顔焼肉
タイトルオチ型ホラー。
休日出勤の帰りに、近所の焼肉屋に寄ることにした。
ストレスが溜まった時は、とりあえず美味しい食事を取れば、大体は解消されるものだ。
休日ということもあってか、店内は家族連れでにぎわっていた。
店員に注文をする。今日は奮発して、最高級の霜降り肉にした。
手始めに、ジョッキに入った生ビールを一気に流し込んでいく。
その後は、肉が来るまでのつなぎとして、枝豆をひとつずつ食べていく。
数分して、ようやく注文した肉が来た。
赤と白のコントラストが、否が応でも食欲を駆り立てる。
ゆっくり、一枚ずつ金網へ載せていく。
これは絶対に旨いな。
僕はひとり、数分後に待っているであろう幸福に、酔いしれていた。
至福の時間を壊したのは、ひとつの不協和音であった。
音のする方を向いてみると、そこには、困惑した表情の若い夫婦と、泣き叫ぶ赤ん坊。
煙が嫌だったのか、顔を左右に振りながら、ぎゃあぎゃあと喚いている。
最初のうちは、無視して食うつもりだった。
金網に置いた肉を一枚取り出して口の中に運んでいくが、うるさくて咀嚼に集中出来ない。
せっかくの霜降り肉が、台無しになっていくのが感じられた。
うるさい。頼むから、静かにしてくれないか。
顔を背け、耳を両手で塞いでみるも、騒音は一向におさまらない。
負の感情がふつふつとこみ上げてくる。
なぜ、こんなところに連れてきた。
煙が目や鼻に入ってくる時点で、泣き出すことくらい予想がつくじゃないか。
そもそも、赤ん坊が肉なんて食うわけがないだろ。
普段だったら、我慢できたろう。
だが、今回は駄目そうだ。ただでさえ精神的に不安定な時に、酔いだって回ってしまっているのだ。
僕はただ、楽しく食事したいだけなのだ。
お前達がいる限り、それすら出来ないのだ。
もう、止まらなかった。
僕は夫婦を睨み付けた挙句、大声で怒鳴ってしまった。
「うるせえ、少し黙ってろ!!」
そうしたら、その声に驚いたのだろうか。
奥さんが、抱きかかえていた赤ん坊を放してしまった。
あ、という間もなく。
赤ん坊の顔面が、金網に張り付いた。
夫婦は数刻の間、完全に我を忘れていた。
我を取り戻した後は、たちまち狂乱し始めた。
そして、思い切り、赤ん坊を金網から引き剥がした。
その時に聞こえた声は、とても嗚咽と表現できるようなものではなかった。
例えるならば、獣の咆哮。
赤ん坊とは思えない声音で、店内じゅうにおぞましい声が響きわたる。
僕の霜降り肉は、すでに真っ黒になっていた。
結構、子供の扱いが危なっかしい親って見ますよね。