音に従うように馬車も発車した。おそらく予定の時刻を知らせる鐘なのだろう。


 昨日と同じように馬車はゆっくりと揺られて進んでいく。いくつかの川を越え、林の中を進行していると馬車は急に停止する。



「車軸が故障してしまったようで…応急修理を終えるまで暫くお待ちください。」



 御者の発言に、車内にいたエリーヌたちを合わせて五名は馬車の外で待機する。日本ならクレーム等ありそうなものだ。



「君たちは旅行でもしているのかい?」



 地面に腰を降ろしていたエリーヌに、そう尋ねてきたのは小太りの男性客。若いアランとエリーヌの姿に男性が興味を示したのだろうか。



「いえ。私たちはルメールの騎士学校へ向かっているところなんです。」


「ルメール公爵様の学校か……順調にいければ今日にも着けただろうにねえ…。ところで意匠の凝った服装のようだけど、もしや貴族様なのかい?」


「貴族というには…士爵の位ですから…」


「そうか…悪いことを聞いたね」



 士爵は末端とはいえ貴族に含まれてはいるが、継承権の発生しない一代限りのものだ。化け物と争いをしている現状、士爵持ちはかなりの数が存在していた。

 何故ならば士爵を増やしたところで次々と死んで行くからだ。それでも士爵を目指す平民が絶えないのは、末端とはいえ貴族の一員になれるということが、それほどの魅力を備えているのだろう。ただ、士爵と言えど優れた功績を残せば、準男爵として世襲が認められる立場になれることもある。



「金をだせ!」



 突然、林の中から薄汚れた衣服でボサボサの髪をした十名近くの賊らしき男たちが飛び出し、それぞれが武器を構える。そして、手馴れているような動きで馬車の周りを囲い込む。



「君たちは何だ。盗賊行為は重罪になると知っての行いか?」



 御者が、賊のような格好をした男たちにそう尋ねる。男性の盗賊、窃盗行為などの行いは主に絞首刑、車裂きの刑が適用されることが多いらしい。



「そんなこと知るか!金を出せないんだったら無理やりでも置いて行って貰うぞ。」


「女は出来れば捕らえろ。皆で使い潰すまで遊べるだろうしな!ハッハッハッ!」

「上玉がいるじゃないか。これは当たりを引いたんじゃねえの?」

「違いねぇ。最近は外れが多かったからな。」

「御頭。今回は俺からヤらしてくれよ!前回は俺の番になる前に壊れちまったからなぁ。」

「それは仕事を終えてから決めるこった!楽しみは後にとっておくもんだな」

「このロリコン共め。某は奥に控えた熟女をいただくぞ!」

「お前の年増好きも、十分変態の域だと思うぞ。」

「俺は、できたら死体がいい…。あの死臭、そして冷たさが心地よいんだ。」

「あ、ああ…異常さならお前が一番だろうよ。」

「男は俺が貰っていいよな?」


「「「好きにしろ。」」」



 賊のような男たちが欲望のままに言い放つ。


 御者とアランの二人は武器を抜き構えると、そのすぐ後ろでエリーヌも短剣とはいえ、身に着けていた武器を鞘から抜いて構える。残る三人の乗客は後ろに下がり小さくなって震えている。


 一般の乗合馬車の場合は、低料金に抑えているため護衛の兵士などはつかないのだが、この御者は剣術を嗜んでいたようだ。



『この状況は結構ヤバい?』


「そうですね…この街道で野盗に襲われるのは初めてですし、こちらで戦えるのも3名と数も劣っています。」


『…人間以外なら襲われたことはあるの?』


「半年前に猪と一度だけ……。」



 動物と人では勝手が異なり、人数も倍以上の差がある以上、非常に危険であることを感じる。


 心の準備ができる前に、槍を持っていた三人の賊が突きを放って襲って来る。迫り来る槍の一つをアランは長剣で横へ弾き、業者は湾曲した片刃の剣で一つの突きを絡めるように掬い取り軌道をずらすが、もう一つ迫った槍が御者の足に突き刺さる。



