-4- それはない、それはない…
そろそろ歳末に入ろうかというある日、川久保は買い物に出ようと車を走らせた。いつもなら行きつけの店は決めていたが、天気がよかったこともあり、少し足を延ばそうか…と、この日にかぎってやや遠出をした。 少し離れた町にある商店街は多くの人でごった返していた。まあ、いいか…と川久保は適当な駐車場へ車を止めようとした。
「あっ! お客さん、すみませんねぇ~。うちはお得意さんだけなんですよ」
駐車スペースへ車を止め、車から降りた途端、一人のガードマンらしき服装の男が小走りに近づいてきて、川久保にそう言った。
「お得意さんだけ? …どういうこと?」
意味不明で分からず、川久保は訊き返した。
「会員制なんですよ、この駐車場」
ああ、そういうことなんだ…とは思った川久保だったが、いや待てよ? と反発して思った。
「何も書いてないじゃないの! そうならそうと、書いときなさいよっ!」
それまで腹が立っていなかった川久保だったが、急に怒れてきた。
「書いてますよ、そこに」
ガードマン風の男は斜め前方を小声で指さした。川久保はその指の先を見た。すると、小さな張り紙の表示板が申し訳なさそうに小さくフェンスに取りつけられていた。ただ、その大きさは見逃しそうな小ぶりなもので、誰もが気づかないような大きさだった。だが、書かれていることに変わりなかったから、仕方なく川久保は別の場所へ止めようと思った。普通の場合、店には客用の駐車スペースがある・・としたものだから、妙な店だなあ…と川久保は首を傾げながら別の店を探すことにした。
その後、違う店の駐車スペースへ車を止め、川久保はホッとした気分で店へ入った。
「いらっしゃいませ! 何をお探しでしょうか?」
入口には制服の案内嬢が立っていて、川久保に訊ねてきた。
「いや、別にコレというものは…」
買うものを決めていなかった川久保はそう返すしかなかった。
「誠に恐れ入ります。当店ではお客さまのお決めになられた品物しか買えないシステムになっております。どうぞ、お引き取りくださいませ」
川久保は、ええ~~っ!! と思った。今まで入口で指定したものしか買えない店などなかったからだ。それよりも、そんな変な店が現代にある訳がないのである。
「あのね。おかしいんじゃないの、あんた? そんな店、どこにもないよっ!」
川久保は我を失い、完全に怒っていた。
「いえ、それはお客さまの記憶違いかと存じます。つい数日前から、そういう法律が施行されまして、どのお店でもそうなりました…」
そうなったと開き直られては川久保としてはどうしようもなく、引き下がるしかなかった。
「ああ、そうなの? いや、どうも…」
川久保の買う気力は完全に失せていた。喫茶店にでも寄って帰ろう…と意を決し、川久保は、店を出ると近くにあった喫茶店へと入った。入口には制服姿の店員が当然のように立っていた。腹立たしい川久保は店員が訊ねる前に機先を制し常連客のような顔でオーダーした。
「ブルマンね」
「ブルーマウンテンでございますね? お持ち帰りでございましょうか?」
「はあっ?! ここで飲むんだよ、ここでっ!」
カップに淹れられたコーヒーを持ち帰る馬鹿がどこにいるっ! と、川久保は怒れた。
「かしこまりました。では、どうぞ…」
店員が通路を開け、川久保はようやく席へ座ることができた。これでいいんだよ、これで! と内心ではまだ怒れていた川久保だったが、そこはグッと我慢した。
それからしばらく待ったが、いっこう店員がコーヒーを運んでくる気配がない。それどころか、水コップさえ来なかった。業を煮やした川久保は、ついに立ち上がり、店の入口まで戻った。
「あんたねっ1 私のブルマン、どうなってるの?」
「ああ、アレですか。アレは1時間待ちです。どうも…」
「もう、いい!!」
そう吐き捨てると、川久保は家へ戻るべく喫茶店を出た。車へと戻り、エンジンをかけようとしたとき、川久保は急に眠気に誘われた。
目覚めた川久保は家にいた。買い物に出ようとして、ついそのまま眠ってしまったのだ。夢か…と川久保は思った。世の中、よくあることは確かにあるが、それはない、それはない…と川久保には思えた。
完




