-1- その場しのぎ
こうしよう! と思って出かけたものが、そうならなくなることは、確かによくある。
今日の舟川の場合がそうだった。終ったときはすでに黄昏る頃で、しかも何をやっていたのか、皆目分からないような無意味な一日となっていた。舟川は、ほうほうの態で家に帰り着いた。就寝前、舟川は風呂を浴び、ふと考えた。俺の何が、いけなったのかと…。
朝の10時過ぎ、舟川は地下鉄に揺られ、傘を買おうと、とある店へ向かっていた。定休日は分かっていて、時間的に店が開いていることは、ほぼ確信できたから、それほど小難しい買い物とも思えなかった。ところが、である。頭で描いた想定は、ものの見事に崩れ去ったのである。
舟川は店の前にやってきて、まず最初に、ガツ~ン! と一発、打ちのめされた。店前には臨時休業の張り紙がしてあり、シャッターは閉ざされていた。まあ、仕方ないか…と舟川は、その場しのぎで次の店を考えた。
次の店が開いているかも分からないまま、舟川は別のとある店へと行き着いた。幸いにも店は開いていた。舟川は、これでOKだ! と思った。だが、世間はそう甘くはなかった。その店は会員制のご用達で、一元客は入れない高級傘専門店だったのである。舟川は、ぅぅぅ…と普通人である己が身を呪った。だが、仕方がない。目的は果たさねばならない。そのときふと、小腹が空いていることに気づいた舟川は腕を見た。すでに昼どきになっていた。まあ、いいか、腹を満たせてから…と舟川は適当な店に入ることにした。だが、ふたたびところが、である。これ! という食べられそうな店がない。舟川は歩きに歩いた。ようやくそれらしき店が遠くに見えたとき、それまで順調に歩けていた右靴の革底に舟川は違和感を覚えた。見ると、靴底の革がめくれていた。これでは、傘屋に寄ったり、食事をしている場合ではない。舟川は急遽、靴屋を探し始めた。だが、あまり来る機会が少ない方面だったから、さっぱり当てがなかった。歩きづらい靴のまま、その場しのぎで引き摺る ように歩いていると、神の助けか、前方に交番が現れた。舟川は縋る思いで、その交番へ入った。
「あの…つかぬことをお訊きしますが、この辺りに靴屋さんはありませんか?」
「靴屋ですか? …ああ! あのビルの地下二階がショップ・モールになってましてね。そこにあったはずです」
「どうも…」
舟川が交番を出ていったあと、巡査は付近の地図帳を開き始めた。
「確か…あったよな。ほら、あった! 最近は、よく店が変わるからなぁ~。…あっ、しまった! 今日は閉店だ…」
呟いたあと、巡査は慌てて飛び出したが、時すでに遅し。舟川の姿は交番の前から消えていた。
結局、舟川は傘を買うという当初の目的を果たすことなく、何をやっていたのか、皆目分からない無意味な一日を過ごし、ほうほうの態で家に帰り着いたのだった。その場しのぎは、そう甘くないのである。
完