「ぐっ…!」



 足を突き刺された痛みに、業者が苦悶表情を浮かべるながら呻く、それを見たアランも苦いものを噛んだような表情を浮かべている。



「これは…拙いですね。……やるしかない…か。」



 アランは考える様子を見せると、小さく呟く。すると、耳に付けられたピアスの宝石が碧く淡い光を放つ。



「頭!こいつは魔宝持ちだ。早く片付けねーとヤバいぜ!」

「青光の強化系か。系統から言ってさっさと殺っちまうに限るな。」



 魔宝技は体力を消耗するものなのだが、強化系は体力の向上を主に行っているため、長時間の魔宝技使用が可能になるのが一般的なのだ。


 長期戦になると旗色の悪くなると判断した男たちは、一斉にアランへ襲いかかる。


 そうはさせまいとエリーヌと御者も少なからず応戦するが、負傷した者と、まだ経験も録に無い者の短剣などでは阻むことができない。


 次々と襲い掛かる攻撃を見極め、アランは厄介である三本の槍に狙いを定めて柄を切断していく。その際に、致命傷になりそうな攻撃は避けるが、幾らかの斬撃を受けて傷を負わされる。人数が違うのだ、そんなことに躊躇などしていられない。


 槍が使い物にならなくなった男たちが、武器を持ち替えようとするのを確認すると、アランは素早く男らの中へ駆け込み、その勢いを利用して一人の首を切りつける。首を斬られた男は頚動脈を切断されたのか勢いよく血を噴出し倒れる。即死とならなくとも致命傷であろう。



「まず一人…。」



 アランは透かさず、首を斬られた賊の隣にいた男を右足から右腕を切り上げて切断し、その勢いを身体を回転させて保ったまま反対側に居た男を袈裟切りにする。


 瞬く間に3人を戦闘不能にしたアランだったが息は荒い。しかし、勢いは止まらなかった。


 次にアランは、戦斧を振りかぶった男を正面から武器を持った腕ごと真っ二つに叩き切る。真横にいた男が咄嗟にアランへ向けて剣を振り下ろすが、皮一枚のところでそれを避わし、その男の胸を一突きした後、力任せに横薙ぎに切り裂いた。



『グロいな…。』



 切断された死体――人を殺す瞬間など初めてみた慶太は吐き気のような気だるい気分を味わっていた。



「やってくれるじゃねえか…。これ以上手下をやらせるわけにゃいかねえな。」



 大きな身体をした賊の言葉を聞くと、他の賊たちが後ろへ引く、御頭と呼ばれていたその男が前に出て、長柄の戦斧…ポールアクスを横薙ぎにして振るってきた。

 男の鋭い攻撃に、アランも受け流そうと試みるが身体ごと吹き飛ばされる。間をおかずして男がポールアクスを振りかぶり迫ってくる。



「ッ!他の者より速い…!」



 アランは横へ転がりながらそれを躱すが、魔宝技を使用しても力負けしている状況にアランは疑問を持つ。


(明らかにおかしい…。)


 それから何度も攻撃を受けているうちに、ポールアクスに宝石が埋め込まれているのを見つける。その宝石は薄っすらと紫色の光を放っていた。



「お互いに魔宝石持ちだったわけだ…。戦況が拮抗するはずです。」


「おや、今更気付いたのか?見つけるのがいささか遅いな」



 御頭と呼ばれた男は、舐めきった態度でアランに告げた。



「生憎と僕はまだ騎士見習いなものでしてね…。」



 男の攻撃を受けていると、アランの長剣が耐え切れなくなったのか中ほどから折れてしまう。



「くっ…。」



 アランは叱咤を漏らすと、同時に振り下ろされようとしているポールアクスを見て死を覚悟していた。



「兄さん!」



 突如、庇うようにエリーヌがアランの前に立ち、ポールアクスの一撃を受け止めようと短剣を構えるが呆気なくにへし折られて、勢いが衰えぬままに迫る斧にエリーヌは死を覚悟した。


