表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/99

-88- 都合

 朝が明けていた。寝室を出た高桑たかくわは、この日に限り、無性むしょうに腹が減っていた。いつも朝はまったくと言っていいほど食欲が出ず、少しの野菜とミルクセーキでますのが常だった。それがどうしたことか、い回りたいほど腹が減るではないか。こうなっては、さすがに何か食べないと動きが取れない。高桑はキッチンにある冷蔵庫へと、ひた走りに急いでいた。冷蔵庫には幸い、昨日きのう、買っておいた食パンが一斤いっきんあった。高桑はトーストにすることなく引き千切ちぎると、生で口へと詰め込んでいた。2枚ほどを機械のように内臓へ収納すると人心地ひとごこちがつき、高桑の空腹感は、ほんの少し遠退とおのいた。とはいえ、その感覚は、完全に空腹感が満たされたというものではなかった。それでも仕方なく、高桑は勤務する国税庁査察部へと家を出た。

 勤務中も高桑の空腹感が消えることはなかった。デスクに座りながら、高桑は、はて? 昨日と今日の違いは…と考えた。だが、思い当たるような違いはなかった。いつものように昨日も起き、少しの野菜とミルクセーキを飲むと家を出たのである。

「高桑君、どうしたんだ? なんか、今日はおかしいぞ…」

 高桑の勤務態度の変調を察知した部長の麻尾が心配そうに声をかけた。

「いや、別に…。どうも…」

 高桑はなかば笑ってぼかした。高桑はその後も必死で我慢し、昼食休憩を迎えた。

「あら? 高桑さん、珍しいわね。そんなに…」

 食堂の賄い婦、絹川がいぶかしげにたずねた。高桑は食券を、いつもの倍、買っていた。

「査察ですか? ははは…まあ」

 高桑は笑って、軽く流した。

 ようやく、勤務を終えて家に着いたとき、高桑の空腹感はうそのように消えていた。それどころか、逆に食欲が全然、かなくなっていた。高桑は、なんなんだ、この変化は? …と思った。必然的に夕飯は抜き、早めに眠ることにした。そしてその夜、高桑は妙な夢を見た。

『そりゃ、私だって都合がありますよ…』

 高桑は胃腸にささやかれた。

『ほう、そうなんですか?』

『ははは…当然ですよ。あなただって都合がいいとき、悪いときはあるでしょうが…』

 高桑は、なるほど…と得心したところで目が覚めた。早暁そうぎょうの明るさが寝室をおおっていた。妙なもので、腹具合はいつもの状態にもどっている。空腹でもなく、食欲がなくもない・・そんな状態だった。高桑は、見た夢を思い出し、身体からだの都合なんだ…と思った。

 すべてが都合で変化するということは、よくある。


                    完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