 慶太も、もう駄目だと思ったとき――視界は黒く包まれた。



『な、何が起こったんだ?』



 慶太には何が起こったのか理解ができなかった。エリーヌは気を失ったのか…それとも死んだのか。そんなことすら判らなかったのだ――――――。





――――――「…エリーヌ。」



 男の声が聴こえる。


 ゆっくりと目を開けると、そこにはエリーヌの兄であるアランが心配そうな顔をしてエリーヌを覗き込んでいる。室内は夕日が差し込んでおり、遠くから喧騒も聞こえてくる。



「無事のようで、よかった…。」


「はい。あの…こちらは、どこでしょうか?」



 先程まで林にいたはずだが、エリーヌは見たことのない室内にいる現状をまだ把握できていないため、アランに疑問を投げかける。



「盗賊に襲われた場所から、一時間程進んだ所にある町の宿だよ。三時間近く目覚めないから心配したよ。」



 見るとエリーヌの身体はベッドに横になっていた。


 それからアランに、賊たちがどうなったのか尋ねるとポールアクスがエリーヌに当る直前…粉のようになって砕けたと同時に野盗たちも一人残らず血を吐いて絶命したらしい。


 そのあとは馬車の応急修理を終え、御者の怪我もあったので近場にあるこの町で馬車を休めているそうだ。



「ところで野盗に殺されそうになったとき、魔宝技を使ったのかい?」


「いえ…死にたくないと考えるのがやっとでしたので…。」


「ふむ…。じゃあ腕を軽く上げてごらん。」



 言われた通りにエリーヌが腕を上げようとすると、筋肉痛のような痛みがエリーヌと慶太に走る。おそらく痛覚まで共有してしまっているのだろうと思い嫌気が差す。



「その様子だと、無意識のうちに魔宝技が発動していたのかもしれないね。今日はそこで安静にしているといい。食事は部屋でとれるよう宿の主人に頼んでおくからゆっくりしていてくれ。」


「はい。兄さんの言う通りにしておきます。」


「あと僕を庇おうとしてくれたのは嬉しいけど、無謀に命を投げ出してはいけないよ。無謀と勇敢は履き違えてはいけないからね。」



 そう言葉を残してアランは退室していった。


 すると突然、エリーヌは涙を流がした。それは己の無力さからくる悔し涙だったのか、命が助かったという嬉し涙だったのか、はたまた恐怖心がぶり返したのものかは慶太には分からなかった。


 泣き疲れたエリーヌの顔は赤く染まっているが、それを隠すよう夕日が優しく照らしてくれる。



「…私って駄目ですね。何をやっても上手くいきません。」


『ん。…何がだい?』


「先程の戦闘のことです。…何も役に立てませんでした。」


『うーん。しょうがないんじゃないの。人との殺し合いは初めてだったんだろ?経験がないなら失敗するのは当たり前でしょ。』


「…そうでしょうか?」


『人は99%の失敗から学ぶものだって昔の偉い人が言ってたらしいよ。次に同じようなことがあったら自分に何ができるか考えて、足りない部分を訓練なり努力なりで鍛えればいいんじゃないかな。…人生で失敗ばかりの俺が言えたもんじゃないけどね。』


「そう言ってもらえると…少し気が楽になります。ありがとうございますサトウさん。」


『おう!十分恩に着なさい。お礼はおっぱいを揉ませてもらうということで手を打とうじゃないか。』


「ふふっ…。」



 エリーヌの泣き顔が微笑みに変わった頃、宵の口にアランが部屋へ食事を持ってきた。宿屋に頼んで作ってもらったのか、麦を煮込んで雑炊のようにしたものなどが見える。兄なりの心遣いがなのだろうか。



「エリーヌ。食事はとれそうかい?」


「大丈夫だと思います。軽い筋肉痛のようですから。」


『俺は結構痛いぞ…俺様辛い。』



 アランに対するエリーヌの返答に、慶太は異議を申し付ける。彼は筋肉痛など長いこと味わっていなかったため、痛みを過剰に感じてしまっているのかもしれない。



「そうか。明日は様子を見て大丈夫そうならルメールに向かう。それでいいかな?」


「はい。」



 明日の予定などを話しつつ、アランは看護師や介護士が要介護者に接する様に食事をゆっくりと食べさせてくれる。

 二つ年上の兄との仲がそこまで良好でなかった慶太は、兄妹仲が良さそうな二人を見ると少し和やかな気持ちになれた。



『いい兄貴だな。……ホ○じゃなければ…………だけどね。』


「○モ?……そうですね。」


「ど、どうかしたかい。…もしや、料理が熱かったのか?」


「い、いえ。…独り言です。」



 少し動揺した素振りを見せるアランであったが、そのまま食事を終えると布袋から鞘に収まった片手剣を取り出しエリーヌに差し出される。



「お互いに武器が無くなったからね。安物でも武器が無いよりかは良いから念のためにも買ってきておいたよ。」



 エリーヌは剣を鞘から抜いてみると、湾曲した60センチ程度の片刃と柄には手を守るためなのか半円形の鍔がついている。



「これは…サーベルですか?」


「そうだ。携帯することを考えて短剣にしていたのだろうけど、戦闘では少しでもリーチの長い方が有利だからね。本音を言えばエストックにしたかったけど、思ったよりいい値段でね…ルメールに到着するまでの非常用だけど使ってくれたらいいよ。」



 そのことから、アランが夕食前に外出していたのは買出しのためであろうことが分かる。それからアランも自分用には四尺(およそ120センチ)にも届きそうな程長い長剣――ロングソードを購入したと見せてくれた。



「さてと、今日は疲れたことだしお互い早く寝ようか。」


「お言葉に甘えてそうさせてもらいますね。」



 食器を食堂へ置いてくると告げたアランを見送り、エリーヌは深い眠りについた。

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